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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
232/232

剛村恵未2


「それで、市立病院に着いてからの事を聞きたいんですけど」

「そこからは当日担当の後輩の子達にバトンタッチしたわ。麻里奈ちゃんは集中治療室に入れられ、私は優奈ちゃんとお母さんの(かたわ)らに居た。正直な話をさせて貰うなら、その時、私は助からないかもしれないと思ってたの。もっと早く救出できていればと悔やんでた……」


 その光景が克明に思い出せるのだろう。剛村の表情からは、当時の悲痛な気持ちが強く伝わって来た。


「それからしばらく、その場に居たんだけど、院長の根岸さんから事情を説明しろと呼び出されてね」

「どんなことを言ったんですか?」

「今話した通りの事よ。別に隠す事なんて何もないから」

「院長に会った後、優奈達には会いましたか?」

「いいえ。院長室からの帰りにね、優奈ちゃん達の様子を見ておこうと思って、集中治療室の方に行ったんだけど、そこに優奈ちゃん達はいなかったの。他の看護師に話を聞くと、到着した御家族と一緒に符滝先生からの説明を受けてる、って言われて。私も早くシャワーを浴びて着替えたかったから、『何かあったら呼んで』と頼んで、その場を後にしたわ」

「家族……?」


 麻里奈が、ぽつりと言う。

 家族――その言葉には俺も引っかかる。

 上月一家は、上月孝次(たかつぐ)の仕事の都合でこの街に引っ越してきたという話だった。

 近くに、すぐ駆けつけられるような親族は居たのだろうか?


「私は御家族としか聞いてないわ」


 剛村の言葉によって、今度は優奈に視線が集中する。

 優奈は首を横に振った。


「その話を聞いたのは私も初めてよ。当時の事は覚えてないの。誰が来たかなんて分かるはずもないでしょ」

「まさか……お父さん?」

「麻里奈、やめて」

「じゃあ、誰だっていうの?」


 麻里奈の問いに優奈が(きゆう)する。


「少なくとも私が目を覚ましてからは、私とお母さんだけだった。家族なんて影も形もなかった……」


 困惑の表情の優奈に、剛村は優しく語りかけた。


「こういう場合、親族も含めて家族って言い方をするからね。御親戚の方は近くにいらっしゃらないの?」

「考えてはみてるんですけど、聞いた事がありません」


 と、優奈。


 では、誰なのか。


 俺の中では思い当たる人物が一人だけ居た。

 俺達のクラスメートの一人になりきって学校に潜入していた陸浦栄一が、ここでも能力を使っていた可能性は考えられなくも無い。


 例えば、陸浦に『麻里奈の記憶を奪う』という目的があったとしたら、集中治療室の麻里奈に近づくために家族を名乗るかもしれない。


 麻里奈の記憶をなぜ奪わなければいけなかったかについては、麻里奈が燃えさかる家の中で見てはいけないものを見てしまったとか、陸浦栄一に遭遇した可能性は……それはないか。だとしたら霧林とも行き会ってるはずだ。


 ああ。麻里奈は以前にも能力を持っていて、陸浦がそれを奪ったって可能性もあるか。

 だが、それなら、この時で無ければいけなかった理由が思いつかない。


 どうにもこうにも分からないな。


 しかし、この件が双子の能力を理解する上でも重要である事は確かだ。

 もっと情報を集めなければ。


「当日担当だった看護師さんは分かりますか?」

「ああ、それなら分かるわ。家族と一緒だったって話を教えてくれたのは鈴木眞美花さんって子ね。当日勤務だったのは、たしか、佐藤さんに、中山さんに、渡辺さんだったかな。あと、赤井さんと山田さんも部署は違ってたけど、こっちの話が伝わってる可能性はある。オペ中のことなら、あの時オペナースをしていた小林さんや仙道さん、古河さんあたりに聞いて欲しい」


 即座に、これだけの情報が出てくるのか。

 つくづく、剛村恵未という人物は超人だなと思う。


 俺が()(けい)の視線を向けていると、はたと気づいたように剛村が笑顔を返してきた。


「あ、ごめんね。知らない人の名前をつらつら言われても覚えられないよね。今、メモに書いて渡すから」


 剛村がくるりと椅子を回し、机に向かってペンを握るのを見て、この病院はもう『剛村病院』と改名した方が患者が沢山来るのではないかと感じたのだった。



 (せい)()な文字で関係者のフルネームが連ねられたメモを受け取り、剛村に礼を言ってから、再び質問に戻る。


「剛村さん。あと、もう少しだけ話を聞かせて貰っていいですか?」

「いいわよ。少しと言わず、幾らでも。私も役に立ちたいから」

「ありがとうございます。で、聞きたいのは――それ以後の優奈達のことなんですけど。入院当日から次に二人に会ったのは、いつですか?」

「えーと。確か、次の日は話を聞かせてくれって警察に呼ばれたから、結局、麻里奈ちゃん達に会えたのは二日後だったかな。少しだけど話が出来るくらいまで回復しててね。私も驚いたものよ」


 会話の最中、優奈の表情がまた不満げになっていくのに気がついた。

 この話題は気に食わないらしい。


「剛村さん。その話はもう大丈夫です。私が記憶を失ったのは当日だけの事ですから、剛村さんを(わずら)わせるようなことじゃないですよ」


 それもそうだなと、俺は質問を変えることにした。


「じゃあ、次の質問を――剛村さん、麻里奈の入院当日の符滝先生の様子は分かりますか」

「それはあんまりってところね。話したのも、麻里奈ちゃんが手術室に入る一瞬に、麻里奈ちゃんの状態を伝えた時くらい。その後、符滝先生に会ったのも、麻里奈ちゃん達と同じく二日後よ」

「そうですか。符滝先生が記憶を失ったのも当日のはずです。それ以前と、それ以降で違和感を感じた事はありましたか?」

「そうね……確かに、あの頃からかな。符滝先生が急速にポンコツ化していったのは」


 剛村のその言葉に、今度は符滝が、しゅんとした顔になった。


「剛村君には本当に迷惑を掛けてるよ。すまない。だが今も戸山が話してくれているように、色々と事情があってね……」


 符滝を見た剛村は、口元に笑みを浮かべて頷く。


「分かってましたよ。それは分かってましたから」

「もしかして、記憶を失った事を……?」


 後ずさりする符滝に、剛村は立ち上がって視線の高さを合わせる。


「それは知りませんでした。ただ、個人的には今の符滝先生を否定するつもりは無いって事です。あの頃は、そう……符滝先生は仕事に押しつぶされてしまいそうで……物凄く心配だったんですよ。その点では今の方が、ずっとマシです。色々文句を言ってしまう時はありますが、先生は今のままで居てください」

「剛村君……」

「符滝先生……」


 剛村の真剣な眼差(まなざ)しに、いつもニヤけている符滝が黙って応えた。

 符滝と剛村の顔がどんどんと近づいていく。

 そして――。


 いやいやいやいや。

 俺達に何を見せようというのだ!


 なんてことを考えていると、不意に剛村が「分かったわ」と声を上げた。


 剛村へと一斉に疑問の目が向く。

 その中で一際(ひときわ)、もやもやした表情を浮かべているのが符滝だ。

 本気で肩透かしを食らったらしい。

 もし続きがあるなら、俺達が帰った後でお願いします。


 と考えながら、剛村へ視線を戻す。


「なんだ、そういう事だったのね……だから、符滝先生は」


 合点がいったという様子で呟く剛村に、俺は問い掛けた。


「剛村さん、何が分かったんですか?」

「目よ」

「目?」

「あの頃の先生は、いつも(うつむ)き加減でね。目が合う事なんてほとんど無かったの」


 不意に、考え込んで聞いていた七原が顔を上げる。


「符滝先生の能力は何かを見る力だったかもしれないって事ですね」


 ああ、なるほど……そういう事か。


「そう。先生は外科が専門だったけど、どの医師より疾患を見つけるのが早かった。何てことのないような症状だった患者さんに精密検査を勧めて、重病の早期発見に繋がったり、手術後の経過観察よりも早く、どの程度成果が出たかを正確に、いや精密に理解していたように感じる。あの時の符滝先生に何か特別な力があったとするなら、顔を見ただけで病状を把握するとか、そういう能力ね」


 剛村の筋の通った推察に、全員が感嘆の声を上げた。


「まさに、それかもしれません。きっと多分……」


 だとすれば、説明がつく事も多い。

 符滝正信という医師をゴッドハンドたらしめていたのは、その病状を『診る』能力があったからという事なのだろう。


 しかし、それで不思議なのは、なぜ陸浦栄一が符滝の能力を奪ったかである。

 符滝の能力に何の有用性を感じたのだろうか?


 俺が思い巡らせていると、ポケットで携帯が振動を始めた。

 取り出してみると、画面に『探偵・有馬兼汰から着信』と表示されている。


 もう何か(つか)んだという事だろうか?


 ……いや、ないな。

 と、思い直す。


 さしずめ、やっぱり依頼は受けられないとか、そういう内容だろう。


「ちょっと出ていいですか? 陸浦さんの件について調べて貰ってる方からの電話なので」


 剛村に、そう断って応答ボタンを押した。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気に読んじゃいました。 面白かった。複雑な事件が章を追って解明されていくからわかりやすかったです。 [気になる点] ミニバン不倫...。 [一言] 5章がめちゃくちゃ綺麗にできてて面白か…
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