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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
229/232

符滝医院


「特撮では、お約束? ……は? ……え? 意味わかんないんだけど」


 遠田の置かれてる状況を優奈に説明している間に、符滝医院が近づいてくる。

 俺の言葉に優奈が納得してくれないので、後半は七原に解説を頼った。


 符滝医院と掲げられた看板の下、日よけのカーテン越しに、麻里奈が待合室のイスに座っているのが見える。

 あの首の傾け具合は、麻里奈が集中して話を聞いている時の仕草だ。

 おそらく、看護師の剛村の愚痴にでも付き合ってるのだろう。


 扉を開けて俺達が入ると、一瞬輝いた剛村の瞳が、すぐに色を失った。


「また患者さん以外ね……なんか発症してくれればいいんだけど」


 ひでー言い方だ。


「今日も誰も来てないんですか?」


 俺が問い掛けると、剛村が肩をすくめる。


「さすがに誰もってことは無いわよ。朝の時間帯なら、ちらほら患者さんも来てくれるの。でも、夕方過ぎると、さっぱりなのよね」

「この時間帯は口コミとか、そういうのが物を言うんでしょうね」

「そうね。それもそうだけど、ガラガラ過ぎて、入りにくいってのもあるんだと思う。麻里奈ちゃん、明日もウチに来て、サクラやってくれないかしら。麻里奈ちゃんが、ここに座ってたら、つい入って来ちゃうお客さんもいるはずだし」


 麻里奈は少し逡巡(しゅんじゅん)した後、剛村に視線を返す。


「わかりました。やります! 私、符滝医院の為なら頑張ります!」

「麻里奈、そんな事に加担しないで」


 優奈が冷静に引き留めた。

 七原も、うんと頷く。


「毎日同じ子が待合室に居る個人病院も、それはそれで怖いと思いますよ」


 剛村は興味を失ったように「それもそうね」と言って、受付へと戻っていった。


 やはり符滝医院のメンツは独特だ。

 しかし、堅苦しくなく、むしろ居心地の良さを感じるのである。


「先生なら、自宅の方に居るから、ご自由に」


 剛村が親指で廊下の奥の扉を指した。


「ありがとうございます」


 俺達が奥へ向かうと、「あ、でも、ちょっと待って」と言った剛村が、コップと保温ポットが乗ったお盆を渡してくる。


 ああ。

 これも、ちょうど良い歓待(かんたい)だなと思う。

 俺達と関わったところで、符滝にも剛村にもメリットは無い。気を遣われても落ち着かないだけだ。


「あと、これ。お茶うけね」


 さらに、お盆の上に、紫色の団子(?)を山盛りにした皿が乗せられた。


「何ですか、これ」

「三個に一個だけすっぱいガムよ。すっぱいのだけ集めてみたの」


 前言撤回。少しくらいは歓迎してほしいものである。



 ノックをして扉を開けると、符滝は眼鏡をずらし、書類に目を通していた。

 顔を上げた符滝は俺達の顔を一通り見渡すと、うんと頷く。


「俺(おっさん)の家にJKがいっぱい来た件」


 誰も反応を示さなかったので、符滝は手振りでソファに座るようにと促した。

 俺と麻里奈が隣り合い、正面は優奈と七原だ。

 符滝は革張りのオフィスチェアに深く腰掛ける。


 よく見ると、符滝がじっくり読んでいたのは、町内会の清掃活動のお知らせである。

 おそらくノックの音に慌てて、書類をチェックしていたという事にしたのだろう。

 だが、そこまで突っ込むのは無粋だと思ったので、黙っておく事にした。


「で、俺に何の用だ?」


 符滝が殊更(ことさら)に渋い声を出す。

 一つ前のセリフとの変わり様よ。


「符滝先生。お忙しいところ、すみません。じゃあ、早速用件を話させてもらいますね――昨日、陸浦栄一さんが行方不明になってしまいまして。符滝先生に、改めて栄一さんについての話を聞けないかと思いまして」

「そうか……だが、前にも話したが、昔の事は余り覚えてないんだよ。陸浦さんからはいつも逃げていたという印象しか無いし、何で逃げてたかも分からないし」

「それなんですが、一つ重要な事が分かったんです」

「何だ?」

「栄一さんも能力者だったんですよ」

「ちょっと待ってくれ。そんな話をここで……?」


 符滝が目を白黒させた。


「大丈夫ですよ。ここに居る全員が、能力ってものを知ってます」

「ああ、そうなのか。麻里奈ちゃんも?」

「はい。知ってます」


 麻里奈が頷く。

 優奈は憮然(ぶぜん)とした表情だ。


「ならば、安心だ。驚かせないでくれよ」


 と、符滝が笑みを浮かべる。

 こういう時、優奈ではなく麻里奈に問い掛けるという所に、この双子をよく理解しているんだなと感じた。


「しかし、陸浦さんが能力者とはな。で、どんな能力なんだ?」


 符滝の問いに俺は今日何度目かの説明をする。


「栄一さんの力は記憶を奪うというものです」

「記憶を奪う? ってことは、まさか俺は……」

「そうですね。おそらく符滝先生の記憶は栄一さんによって奪われたんだと思いますよ。そして、ここからが重要な話なんですが、その記憶を奪うという能力は、同時に対象者の能力まで奪う事が出来るんです」

「本当に!? 能力まで!?」


 符滝がイスから立ち上がる。

 符滝が一番リアクションが良いのは何なんだろう。

 年季だろうか。年季なんだろうな。


「本当ですよ。間違いなく事実です」

「そっか……いきなりの情報で頭の整理が追い付いて無いんだが……陸浦さんは俺が能力者だと知っていたって事か……?」

「そうだと思います。栄一さんは根岸院長と関係が深く、市立病院も頻繁に訪れていた事から、符滝さんが能力者だと気づいてたとしても不思議は無いですよね?」

「たしかにそうだな。それが陸浦栄一が根岸を院長に据えた目的の一つだった可能性もあるって事だな?」

「そうですね。否定は出来ません」

「ならば、市立病院の関係者を調べていけば、記憶を失った人物が他にも見つかる可能性があるって事か?」


 確かにそれは考え方としては正しいと思う。

 他に手がなくなったら、そっち方面でも調べていこう。

 だが……


「それは、なんとも言えませんね。記憶を奪うという行為は当然、その対象者と同じ痛みを味わうという事でもあります。栄一さんの力は誰でも彼でも使えるようには出来てないんですよ。その中で、符滝さんの力が奪われたなら、その能力が栄一さんにとって、替えのきかない重要な能力だったからだと思います」

「なるほど」


 符滝は、すとんとイスに座った。


「いや、戸山。お前の説明には合点がいったよ。陸浦さんの能力の話が本当なら、間違いなく、その通りの事が起きたんだろう」

「はい。かなり確度の高い話だと思います。そして、ここで問題なのは符滝先生が、どんな能力を持っていたかですよ。符滝先生は名医と呼ばれていたわけですよね? それを可能にする特別な能力というものがあったんじゃないでしょうか」

「そうだよな。俺も今の俺から、米代病院のゴッドハンドなんて呼び名は想像もつかない」

「なので、符滝さんに聞きたいのは、例えば、どんな能力を持ち得れば、ゴッドハンドとまで呼ばれるのか――そういうあたりに目星を付けてほしいんです」


 考えてみれば、これも失礼な話だが、符滝は真剣な顔で俺に視線を向ける。


「そっか……話は分かったよ。でも、そんな事を言われても、まったく検討がつかないな。記憶が無い以上、取っかかりが皆無だ」

「剛村さんに聞けばわかりますかね?」

「ああ、剛村君もそうだが、オペに関してはオペ専門のオペナースって人達がいるんだ。この件は、そっちの範疇(はんちゅう)だろうな」

「それなら、その方達の名前を教えて下さい。市立病院に問い合わせてみます」

「いやあ、名前かあ。それも剛村君に任せよう」


 アゴをさすりながら、難しい顔をする符滝。

 これ以上、符滝からは何も重要な情報が出てこないだろうなと思った。

 しかし、考えてみれば、それも当然の話である。

 あの陸浦栄一の事だ。

 符滝がキーパーソンであるほど、念入りに丹精込めて記憶を奪っているはずである。


 なんてことを考えている内に、符滝の眉間に寄せられた皺が、一層深くなっていく。


「どうされたんですか」

「今、ちょっと思い出した事があるんだけど、いいかな?」


 符滝は小さく手を上げた。


「はい。どんな小さな事でもいいので、話して下さると助かります」

「ああ、わかった……」


 迷いながらという感じに、符滝が俺と優奈の間で視線を動かす。

 そして、意を決したように一つ頷き、口を開いた。


「ここに優奈君と麻里奈ちゃんが居るからじゃないが、思い返してみれば、麻里奈ちゃんの入院くらいからなんだよ――俺が自分の記憶に自信を無くしたのは」



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