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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
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有馬兼汰


「え? 何言ってんのよ。探偵を雇うなんて、高校生のすることじゃないでしょ」

「そういう議論は、とっくに終わってんだよ」

「はあ?」

「時間も限られてるし、とりあえず符滝(ふたき)医院に行きながらだな」


 優奈の鋭い視線を受け流し、俺は駅方面へと足を動かし始めた。

 逆光の中、携帯の画面の明るさが自動調整されるのを待ち、有馬(ありま)兼汰(けんた)の項目を探す。


「実桜さん。こんな奴と、よく一緒に行動しようと思えますね」


 後ろを振り返らなくても、優奈が口を尖らせているのがわかった。


「それが戸山君だからね。むしろ、そうじゃなくなったら心配ってくらい」


 七原も、フォローだかフォローではないか分からない発言をしている。


 トゥルルルルル。トゥルルルルル……


 受話口に耳を当てるが、有馬が中々電話に出ない。

 強引に優奈との話を切った分、停止するタイミングが掴めず、気まずい状態が続く。


 それから、さらに十回呼出音が鳴った後、ぷつりと通話状態に変わる音がした。


「ん。もう朝か………………夕方か? ……いや、朝だよな…………………………夕方か?」


 寝てたのかよと言いそうになるが、探偵の仕事は定時に終わるものではないと思い直す。

 徹夜で調査をしていたとするなら、日中に寝ているのも当然だ。


「お疲れの所、すみません。まさか、お休み中とは思わなくて」

「いや、いい。大丈夫だよ。万全な体調でキャバクラに行くために仮眠してただけだから」


 は?


「お暇なんですか?」


 礼に欠いた質問だが、つい口が滑ってしまった。

 有馬は、あーあとあくびをしながら、そうだなと呟く。


「不倫調査って仕事にも繁忙期と閑散期があるんだ。春ってのは人事異動が多い分、不倫が始まりやすい時期だ」

「まさに今じゃないですか」

「だが、実際に探偵に依頼するまでに、タイムラグってものがあるだろ? 今は嵐の前の静けさってところだよ。俺達の仕事なんて無きゃ無いだけいいものなんだろうけど、まあ、人類が滅びでもしない限り無くならないと思ってる」

「たしかにそうですが……」

「で、用件は何だ? ちゃっちゃとすませてくれ」


 あっという間に、有馬のペースである。


「一つ依頼がありまして。できるだけ早くというか、今すぐにでも取りかかって欲しい話なんですけど」

「ちょい今、忙しくてな。いくら手があっても足りないって状況だ」

「暇って言ってませんでしたっけ?」

「いや、まあ、うん」

「キャバクラに行くんですよね?」

「……今日はリエちゃんが来る日だからな」


 リエとは雪嶋恵理のキャバクラ嬢としての名前である。


「そこを何とかなりませんか。報酬が二倍でも大丈夫ですから」

「は? 二倍? 俺も舐められたもんだな。その程度じゃ動かないよ」

「すみません。じゃあ、どのくらいお支払いすればいいですか?」

「この件の場合、標準の報酬とは別のところで、追加料金が発生するんだ。戸山は有馬探偵事務所の所長である俺に直接依頼している。となると、指名料が発生するのは当然だろ?」

「ああ、なるほど」

「さらに、俺のドリンク代、フード代、ボトルキープ代。そして最後に、それらの合計額に対して、サービス料と消費税で40%が加算されるんだ」

「もう、脳だけキャバクラに行ってますよね」


 料金体系が完全にキャバクラだ。


「まあ、息子の友達の案件だし、リエちゃんは戸山に感謝してるとも聞いている。セット料金で、二倍ぽっきりに負けておくよ」


 物凄く不安になったので、報酬額の話は、しっかりと詰めた――。



「――わかりました。この金額でいきましょう。じゃあ、これから符滝医院に行くので、出来れば、その近くで会って契約を」

「いや、それは今じゃなくてもいい。戸山が通ってる高校は割れてんだ。報酬をすっぽかされる心配は無いからな」

「そうですか。こちらも他に色々と予定があるので、それで済むなら助かるってのはありますけど……」

「よかった。じゃあ話は終わりだな。またな」

「ちょ――待って下さい! まだ依頼内容を話してませんよね!」

「……いや、今日はマジで勘弁して貰えるかな。明日こそ、明日こそ働くから」


 適当にもほどがある。


「リエさんに言いますよ。有馬さんが仕事をしてくれない、って」

「うう。戸山って痛いところ突いてくるよな。わかったよ。聞く聞く――で、依頼は?」


 ふざけてたよとばかりに、口調が冷静なものに変わった。


「陸浦栄一さんの情報が欲しいんです」

「漠然としてるな」

「最近、何か問題を抱えていなかったかとか、どういう人脈を持ってるかが気になる所なんですけど。とにかく陸浦さんに関する情報は何でも欲しいって状態ですね」

「そっか。まったく見えてこないが、まあ、調べてはみるよ。細かく情報を揃えて、全てを報告しろって事だな」

「はい。あと、陸浦さんは、三月から四回、この街に帰ってきているらしいんです。それで、戻って来て何をしていたのかというあたりの情報も欲しいです。これは調べるのが難しいかと思いますけど」

「わかった。全部まとめて、引き受けてやる」


 有馬が自信満々という声色で話す。


「で、得られた情報は出来るだけ早く報告して頂けると嬉しいんですけど」

「わかったよ。めんどくせえけど、それもOKだ」

「今日はリエさんのところには行かないで下さいよ?」

「わかってる。わかってる。その代わり、これが成功した暁には、俺の居ないところで、さりげなく俺を褒めたりしてくれ」

「わかりました」

「それじゃあ、また連絡するから」


 有馬はそう言うと、俺が返事をする前に通話を切った。

 少し信用できないなとは思うが、監視するわけにもいかない。


 それに、そもそもが最初から無茶ぶりな依頼である。

 万が一にでも情報が得られたら幸運だという気持ちでいるべきだろう。


 そう思いながら、俺は後ろを歩く優奈の方に振り返った。


 日差しを受ける優奈が、まぶしそうにしながら、ジト目を俺に向けるという器用なことをしている。


「で、成果は?」

「上々だよ。有能な人だから、任せておけば大丈夫だ」

「優秀な探偵が、昼寝してキャバクラ行って仕事をすっぽかそうとする?」


 俺の受け答えで、すべてがバレていたようだ。




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