遠田彩音
「あと、栄一さんの捜索をどうするかって事も、少しは考えておかないとな。時間も限られてるわけだし」
俺の提起に、七原が目を輝かせる。
「連チャンになっちゃうけど、CSFCに頼るって手もあるよね?」
CSFCの遣り口には、俺も『中二』心を刺激されているので、七原の興奮は分からなくも無い。
「CSFC? 何それ?」
一方の優奈は、理解できない言葉が出てきた為か、また眉を捻り曲げた。
「CSFCってのは、遠田の支援者の団体の事だよ」
「は? 何それ? まったく意味が分からないんだけど」
「意味も何も、現実に存在するんだから仕方ないだろ。優奈達も、遠田にファンが多いって噂は聞いた事があるんじゃないか?」
「そりゃあ、まあ小耳に挟んだ事はあるけど。でも、所詮はヤンキー女の舎弟達でしょ? そんな連中に何故、人探しを任せようって話になるのよ」
「いやいや、滅多な事は言わない方がいいぞ。CSFCは紛う方なきカルト集団だからな」
「カルト……?」
「そうだよ。例えば、構成員の全員が、遠田彩音にならって、『彩』の付く名前を持っている。代表者の名前は彩乃だ」
優奈が、戦慄が走ったという顔をする。
「そっか。そうね……面倒な人達だって事は十分に理解できた……わ」
「カルト云々の話を置いておけば、実際、俺もCSFCには何度も助けられてる。SNSを使った人海戦術だから、人探しとかには、かなり役に立つんだ。毒をもって毒を制すって奴だな。って事で、遠田に連絡する事にしたから」
「ちょっと待っ――」
優奈が喋り切るのを待たず、俺は携帯の画面に指を触れて、耳に当てた。
諦めた目で俺を見る優奈。
遠田と優奈は、俺の不注意によってテレパシーの事が遠田に知られてしまったという事件から、関係性が良くない。
だからこそ、CSFCに頼るのもまた、優奈を今回の件から遠ざける為の策の一つになる。
回りくどくて、陰湿だと自覚しているが、こちらの真意を明かすわけにもいかないので、仕方が無いのである。
そんな事を考えていると。
「もしもし。戸山か。どうしたんだ?」
遠田の声が聞こえてきた。
「いきなり電話して悪いな」
「いや、いいよ。戸山からの電話って事は、それなりに事情があるんだろ?」
「ああ。遠田に頼みたい事があるんだよ」
「出来る事ならする。だから、遠慮しないで何でも言ってくれ」
こういう遠田のハッキリした性格は、物凄く頼み事をしやすい。
「ありがとう。CSFC関連でもいいか?」
「ああ、CSFCか……それは、ちょっとマズいなあ」
「マズい? 何かあったのか?」
「CSFCは、二つに分裂したんだよ」
一旦、頭の中でイメージした、分裂するアメーバの映像を消す作業をする。
CSFCの得体が知れなすぎて、おかしな想像になっていた。
「何か揉めたのか? 昨日、七原が協力して貰ったばかりだよな」
「ああ、揉め事が起きたのは、その後の深夜の事だよ。排除によって、私に力が無くなったのが原因だろうな」
遠田の力を排除したのは三日前だ。
いつかは能力の効果が切れると思っていたが。
「なるほど。遠田の力が切れた時点で、解散するとか、そういう話になるかなって思ってたけど、そうじゃなかったんだな。力は徐々に薄れていくんだ」
「ああ、その薄くなっていく過程の中で、一つの集団を結束させるのが難しくなって来たって事だろう。それが組織の分裂という結果を生んだんだ。力になれなくて、すまない」
「ああ、いいんだよ。ちなみに分裂した団体の、どちらか一つにでも、人探しを頼むって事は出来ないかな」
完全体でなくとも、CSFCなら陸浦栄一を見つけ出せそうだ。
「そうだな。可能だとは思うけど、今日は、ちょっと無理そうだ。放課後に、分裂したグループのトップ同士が話し合う事になってるから」
「ちなみに、どういう感じで揉めてるんだ?」
「リーダーの彩乃への不満が爆発したってところかな。どうも、彼女は以前から無茶を言う事が多かったらしくてな」
「そっか……つまり、『彩乃』支持派と『彩乃』反対派での諍いって事だな」
「ああ。そういう事だ。彼女たちが分裂という結論を出したのは、今朝のホームルームが始まるチャイムが鳴った、まさにその時だったよ」
「へえ」
俺と逢野が睨み合っていたあの瞬間である。
同時間帯に色々な事があるもんだな……と思うが、いや、違う。どちらも茶番で同じカテゴリーの話だ。
「結果として、今まで通りに私を支援する団体と、私を中心とした親睦団体に分かれるという形になった。名称はカラフルサウンド・ファンクラブと、カラフルサウンド・ファンサークルになるらしい」
「どっちも略称がCSFCになるな」
「ああ。次の問題は、そこなんだよ。今度は、どちらがCSFCを名乗るかで揉め出したんだ」
心底、どうでもいい。
「もう、ずっとSNSは荒れっぱなしだよ。通知が鳴り止まない。授業中は機内モードにしているよ」
「大変だな」
「でも、今し方、ようやく解決への道筋が付いたところだ。それが、さっきも言った『話し合い』だよ。元祖CSFC代表の彩乃と、新興CSFCの代表である彩・J・クラークの二人で」
「どうでもいいけど、名前の付け方が、いよいよって感じになって来てるな」
「え?」
遠田が怪訝な声を出した。
遠田も遠田で斬新な価値観を持ってるなと思う時がある。
「とにかく、遠田には、また色々と頼むと思うから宜しくって事が、今回の電話の用件だよ」
「わかった。話し合いが終わったら、すぐにでも連絡をする」
「ありがとう。でも、この話は、今、抱えてる問題が解決してからって事になるから、焦らなくていいよ」
「そっか。安心したよ。でも、問題を先延ばしにするのは性に合わない。迅速な解決を目指すよ。それじゃあ」
そう言って遠田は電話を切った。
俺が息を吐くと、七原が心配げに俺の顔を覗き込む。
「何かあったの?」
「CSFCが内輪揉めの最中らしいよ」
「そっか。昨日は、そんな感じしなかったけどな」
七原は頬を膨らませ、首を捻った。
「さすがの七原でもSNSでは違和感を見つけられないよな」
「そうだね。無理だと思う」
「まあ、揉めたところで、問題は無いよ。メンバーは減るかも知れないけど、CSFCには協力を頼む事になると思う」
七原の隣で、それ見たことかという顔をしていた優奈が、口を開く。
「そんなクレイジー集団に頼らなくても、私達の助力があれば十分だと思うけどね」
遠田への事前確認を怠っていたのは失策だったなと思うが、まあ、大した問題では無い。
まだまだ優奈達のモチベーションを落とす方法は幾らでもあるはずだ。
そんな風に生温い目で優奈を見ていると、横で携帯の画面を見た七原が、焦り顔に変わった。
「あ。今、大変な事に気づいちゃった」
「何だよ?」
七原は携帯を俺に見せ、時計を指さす。
「お昼休み、もう終わっちゃいそうだよ」
目の前には、まだ手を付けていない弁当が置かれている。
フタすら開けてない状態だ。
「……だな。限られた時間でこそ、真の力ってものが試されるんだ。急ごう!」
俺達は慌てて箸を取り、昼食を掻き込むのだった。




