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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
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見舞い


「あたしの話はこれで終わりだ。(おり)を見て、また連絡するよ。おやすみ、ノゾミ」


 楓は俺の返事を待つ事も無く、電話を切った。

 もう、これくらいの事では腹も立たないくらいに鍛えられてしまっているな……うん。

 

 部屋を出て、身支度を調える。

 朝食は……何もない。忘れていた。

 まあ、コンビニに寄れば済む話か。


 俺は靴を履く前に一つ深呼吸をした。

 これから麻里奈に会うのだ。気を引き締めていかなければならない。

 一見では、麻里奈は繊細で心優しく、傷つきやすそうに見える。

 だが、そこに騙されてはいけないのだ。

 彼女は何よりも自分の感情を優先する。

 頑固だし、意固地だし。

 気に食わない相手をシャットアウトするタイプなのだ。

 一度、麻里奈を怒らせてしまえば、口も聞いてくれなくなる。

 ある意味で、優奈よりも神経が()り減る相手だ。


 さあ、行くぞ。行くからな。


 そして玄関を出ると、そこには――。


「お兄ちゃん、おはよう。いい朝だね」


 天使が微笑んでいた。

 ああ。かわいいな。

 って。

 まさか、ウチのドアの前で麻里奈が待っていると思わなかった。


 俺の目が(いぶか)しげだと気づいたのだろう。麻里奈は、はっとした顔をした。


「そっか……えっと、コホっコホっ。お見舞いありがとう」

「これから見舞いに行く相手に待ち伏せられたのは初めてだよ」

「待ち伏せじゃないよ。今ピンポン鳴らそうとしたところだもん」


 麻里奈が頬を膨らませる。

 ああ。かわいいな。


 麻里奈の危険性は、このあざとさも含めてのものである。


「ごめんごめん。お兄ちゃんがお見舞いに来てくれるって聞いてから、待ちきれなくなって」

「すっかり元気なんだな」

「うん。昨日も、そんなにヒドくなかったんだよ。優奈ちゃんは大袈裟(おおげさ)すぎるんだと思う」

「だな。その様子を見れば、そう思うよ」

「でも、『今日一日は休め』っていう御言葉には甘える事にしたけどね」


 学校には行きたくないんだな。

 まあ、俺も同じスタンスだから、(とが)めるつもりはない。

 いつもの生活を崩してしまえば、優奈に怪しまれるからという理由だけで、今日も登校するのである。


「で、優奈は?」

「寝てるよ。朝方まで私の心配をして寝たり起きたりだったみたいだから」

「そっか。相変わらず麻里奈だけには優しいな」

「ちなみに、お母さんも、まだ寝てるよ。昨日も遅くまで仕事だったみたい」

「ファミレスの店長って大変なんだな」


 昨夜の八時、俺が陸浦栄一と会っていた時間に、蓮子(れんこ)さんは店にいたのだろうか……。


 それについては、また蓮子さん本人に聞けば良いだろう。

 探りを入れていると双子に知られたくない。


「お兄ちゃん、学校に行く前だけど、ちょっとだけ上がっていって欲しいんだよね。いい?」

「ああ。見舞いだし、そのつもりだったよ」

「じゃあ、上がって上がって」


 手招きされるままに家に入り、促されるままにダイニングのイスに座った。


「朝ご飯は食べた?」

「いや、まだだけど」

「だと思った。今日は、お見舞いのお礼に朝ご飯、ご馳走してあげようと思って」

「ああ、そうなのか。嬉しいよ。ありがとう」

「うん。ちょっと待っててね!」


 麻里奈は冷蔵庫から卵、レタス、トマトを取り出し、フライパンを火にかける。

 さらに冷凍庫からプラスチックの容器を取り出し、電子レンジに入れた。

 流れるような動きで、支度を進めていく。


 誰かの作った朝ご飯を食べるなんて久しぶりだな。

 少し余韻に浸りたいくらいに、ほっこりしているのだが、無言というのもなんなので、麻里奈に会話を振る。


「ちなみに、眠ってる時にテレパシーを使ったらどうなるんだ?」

「だいたい何も起こらないよ。反応ナシって感じだね」

「そっか。まあ、いつもいつも夢を見てるわけじゃないもんな」

「たまに夢ってパターンもあるけどね。居眠りしてて、一瞬だけ夢を見る事ってあるでしょ? あんな感じ。なんか、持って行かれるって感じで、ちょっと苦手かな。だから、今は使わないよ。今日は、すごくいい朝なんだし」

「わかってるよ。単に好奇心で聞いただけだから」


 そんな話をしていると、肉の油と甘いソースの香りが漂って来た。

 ……ああ、これは間違いないな。


「ハンバーグだな。蓮子さんの作ったハンバーグだ」

「正解。そのハンバーグで、今日はホットサンドを作ろうかなって。どうかな?」

「味の革命かよ」

「良かった。喜んでくれて。いえーい」

「いえーい」


 遠距離でハイタッチをする。


「私も優奈ちゃんも、お兄ちゃんに、もっともっと感謝しなきゃって思ってるんだよ」

「まあ、確かに感謝されるだけの働きはしてると思うけどな」

「あ、自画自賛だー。でも許す。実際、お兄ちゃんはすごいよ」

「どんどん褒めてくれ。そういう言葉なら幾らでも吸収できるから」

「今まで知らなかったから、お兄ちゃんがこんな大変な事をしてるって。実桜さんの事とか色々あって、分かったんだよ」

「まあ、今が踏んばり時って所だよ。能力者も無限にいるわけじゃないから」

「そうだろうけど……お兄ちゃんの体が心配」

「大丈夫だよ。本当にヤバくなったら、俺、すぐヘコたれるから。学校だって休むし、家からも部屋からも出ない」

「だね。お兄ちゃんって、そういう時、思い切りがいいから」


 麻里奈がレンジを覗き、「もういいかな」と呟いて、ミトンで容器を取り出した。

 ラップを取るとハンバーグの湯気が立ちのぼる。


 ……ああ。

 神々しいなとさえ思えてくる。


 麻里奈はホットサンドメーカーを取り出し、パンを置き、その上にハンバーグ、レタスをのせて、さらにパンを重ねる。


「いくよ? 準備はいい?」


 俺に笑顔を向けてフタを閉め、パンをぎゅーと押さえつけた。


「あーあ、何してるんだよ。そんなにも押さえつけたら、パンにも肉汁とソースが、しっかりしっとり染みこんで……最高じゃないか!」

「最高なんだ。だったら良かった」


 もう一度、ハイタッチ。

 麻里奈は満足そうに頷くと、ホットサンドメーカーを火にかけた。


「麻里奈、俺は今、人生の幸福ってものを噛みしめてるよ」

「よかった。喜んでくれて。思ってた通りの反応で嬉しいよ」


 そう言った後、麻里奈の表情は少し真面目なものに変わる。


「……でね。私達も今、考えている事があるんだよ。私達の今後の話なんだけど」

「何だよ、改まって」

「私達って、お兄ちゃんに迷惑かけすぎてるでしょ?」

「気にしなくてもいいよ。こっちは好きでやってるんだから」

「その言葉は嬉しいよ。でも、このままじゃいけない。せめて、お兄ちゃんのお手伝いがしたいの」

「そうは言うけどさ、能力者に近づいてきた排除能力者に、麻里奈達が能力者だって知られるとマズいんだよ。俺がやってる事が全て無意味になる」

「それは何度も聞いたよ。でも、それでもって話だよ。お兄ちゃんの優しさに甘えっぱなしじゃいけないの。どんな危険があったって自分の手で何とかしようとしないといけない……でないと、いつまでたっても追いつけないから」

「誰に追いつきたいんだ?」

「実桜さん――実桜さんみたいに能力を捨てる気にはなれないけど、実桜さんみたいな人にはなりたいと思うの」


 麻里奈が少し照れくさそうに、そう話した。


 麻里奈が、そんな感情を持つとは思わなかった。

 しかし、考えてみれば、麻里奈と七原の能力は同系統のものだ。

 憧れを抱くのも必然なのだろう。


「優奈はどう言ってるんだ?」

「優奈ちゃんも賛成してくれてる。だから、お願い」

「そっか……まあ、気持ちは分からなくもないけど……」


 しゃしゃり出て来て欲しくない。

 面倒くさい。

 これ以上、混ぜっ返さないで欲しい。


 それが俺の本音である。


「こればっかりは、お兄ちゃんが納得してくれないと、どうしようもない事だからね」


 そう言いながら、麻里奈はテーブルの上に二つ皿を並べた。


 一つの皿にはスクランブルエッグとホットサンド、彩りにトマトとレタスが添えられ、横にヨーグルトとスープ、紅茶までついている。


 そして、もう一皿にはスーパーで買った袋のままの食パンが置かれた。


「で、お兄ちゃんはどっちを選ぶのかな?」


 そうか……。こういう飯テロもあるんだな……。




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