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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第八章
215/232

楓からの電話


 ジジジジジジ……ジジジジジジ……


 もう朝か。


 ジジジジジジ……ジジジジジジ……


 どいつもこいつも、何故、俺の睡眠時間を削るのか。


 ジジジジジジ……ジジジジジジ……


 ベッドの中、渋々ながら(まぶた)を開いた。

 騒音の方に視線を向けると、机の上で携帯が振動している。

 携帯の画面には『楓』と表示されていた。

 こんな早い時間から何だよ――と思いながら、携帯を手に取り、応答ボタンを押す。


「ノゾミ、おはよう。朝だぞ」


 電話口からは思いのほか、低いトーンの声が聞こえて来た。

 個人的には拒否ボタンを押してもいい時間帯だったのに応答したのだが、掛けた側がローテンションなのは、やめて欲しい。


「おはよう。こんな早くから、どうしたんだよ、楓」

「モーニングコールだよ。そろそろ妹ちゃんの見舞いに行く時間だろ」


 何故、楓が昨日の優奈との会話内容を知っているのだろう。まあ、楓だからそんなものか――で、終わらせてはいけない。


「なあ、楓。前から思ってたんだけど、楓は俺の行動を把握しすぎじゃないか?」

「こっちは親切心で教えてやったんだぞ。その言い草は何だよ」

「いやいやいやいや。親切心については、まあいいよ。置いておこう。問題は、どうやって俺が麻里奈の見舞いに行くって情報を得たかだよ。俺ん家に盗聴器とか仕掛けてないか?」

「そ、そんなわけないじゃないかー」


 棒読みの返事が来たー。


「じゃあ、どうやって知ったんだよ、見舞いの件」

「風が噂してたとか、妖精さんが(ささや)いたとか、そんな感じだ」

「否定が雑だろ。もういいよ。あとで自分で探すから」

「ちょっと待てよ。落ち着け。盗聴器なんて、どこの家にも一つや二つあるもんだろ? それだけで、あたしを犯人だと言い切るのは乱暴だよ」

「あるんだな? 何個もあるんだな?」

「ああ。何個あるかは言えないけどな」


 まさか認めてくるとは……。

 まあ、見舞いの話題を振ってきた時点で、そういう話に持って行くつもりだったのだろう。


「何で数を言えないんだ?」

「言ったら、探そうとするだろ? まあ、目安くらいなら示してやる――戸山家の電力の三割は盗聴器によって使用されてる」

「電気を大切にしろよ!」

「冗談だ、冗談。ノゾミ、ちょっとバットケースを開けてみてくれ」

「バットケース? ああ、わかったよ。めんどくさいな」


 起き上がり、机の横に立てかけているバットケースのファスナーを開けてみる。

 中にあるバットとネギを取り出すと――その底に、手の平より一回り小さいくらいの四角くて平べったい物体が入っていた。モバイルバッテリーと言われたら納得してしまうようなシロモノである。


「それが通信機だよ。それで常時、あたしに音声を飛ばしているんだ。お察しの通り、昨日のネギのドサクサに紛れて入れたものだ」

「やっぱ、出てくるんだな、盗聴器」

「悪いな。事件も、いよいよ大詰めだ。もう、一つだって重要情報を取り逃したくない。だから、それをしばらく持っていてくれないか」

「わかったよ。けど、そういう話なら最初から言ってくれ。回りくどいから」

「悪い悪い。普通に渡すのも普通すぎると思って」

「普通でいいんだよ。ってか、そんな事の為に、こんなに早くから電話して来たのか?」

「いや。実は、もう一個、用件があるんだ」


 楓の声が再び低いトーンに戻る。

 しかし、こうやって楓が自らの感情を表に出すのは珍しいな。


「何だ?」

「エイイチが行方不明になっていてな」

「え」


 頭の中で、『陸浦栄一』と『行方不明』という言葉が結びつかず、一瞬、思考が止まる。

 まさかの展開だ。


「昨夜から連絡が取れないし、泊まっていたホテルにも戻ってない」

「昨日、ファミレスで普通に話したんだけどな」

「あたし達が知っている最後の消息が、それだよ」

「そっか……まあ、だとしても、まだ半日も経ってないだろ?」

「だな。たかが半日だ。昨日までなら大して問題にはならなかっただろう。だけど、状況は変わったんだ。キリバヤシマコトの証言で、エイイチも放火事件に関わっていた事が明らかになっている。すでにエイイチは追われる立場なんだよ」

「なるほど。そういう事か――で、栄一さんを捕まえられる排除能力者なんているのか?」


 陸浦栄一は複数の能力を保持している。

 とてもじゃないが、一人や二人の排除能力者で太刀打(たちう)ちできるものではない。


「そう。そこが問題だよ。どこの誰が、あの怪物を排除できるのか。しかし、排除できませんで終わらせるわけにはいかない。上層部も色々と策を巡らせているだろう」

「この街に他の排除能力者が続々と送り込まれてくるって事か?」

「ああ、その通りだ。そんな事態は防がなければならない。双子の為にも。マユカの為にも」


 マユカか……。

 ここで早瀬先生こと早瀬繭香(まゆか)の名前を出してきたという事は、彼女が妹だという事実を隠すのをやめたという事だろう。


「まさか早瀬先生が楓の妹だとは思わなかったけどな」

「学校と掛け合って、ノゾミの担任にするように仕込ませて貰ったんだよ。マユカを排除能力者であるトヤマノゾミと出会わせる為にな。しかし、エイイチが排除されれば、その努力も無意味になる」

「どういう事だ?」

「この一週間、様々な証言者達の話を聞いてきて分かっただろ。エイイチは複数の能力者を結びつける結節点のような存在だ。双子の事件の根幹にも深く関わっている。双子を排除するにも、マユカを排除するにも、エイイチの証言は最重要なものとなるんだ。エイイチは、何が何でもノゾミによって排除されなければならない。記憶が残る形でな」

「やっぱり早瀬先生も俺に排除させるつもりなのか」

「ああ。マユカには普通の生活を送って欲しい。ありふれた幸福を手に入れて欲しい。しかし、マユカは今までに三度も排除されている。次は能力発症までのハードルが、さらに低くなっているだろう。ノゾミによって完全排除されなければ、人生の大半を施設の中で過ごさなければならないという事になるはずだ」


 人生の大半か。こちらも捨て置けない話のようだ。


「わかったよ――で、上層部ってのが動き出すまでには、どれくらいの余裕があるんだ?」

「当初は『二十四時間』だけ待つとの通達が来たんだが、マチコが自らの進退を掛けて、『三日』にまで伸ばした。だから、多少の猶予(ゆうよ)はあるよ」


 柿本理事官も()き使われていて、大変だなと思いつつ。


「それで、徹夜で栄一さんの情報を集めていたって事だな」

「ああ。成果はゼロだったけどな」


 なるほど。だから、いつもと楓の様子が違っていたのだ。

 今週に入ってから壮絶に忙しかった上に、昨日は東京まで車で往復している。さらに朝まで陸浦栄一の事を調べていたともなると、倒れてないだけ不思議という話である。

 人を小馬鹿にしたような言動は普段の通りだが、それでも、どことなく覇気(はき)がないとか、キレがないというように感じる。


「体調は大丈夫なのか?」

「泣けるなあ。あたしの事まで心配してくれるのか?」

「いや。今、楓に倒れられたら困るってだけの話だよ」

「そんな事はないさ。ノゾミとミオ、二人がいれば大丈夫だ。昨日の件で、それを確信したよ。エイイチの排除も必ず成し遂げてくれると信じてる。あたしの役割は、あくまでも不測の事態が起きたときの保険だ」


 疲労で弱ってるのか、深夜のテンションか。

 今日の楓は、これはこれで(から)みづらいのである。


「わかった。まあ、俺は俺の出来る事をするだけだ」

「頼むよ、心から。って事で、あたしの用件は終わりだ。あたしも一旦(いったん)、睡眠を取る事にしたよ。体調管理は、しっかりしておかないとな」

「で、寝る前に俺に栄一さんの事を伝えておきたかったってわけか」

「ああ。そういう事だ」

「わかった。こっちも一つだけ、聞いておきたい事があるんだけど、いいかな?」

「答えられる事なら答えるよ」

「さっき、俺が栄一さんを排除できなかったら、他の排除能力者が来るって話をしてただろ?」

「ああ」

「他の能力者っていうと、たとえば、楓の兄とかが呼ばれたりする可能性もあるって事か?」


 ぶしゃっと何かを噴射するような音が聞こえる。


「おいっ。驚かすなよ! ピーナッツバター吹いたぞ!」

「こういう時は飲み物を吹くものだろ。寝る前に何を口に含んでんだよ」

「だな。悪い悪い」

「いやいや」


 べつに悪くはないが。


「しかし、どっから聞いたんだよ、うちの兄の事なんて」

「霧林さんだよ。あの人は楓の事も色々話してくれてな。『早瀬管理官』とか言ってたし、楓より偉いんだろ?」

「マコトは本当に言わなくていい事ばかり言いやがる……まあ、確かにノゾミの言う通りだよ。米代(よねしろ)市で起きている事件ともなれば、管理官が一番に指名されるだろうな」

「お兄さんは、どういう人なんだ?」

「獣化した能力者や、危険レベルの高い能力者を専門としている。排除能力者としての実力は申し分ないな。エイイチに対抗できるとしたら、あいつしかいないってくらいだ」

「そうなのか……」


 こういう時の楓が、他人の力を無駄に高く見積もる事は無い。

 早瀬管理官は間違いなくホンモノなのだろう。


「でも、それが問題なんだよ。さっきも言った通り、他の排除能力者にエイイチを排除させてはいけない」

「身内だし、事情を話せば、少しは忖度(そんたく)してもらえるんじゃないか?」

「いや、無理だ。あいつに情報を与えれば、容赦なく施設送りにされるだけだよ。あいつは能力者個人の思いや事情を()み取る事なんてしない。出来ない。その能力者の将来なんてものを一ミリも考えない。粛々(しゅくしゅく)と目の前の能力者の排除を行うだけだ。それがハヤセユウという男なんだよ」

「それでも兄妹なんだろ?」

「ああ。兄妹は兄妹なんだが……私とマユカは本物の姉妹でも、あいつは母の再婚相手の連れ子でしかない。兄妹として過ごした時間の多くは児童養護施設の中だったし、家族って感覚も余り無いんだ。マユカの事なんて、何も考えてくれないよ」

「そっか。そういう事なのか」

「あいつは……早瀬管理官は公平で公正な正義の味方なんだ。あいつが来た時点で、あたし達の目論見(もくろみ)(つい)えるのは決定的だろう」

「俺達のやってる事は正しいと言えるものじゃないからな。仕方ないと言えば仕方ない」

「妹を救いたいという気持ちの何が悪いって言うんだよ。何が正しくないって言うんだよ。だから、あたしは……」


 その先は――楓の考えている事は何となく想像がつく。


()()()()()()()()()()って選択もありうるって事か?」


 楓は一瞬だけ言葉を詰まらせた後、ふっと短く息を吐いた。


「こんな話をするつもりじゃなかったんだけどな……」

「ここまで話したなら、はっきりさせておいた方がいいんじゃないか?」

「そうだな……あたしは刺し違えてでも、管理官の排除能力を奪うつもりだよ。そうしなければ、全てが水の泡になってしまう」

「そんな事したら楓は……」

「もちろん、あたしは厳しく糾弾される事になるだろう。そこから、あたしは犯罪者だ。何から何まで全部、ノゾミに(たく)さなければならなくなる」


 楓の声からは『迷い』というものが感じ取れない。

 状況が状況ならば、楓は本当に実行に移してしまうだろう。


「それを防ぐには、栄一さんを三日以内に排除すればいいってだけだよな? 精一杯努力するよ」

「ああ、頼む。全身全霊で頼むよ。全てはノゾミ次第なんだ」



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