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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
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交渉


「戸山君、あと少しで着くけど、どこに車を停めたらいい?」

「そうですね。どうせなら、もうファミリア-ギュの駐車場に入っちゃって下さい。出来るだけ目立たない場所に」

「わかったよ」

「あと、今回も僕一人で行かせて貰いますね」

「そうだね。僕達じゃ、戸山君のように上手く立ち回れない。栄一さんの前で、うっかりボロを出したら終わりだし、それが賢明かもね」


 霧林がそう言うと、三津家が不満げに俺を見る。

 その手にはスタンガンが握られていた。


「私も行きます。私には、これがありますから、いざとなったらバチバチと」

「三津家さん、駄目だよ。戸山君は色々と考えた上で、一人で行くと言ってるんだから」


 霧林の言葉に三津家がシュンとする。

 何だかんだで、三津家は霧林の言う事に逆らえないようだ。


 霧林はファミレスの建物に後ろを向ける形で車を停めた。

 ミラー越しに煌煌こうこうと輝く店内が見える。家族連れ、大学生くらいのグループ、カップルなどなど、割と客入りが良いようだ。

 あの中に陸浦栄一がいるというのも、一つのギャグのように思えてくる。


「僕達は、ここで見張っているよ。何かあったら、連絡して。すぐに行くから」

「ありがとうございます。じゃあ、いってきます」

「先輩、どうか御無事で」


 三津家がギュッと口を結ぶ。


「そんな、泣きそうな顔するなよ。死なないから」


 この流れが完全に死亡フラグだなと思いつつ、霧林のミニバンから出た。


 ファミリア-ギュの外観は奇をてらわない、一般的なファミレスのそれである。


 さすがに緊張感が込み上げてきた。


 ここのところ何度も話に聞いていた陸浦栄一と、ついに顔を突き合わさないといけないと思うと、身震いがしてくる。


 だが、平静である事が一番大切だ。

 大きく息を吐いて、扉を開ける。


 店内をざっと見回すが、今、蓮子さんはいないようだ。


「何名様ですか?」


 歩み寄って来た店員に「待ち合わせなんですけど」と行って、再度、視線を動かす。

 すると、一番奥のテーブル席に写真で見た男がいた。


 陸浦栄一である。


 別に服飾の分野に詳しい訳では無いが、上品で高級なスーツであるというのが一目で分かった。

 陸浦栄一はナイフとフォークを優雅に使いながら、ハンバーグを口に運んでいる。

 そこだけ空間が違って見えた。

 高級レストランのようだ。


 ――本当に陸浦が居た。

 どこかで牛岡の適当なでっち上げでは無いかと思っていたのだが。


 現在の陸浦栄一は白髪の所為もあって、牛岡より幾つも年上に見える。

 他人の痛みを肩代わりした代償というところだろう。


 もう、やるべき事は簡単だ。

 気負いを持つ必要すら無い。


「陸浦さん、お待たせしてすみません。牛岡さんの代わりに参りました。戸山望と申します」


 状況はまったく掴めていないだろうに、陸浦は表情を変えなかった。


「そうか。君が噂の『望君』だね。どうぞ、座ってくれよ」


 女性店員がオドオドしながら、俺の前に、そっと水をおく。

 陸浦は強い目力で彼女を見つめながら、口を開いた。


「彼にも『絶品! 煮込みハンバーグセット』を」


 勝手に注文を決めるのかよ。

 ……まあ、それでいいけど。


かしこまりました。ライスのサイズはいかがいたしましょう」


 女性店員が伏し目がちに俺を見る。


「普通サイズでいいです」

「遠慮することは無いよ。高校生だろ。大盛りにすればいい」

「いえ、大丈夫です。僕は空腹を満たしに来たわけじゃありません。ハンバーグを食べに来たんです」


 いや、陸浦栄一と会う為に来たのだった。


 女性店員は注文を繰り返す事も無く、厨房に駆け足で戻っていく。


 あれほど萎縮いしゅくしているのは彼が陸浦栄一だからだろうか。

 いや、陸浦栄一だと知らなくとも、この男にはビビってしまうだろう。

 陸浦には、それだけの雰囲気があるのだ。


「望君、君の活躍は色々と聞かせてもらっているよ」


 聞かせて貰っている……か。

 陸浦栄一に報告していたのは楓だろうか。それとも他の誰かか。

 今後の陸浦との関係性を考えれば、下手な探りを入れるわけにもいかない。


「たまたま運が良かったってだけの話ですよ」


 ――さて。

 込み入った話になる前に、これだけは聞いておかないといけない事がある。

 何故、陸浦栄一が蓮子さんが勤めるこの店を選んだのかという事だ。


「ひとつ聞いて良いですか?」

「ああ。いいよ」

「何故、陸浦さんは、この店を待ち合わせ場所に?」

「この店は、哲治てつはるが選んだんだよ」


 哲治は牛岡の下の名前である。


「牛岡さんは陸浦さんが選んだと仰ってましたが」

「そうか……ならば、どちらかが嘘を吐いているという事なんだろうな」


 陸浦は無表情で答えた。

 これ以上は突っ込むなという事か。

 やはり、何かがあるという事は間違いないだろう。

 この謎も棚上げしておくしかないようだ。


 ――そうして考えている間に生まれた沈黙の中、さっきの店員が猛スピードでやってきて、俺の前に皿を置く。

 速い。

 下手をすれば、注文の前から作り始めたのでは無いかという速さだ。

 恐るべし陸浦のファストパス能力。


「熱いうちに食べたらいい」


 湯気の向こうで、陸浦が口を開いた。


 この一連の流れは何なんだよと思いつつ、ハンバーグを口に運ぶ。

 謎のこの空気もあって、意外にも、すんなりとのどを通った。

 まあ、一番は、これが蓮子さんのハンバーグの味に似ているからだろう。


「このメニューは、ね。片田舎の一従業員が、とある野菜を隠し味に入れる事を提案して改良されたんだ。それによって注文数は三倍に膨れあがり、今では、このチェーンの看板メニューとなっているという話だ」


 ああ、やはり、そういう事か――。

 ここの煮込みハンバーグが蓮子さんの提案で改良されたと聞いた事がある。

 陸浦栄一は上月蓮子がここで働いている事を知っているのだ。


 しかし、ならば、何故こんな匂わせ方をしてくるのだろう。

 そんな事を考えながら、最後の一欠片を口に運ぶ。

 うん。やっぱり美味いな、これ。


「で、望君は何の為に、ここに来たんだ?」


 陸浦が問い掛けてくる。

 いよいよ、本題か……。


「いずれ分かる事だと思うので、正直に言います。牛岡さんから、陸浦さんについて色々と聞かせて頂きました。陸浦さんが能力者になった理由とか、上月さんの事件の時のアリバイの話とか」

「それで?」

「全面降伏する事にしましたよ。これから僕がどういう排除をしていくか、すべて陸浦さんにお任せします」


 これだけ話せば、こちらの意図は伝わるだろう。

 俺の記憶を消すのだけは許してくれという事だ。

 幾ら上品な老紳士といえども、オデコごっつんは無理である。


「君は、それでいいのか?」

「はい。僕は自分が今までやって来た事が、正しかったとは思ってません。誰かに任せられるものなら任せてましたよ。だから、何が何でもという気持ちはありません」

「では、何の為に排除を?」

「助けたい人が居るんです。自分の能力で苦しんでいる友人を助けたい。それさえ叶えば、他には何も望みません――それが終わった後なら、記憶が無くなってしまってもいいです」


 心残りは七原との事を忘れてしまう事だが、そんな事を言ってても仕方ない。


「楓君には、君が優秀な人材だと聞いているよ。どの角度からでも最適解を見つけ出す事が出来る。どんな逆境でも、最後まで諦めない不撓不屈ふとうふくつの精神を持っていると」

「今まで排除が出来てたのは、さっきも言った通り、ただの幸運ですよ。周りの人達がいなければ、どうなっていたか分かりません――」


 楓にしろ。遠田にしろ。七原にしろ。

 何か一つの要因でも掛けていたら、ここに辿り着く事は無かっただろう。


 ここに至っては、嘘や誤魔化しも通じない。

 ――いや、いつだってそうか、俺は嘘を真実にしなくてはいけない。


「楓さんには、いつも上手くやろうとするなと怒られてましたよ。泥臭くても、愚直ぐちょくでも良い、と。ここまで来たからには、それを最後まで突き通そうかなと思います。友人の排除の為には手段を選びません」


 陸浦が無表情のまま、俺を見る。

 牛岡もそうだったが、この人達は何を考えているのか想像もつかない。

 俺はただ、陸浦が次に何と言うかと、耳を傾けた。


「そうか……望君は真実を知りたいか?」

「真実?」

「上月孝次の事件の真実だよ。それを知らなければ三津家陽向の排除は出来ないだろ?」


 やはり、こうである。思っても無い返答が帰って来た。

 当日の話を俺に話してくれるという事だろうか。


「確かに、そうですね」

「だが、こんなところで話すのも問題のある話だ。私の知り合いの店で話すよ。そこなら個室がある」


 すっと立ち上がった陸浦に、俺も付いて行く。

 陸浦は、こちらを注視していた女性店員に歩み寄り、財布から札を出して渡した。


「釣りはいらんよ。その代わり、あっちの出口を使わせて貰えないか?」


 陸浦が指差した方には従業員出入り口があるようだ。


「はい。どうぞ!」


 店員が背筋をびしっと伸ばして応えた。


 この分だと、外で三津家と霧林が監視している事も知っているのだろう。




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