正体
思い通りの展開になっているのだろう、牛岡は満足そうに一つ頷くと、俺の目を見据え、口を開いた。
「ちなみに、お前は、栄一が奥さんを亡くしてる事を知ってるか?」
たしか、符滝だか有馬だかに聞いた事がある。
有馬が陸浦栄一の身辺調査をした云々の話だ。
「何十年も前に亡くなってる……とは聞いてますけど」
「そっか。話が早くて良いな」
牛岡の顔から、すっと笑みが消えた。
「彼女はな、とても穏やかな人だったよ。美人で優しくて、実は繊細な人だった。端から見れば、幸せな家庭だったんだけどな……」
「何か問題があった、という事ですか?」
「ああ、彼女は元々身体が弱かったんだが、ある時、突然倒れてな。病院に運び込まれた。そこで、思っていたより重篤だという事が分かったんだ」
「重篤……というのは」
「余命宣告を受けるような状態だった。子供もまだ小さかったのにだよ。そして、彼女は病状の悪化と共に、精神のバランスを崩して、能力を発症させた。発火能力をな」
「発火能力!?」
思わず大きな声を上げてしまう。
「ああ。発火能力を攻撃性の具現化だという奴もいるが、俺は、そうは思わない。混ざり物のない純粋な絶望が発火能力を生むんだ」
「当人としても、もう焼き尽くすしか無いって事ですからね」
「そういう事だ」
牛岡が遠くを見るような目をした。
気は引けるが、話は続けないといけない。
「当時から、牛岡さんは栄一さんに相談を受けていたって事ですか?」
「いや、あいつは一人で抱え込んでいたよ。この話を知ったのは、栄一が俺に、防火対策の整った離れ家を秘密裏で迅速に作れる業者を知らないかと聞いてきたからだ。同じような依頼を受けたという話を以前にも聞いた事があってな」
「なるほど。発火能力は特段の措置が必要ですもんね」
「あの頃は手立てと呼べるものも、今よりずっと少なかった……能力者になれば、隔離しかなかったんだよ」
「それで奥さんは?」
「発火能力は、他の能力よりも進行が速い。一旦、始まってしまえば真っ逆様だ。発火能力者の最期なんて、容易に推測できるよな……まあ、そういう事だよ。自らの身を……」
「自らの身を焼き尽くした……という事ですね」
「ああ。彼女の病状を考えると数週間、数ヶ月という差でしか無かったんだろう。でも、それは家族にとって大きな違いだった」
「栄一さんも、つらい思いをされてるんですね」
「そうだ。しかし、話は、それだけでは終わらなかった――悲劇だったのは、そんな母親の最期を、息子の隆一が目撃してしまっていた事だったんだ。そんなものを見てしまった子供は、どうなると思う?」
牛岡が問い掛けてくる。
こうなれば話の構図は簡単だ。
「マトモでいられるとは思えませんね。隆一さんが潜在能力者だったならば、能力を発症したという可能性が考えられます」
「そうだよ。皮肉なものでな、制御できない感情、純粋な絶望は同じ能力を生んだんだ」
「隆一さんも発火能力者だったという事ですか?」
「最悪な事にな。栄一は自分を責めただろう。俺も件の離れ家を何度か訪ねたが、あの陸浦栄一が壊れていくのを感じていたよ。俺は言った――排除能力者が見つからないんだから仕方ないだろ、と」
「当時は、そんな時代だったんですね」
「ああ。排除能力者を一人捜すのにも苦労していたんだ。しかも、対象が発火能力者となれば、命の危機に直結するから、引き受けてくれるような排除能力者は皆無だった。それでも栄一は息子の事を諦めなかった。家族の愛が解決してくれるという幻想に囚われていた」
「……なるほど」
陸浦栄一について語る牛岡の言葉に嘘は無いと思う。同じ時代を生きてきた友人としての熱が感じられた。
「そして、そんなある日の事だった。栄一は高熱に浮かされながら寝ている我が子の額に自分の額をくっつけ、熱を測ろうとしたそうだ。その時、何かの閃きがあった。心が通じ合ってるんじゃないか、と。だから、栄一は語り掛けた――あの日の事は忘れてくれないか、と。すると、驚くべき事に言葉が返ってきた。隆一は眠っているのに、口も動いていないのに――出来ないよ、と」
「栄一さんの力は、そういうものなんですね」
「ああ。そうやって何度か遣り取りを重ねていく内に、栄一が隆一の代わりに、彼女の記憶を留めておくという落とし所を見つけたんだ――そして、目を覚ました隆一には奇跡が起きていた。隆一から記憶が消え、能力も消えていた」
「記憶を引き受ける能力ってことですか……」
「そうだ。あの能力は、記憶を消すなんていう便利なもんじゃない。記憶を……心の痛みを肩代わりしているのは栄一だよ」
「なるほど。記憶を消しているか、記憶を引き受けてるかなんて、他人には知りようがありませんもんね」
「そういう事だ」
「ようやく話が見えてきましたよ。栄一さんが排除能力者として、あれだけの地位を確立できたのは何故か、栄一さんをバケモノたらしめているものは何か――能力が記憶と結びついているなら、能力も一緒に引き受ける事になりますよね」
「……バケモノか。確かにそうだな。複数の能力を使いこなせる能力者なんて、バケモノ以外の何者でもない」
奇しくも霧林の言う通りだったという事である。
「衝撃的な事実です」
「にしては、落ち着いてるじゃないか」
「まあ、複数の能力を持つ能力者なんてのは、アニメやドラマだと、ありがちなネタじゃないですか。能力者の成り立ちから考えれば、あり得ないだろうと思ってたんですが、そんな抜け道があったんですね」
陸浦栄一は能力者の渦の中心に居る能力者だ。
それくらいの能力はあるとは思っていたが。
「まあ、もちろん、無限に能力を使えるわけじゃない。記憶と共に消えていく能力もあるらしい。といっても、栄一の匙加減らしいけどな」
「ってことは、寺内さんの他人を眠らせる能力も?」
「ああ、当然、今も持っているはずだよ」
「ますますバケモノですね――まあ、これで一つ重要な事がわかりました。栄一さんが一人で、上月さんを眠らせ、能力を排除する事が可能だったという事です。アリバイが無い上に、動機があって、犯行が十分に可能だった。色々と条件が揃ってきましたね」
「そもそも、潔白なら、何故俺にアリバイの証言を頼んできたかって話だ。まず間違いなく、栄一は上月孝次の一件に関わっているよ。どこまでかは分からないがな」
「いよいよ、栄一さんに話を聞いてみないといけないことになって来たって事ですね」
重要な事を語り終えたからか、いつの間にか牛岡の顔に笑みが戻っている。
「携帯は没収されたが、そこに栄一の番号も入ってる。連絡を取りたいのなら、それを使えばいい」
「ありがとうございます」
「だが、すぐに会いたいというのなら、もっと良い方法もある」
「すぐに、というのは?」
「今日、栄一と会う約束をしていたんだ。玖墨の件とか、色々と通しておきたい話があったからな」
「なるほど。牛岡さんは栄一さんに便宜を図って貰おうとしていたわけですね。しかし、予想より早く逮捕された。さっき言ってた神様に見放されたってのも」
「栄一だったら、幾らでも裏で手を回す事が出来ただろう。俺が、ここに居るって事は、あいつが何もしなかったって事だ」
「そういう事でしたか。ちなみに、栄一さんとは、どこで待ち合わせを?」
「市立病院の隣りにファミリアーギュって店があるだろ。そこで八時だ」
俺は牛岡の言葉に耳を疑った。
ファミリアーギュといえば、ハンバーグで有名なチェーン系のファミレスだ。
大の大人が何でそんなリーズナブルな店なのかと思うが、問題はそこでは無い。
市立病院の隣りのファミリアーギュといえば、双子の母親・上月蓮子が店長を務めている店なのである。




