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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
198/232

三津家陽向


「では、今からうかがいますね。米代よねしろ高校の前からなので十分ほどで着くと思います。よろしくお願いします」


 そう言って、霧林が電話を切る。

 それとほぼ同時に、三津家が後部座席に乗り込んで来た。


「霧林さん、戸山さん。お待たせしました。すみません」

「おかえり、三津家さん。謝る事なんて無いよ。じゃあ、三津家さんも帰って来た事だし、出発しようか」

「どちらへ行くんですか?」

「市立病院だよ。そこの院長の根岸さんって人と話をするんだ。その為に今、アポを取ったからね」


 霧林がエンジンを掛け、車が動き始める。

 本来なら学校前の通りに出た方が早いのだが、霧林は手前の交差点で右折した。

 迂回うかいするようだ。

 間違って双子に会わないようにという気遣いだろう。


 さて、誰が最初に話題を振るのか――その沈黙が生まれたので、俺は三津家の方を振り返る。


「小深山、良い奴だったろ?」


 そう問い掛けると、三津家は、ぷくっと頬を膨らませた。


「あのジェントルマンは何なんですかって感じです」

「何の文句があるんだよ、小深山に」

「ああいう誰にでも優しいタイプは信用に欠けます」

「どんな優しい言葉を掛けられたんだ?」

「転校して来て不安なことは無いかとか。クラスに馴染めそうかとか。色々聞いて下さいました。お父さんですか。あの人は」

「小深山も、そんな事を言われるとは思ってないだろうな」


 と、苦笑する。


「あんな風に周囲に気遣いを振りまく人って、何のメリットがあって、そんな事をしてるんでしょうか」

「別にメリットがあってやってるわけじゃないだろ。自然体で、そういう奴なんだよ」

「溜め息しか出ませんね」


 実際に深い溜め息を吐く三津家。


「でも、そういう奴って結局のところ、最後には好きになっちゃうんだよな。気持ちは分かるよ」

「は? 好きになんかなってませんよ」

「わかったわかった」

「違いますからね」

「だから、わかったから」

「それは分かってない人の反応です。本当に違いますからね。大体、そんな事は排除能力者の私には許されてませんよ」


 横で霧林が口を開く。


「いいんじゃないかな。恋愛は自由であるべきだよ。戸山君も、小深山君が信用できる人だって言ってたし」

「だ! か! ら! 勘違いしないで下さい。好きになったわけではないので!」

「顔が真っ赤だぞ」

「有らぬ疑いを掛けられて、憤慨してるからです!」

「そうは見えないけどな」

「もういいです! この沼にまったら中々抜け出せないのは分かりました。これ以上、この話を続けるなら、この時間は睡眠にあてさせて頂きます」


 ふて寝かよ。


「悪かったよ。いじけるなよ。でも好きになるなら好きになれば良いと思う。そうやって気持ちが他人に向くことは排除のキッカケになるかもしれないから」

「だね。三津家さん、恋愛感情ってのは、場合によっては大きく社会復帰に近付く契機になるんだ。まあ、状況によるけどね」

「話題を変えてください。でないと、十秒以内に寝ます」


 ふて寝しか対抗手段が無いのかよ。


「わかったよ。で、何の話をするんだ」

「そうですね……ところで、先輩」


 三津家の口調が急に緊張感を帯びる。


「何だよ」


 とは言ったが、どういう話題を持ち出すつもりなのかは分かっていた。

 火災事件の話である。


「事件の話は、どこまで聞かれましたか」

「最後まで聞いたよ」

「そうですか。ならば、分かっていただけたでしょう。私の能力は、上月孝次さんの命を――」

「それ以上、言う必要は無いだろ。それが事実かどうか。事実だとしたら、どんな事情があったのか――それを調べるのが俺の役目だから」

「先輩、同情されたくて言うわけではありませんが、私は優しくされていい人間では無いんですよ」

「そんな事は無いよ。例えば、三津家が洗脳されて能力を使った場合。例えば、陸浦栄一に騙されて巻き込まれただけという場合。色んなパターンが考えられる。同情の余地なんて幾らでもあるからな」

「どんな事情があったにしても……」


 そう言った所で、三津家は三秒フリーズする。


「……陸浦栄一さんって、あの陸浦栄一さんですか? 元市長の陸浦栄一さんが事件に関わっているんですか?」

「他に誰がいるんだよ」


 確かに聞き返してしまう気持ちも分かる。


 あの陸浦栄一なのだから。


「そうなんですか……陸浦さんが関わっているという話もあるんですね」


 三津家が一人言のように、ボソボソと喋る。


「事情次第で、幾らでも見方は変わるんだ。それに反論はないよな」

「そうですけど、そんな問題では無くて……」


 そう言ったきり、三津家は黙り込む。

 それに関しては議論をするつもりも無いのだろう。

 三津家の中で答えは固まっているのだ。


「話は変わるけど、三津家は、この街に戻ってきて大丈夫なのか。精神的に」

「大丈夫ですよ。フラッシュバックは起こり得ません。戻って来る記憶が無いですから。この景色を見ても、どこか懐かしいなと感じるくらいで」


 三津家の声の揺らめきで、後ろにいる彼女が窓の外に目を向けたことが分かった。


「それだって負担にならないのか? この街に居るというだけで」

「私は排除能力者です。仕事として、ここに来ているんですよ。負担が無いとは言いませんが、割り切れないものでは無いです」

「霧林さん、排除能力者を住んでいた街に引き戻すなんてことは、普通に有るものなんですか?」


 無言でハンドルに手を掛ける霧林に話を振ってみる。


「有り得ないことだよ。三津家さんを呼び戻すのは、どう考えても無茶な話だった。だけど、楓ちゃんと柿本さんが上手く立ち回ったみたいでね」

「そうだったんですか。私が呼ばれたのは楓さんの差し金だったんですね。ですが、何故そんなことを?」

「戸山君と引き合わせたかったんだろうね。楓ちゃんは三津家さんに完全な排除を施す為に、何年も掛けて準備を整えてきたんだと思う」


 楓と早瀬の事を知っている俺としては、これはゴールでは無く通過点の一つなんだと分かっているが、そこは黙っておく。


「何で、私なんかに。私がいなければ、楓さんも同僚を失うことは無かったのに」

「三津家さんに記憶は無いだろうけど、三津家さんの力を排除したのは楓ちゃんだという話はしたよね。楓ちゃんは悔やんでいるんだよ。あの時、三津家さんから何かを聞き出せていたら、こんな事にならなかっただろうってね」

「そうですか……ならば、こうやって事件の事を調べ直すことには意味があるかもしれません。ですが、やはり私は排除を受け入れるつもりはありません。洗脳されていたとしても、陸浦栄一さんに騙されていたとしても、私の能力が上月さんの命を奪った事実は変わりません。能力者が消えない限り、排除能力者は必要なんです。古手のようには出来ないでしょうが、戸山さんの元で学んでいけば、私にだって本当の意味で能力者を救う事も出来ると思うんですよ」


 三津家の方を見ると、その強い意志のもったその目が、こちらを向く。

 ネガティブよりポジティブの方が圧倒的にタチが悪い。

 正しいという大義名分がある以上、ブレーキが効かないのだ。


 俺は三津家に語り掛ける。


「別に能力者と向き合うのに排除能力者である必要は無いだろ。霧林さんみたいな関わり方だってある」

「私には帰る場所すら無いんですよ。そんな私が霧林さんのようになるなんて現実的だとは思えません」

「帰る場所が無いってのは?」

「母は再婚して子供が出来ています。四歳と三歳の兄と弟だそうです。権利があるからと、その家族にズカズカと入って行きたくはありません」

「三津家さん、その事なんだけどさ……」


 と、霧林。


「何ですか?」

「三津家さんには、霧林という名字になってくれないかなって思ってるんだ」

「え?」

「霧林陽向って良い名前だと思うんだよ。『霧』の深い『林』っていう静かで暗いイメージが『陽向』って名前で一気に反転して、華やぐんだ」


 霧林は、何でも無い事を言うように、普段の表情のままで語る。

 大きな交差点の手前、車は右折レーンに入り、ウインカーを出した。


「え? 霧林陽向って?」


 息づかいで三津家の動揺が伝わってくる。


「でも、私は中――」


 そう言いかけたところで、三津家は慌てて、自分の口を手でふさいだ。

 いや正しくは、急に三津家の息がもったので、三津家が手で口を塞いだんだなという予想である。


「中? 中って何だ?」


 三津家が中学生だなんて事は、夏木の話からすでに知っている。


「ちゅう……まだ、ちゅうだってしたことないんですよ」


 三津家は顔を赤くしながら、ヤケクソといった感じで取りつくろった。

 いや正しくは、顔を赤くしているんだろうなという予想である。


「三津家は中学生なんだろ。知ってるよ」

「……ああ。確かに、そうでした。火災事件の話までしてるんですもんね。別に認めても良かったのか……私は中学生の歳なんですよ。霧林さん、霧林陽向になってくれって何なんですか?」


 笑いを噛み殺していた霧林が口を開く。


「ごめんごめん。わざと誤解させるような言い方をしちゃったよ」

「やめてください」

「了解。本当の所を話すよ――今ね、僕は松永さんと結婚しようと思ってるんだ」


 『松永』は三津家が世話になったという看護師の名字だ。

 三津家の昼の弁当を作ったという、あの看護師である。


「そうだったんですか? ああ、えっと。気の利いたことは言えないんですけど、とにかくおめでとうございます」

「ありがとう。それでね、ちょっと体質的な問題があって、僕達は子供が作れない夫婦って事になるんだ」

「……はい。そうなんですか」

「うん――で、二人で話し合って、もし出来るなら、三津家さんに養子になって欲しいと思ってるんだよ」


 いつものように軽やかに――心の隙間を埋めていくように、霧林が言葉をつむぐ。


「え? ええ!?」

「当局も、特別の事情としてみ取ってくれるそうだよ。能力の再発問題が無くなれば、話はスムーズにいくはずだ。どうだい? 養子は嫌かい?」

「いや、そんな事を当然言われたって。でも何で、こんな時に」

「こんな時だからこそだよ。こんな時だから明かしたんだ。社会に戻る事に不安が無くなれば、戸山君の排除も上手くいくかなと思ってさ」

「何で? 何で、そんな優しい事まで言ってくれるんですか……」


 三津家のその声で、彼女が声を押し殺して泣いていたんだと気が付く。

 霧林は一つ呼吸を置いてから、いつもの笑顔を浮かべて、口を開いた。


「三津家さん、君に僕達の気持ちを押しつけるつもりは無いよ。最終的には三津家さんが自分で心の置き所を決めれば良いと思う。だけど、柿本さんも、楓ちゃんも、僕と松永さんも、三津家さんの能力が排除される事を望んでいるんだ。三津家さんに普通の幸せを手に入れて貰いたいと思ってるんだよ。それは忘れないで欲しい」

「霧林さん……」

「僕達の気持ちは固まってるけど、答えを出すのは真実が分かってからでもいい。戸山君が、すぐに全てを明らかにしてくれるはずだから。そうだよね、戸山君」


 霧林の視線がこちらを向く。


 えげつないほどのプレッシャーである。

 しかし、やることは決まっているので、迷いなんて生じるはずも無い。

 今は陸浦栄一と向き合うだけでいいのだ。


 あの陸浦栄一と。


 前を見て歩き続けていれば、必ず三津家の心を動かすことが出来るはずである。



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