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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
195/232

理事官


 向こうが先に通話終了ボタンを押したという事だろう、画面を見るとすでにホーム画面が表示されている。

 復唱した柿本真智子の電話番号を忘れない内にと、自分の携帯にメモを取った。


「柿本、ありがとな。助かったよ」


 電話の間、じっと黙って俺を見ていた柿本に携帯を返す。


「戸山って、やっぱすごいわ。見直した」

「は? 何がだよ」

「真智子さんのプライベート用の番号を知ってる人って本当に少ないの。それを、あんなにあっさり聞き出すなんて。戸山が毎日、別の子に声を掛けてるって噂を聞いて、『そりゃ無いわ』と思ってたんだけど、あながち嘘でも無いみたいだね」


 どこかで聞き覚えのある言い掛かりを付けられている。

 犯人は、あいつで間違いないだろう。


「いやいや、俺にそんなつもりは、まったく無いから」

「でも、実際に番号を聞き出したわけでしょ」

「まあ、そうだけど」


 誤解が誤解を生むというのは、こういう事だろうか。


「真智子さん独身だから、私としても、戸山に心の扉を開いてあげて欲しいの。三十四歳差なんて関係ないよ」

「いや、仮に、こっちには無くても、向こうには関係あるだろ。高校生が相手は犯罪だ」


 俺の話を聞いているのか、いないのか、柿本は笑顔で俺の肩をぽんぽんと叩いた。


「お互い、大変な人が相手だけど。がんばろうね」


 変な親近感を抱かれたようだ。

 人の評価ってのは、こうやって移ろっていくものなのだな――そんな事を思いながら、俺は校門の方へと歩き出した。


 とりあえず、霧林の車に戻ってから、柿本真智子に掛け直すのが良いだろう。



「で、心当たりってのは何とかなったのかい?」


 ミニバンに乗り込むと、霧林が少し不満げな顔で問い掛けてきた。


「はい。柿本さんのプライベート用の携帯番号を手に入れて来ました」


 霧林の表情が一瞬で驚きへと変わる。


「え? どうやって、そんな」

「理事官の姪がクラスメートだったんですよ。もしかしてと聞いてみたら、当たりでした」


 今日は当たりを引ける日らしい。


「すごい。そんな偶然があるんだね。まあ、柿本理事官は、この街の出身だから有り得ない事では無いけどさ」

「はい。偶然ってあるもんですね」


 この楓云々うんぬんの話も霧林には話さない方が良いだろう。

 俺の周囲の人物に、あまり目を向けられても困るのである。


「柿本さんには静かな場所で掛け直すと言ったので、これから電話しますけど、いいですか?」

「うん。いいよ。ああ、でも、えーと、くれぐれも栄一さんの事は……」

「わかってますよ。霧林さんが栄一さんを疑っていたとは言いません」

「疑ってるとは言ってないんだけどね……」


 霧林の困り顔を見ながら、通話ボタンを押すと、三秒もしない内に呼び出し音が止まった。


「もしもし」


 と、柿本真智子の声。

 その一秒で柿本の不機嫌さが伝わって来る。


「すみません。中々電話する環境の場所まで行けなくて」

「ああ、それは構わないわ。姪を経由して電話して来た事には、一言も二言もあるけど」


 ああ、そっちの方か……。


 携帯から声が漏れ聞こえているのだろう、霧林が心配げに俺を見ている。


「すみません。霧林さんに柿本さんと話したいと頼んだんですけど、連絡が取れなかったんです」

「ああ、そこには霧林がいるのね」

「はい」

「なるほど。大体の状況は分かった――で、私に何が聞きたいの? 三津家陽向の事件の話なら、大体の事は霧林に聞けば済むと思うんだけど」

「柿本さんの見解を聞かせて欲しいんです。何故、あの事件は迷宮入りしたんでしょうか?」

「それを聞いて、どうするつもり?」


 刺刺とげとげとした口調が、話を進めなければという意志をいでいく。

 だが、こちらも言うべき事は言っておかないといけない。


「事件の真相を明らかにする為です。そうすれば、三津家の力を排除できるかもしれない」


 電話口から深い溜め息が聞こえて来た。


「戸山君、あなたが陸浦一華の能力を排除したという報告は受けているわ。だけど、それは三津家さんの件とは別の話よ。あなたが下手な事をしてしまえば、三津家さんを再び能力者にしてしまうかもしれない」


 そんな事は分かっている。

 それを分かった上で、リスクを天秤てんびんに掛けながら、最善の作を選び取っているのである。

 ここは無駄な言葉なんて必要ない。


「わかってますよ」


 それだけ答えればいいのである。


「……そう。上月とは違って頼りないけど、彼には無いものがあるみたいね。それならいいわ」


 柿本の口調が少しだけ和らぐ。

 俺の反応をみて、上月孝次と比べていたのだろう。

 それならそれでいい。

 彼女も、三津家陽向の排除を望んでいるという事だ。


「では、お話をお願い出来ますか?」

「ええ。わかったわ――あの事件に関しては、弁明から入る事を許して欲しい。あれは当初想定していたよりも、ずっと複雑な事件だったの。火災で重要な資料が燃えたってこともあるし」

「重要な資料?」

「上月はメモ魔でね。調べている能力者の事は全て書き取っていた。それさえ残っていれば、どの能力者を上月が追っていたかは分かるはずだった」

「なるほど」

「捜査は三津家さんの自首から一歩だって進展してないのよ。状況から考えて、三津家さん一人では不可能な犯行である事は間違いないけど、事件から六年後の今に至るまで誰一人として尻尾を出していない」

「霧林さんは、排除能力者が関わっているかもしれないと言ってましたが、どう思われますか?」

「陸浦栄一の事ね」


 隣で霧林がソワソワしながら俺を見ている。

 ここは霧林との約束を守ろう。


「いえ、霧林さんは、そこまでは言ってませんけど」

「だったら、私が言うわ。その日、陸浦は裁判に出廷する為に、その街――米代よねしろ市を訪れていた。陸浦は当時、行動を制限されていて、犯行が可能な機会は非常に少なかった」

「へえ。そうだったんですね」


 既に霧林に聞いた話だが、それも知らない振りをする。


「確かに、陸浦は当時、事件の容疑者の一人では無かったわ。だけど、身内が犯人だなんて盲点だったとか、そんな間の抜けた事を言うつもりはない」

「そんな言い方をするって事は、栄一さんは犯人じゃないと確信しているという事ですか?」

「そうね。陸浦の能力の発動方法を知っていれば、それが難しい話だって分かるのよ。彼の力は新式と違って、バチッと簡単にはいかないから」


 陸浦栄一の能力か……それについては考えた事もなかった。

 手をかざすとか、触れるとか、そういうイメージだったが。


「聞かせて下さい。それは、どんなものなんですか?」

ひたいひたいをくっつけるの。恋人同士のように」

「え?」


 思わぬ答えに、思わず聞き返す。


「親が子どもの熱を測る時におでこを合わせたりするでしょ? ああいう状態よ」

「……それは、かなり変わった能力の発動方法ですね」

「そうね。何故、陸浦がこんな能力を持っているのかは分からない。それは今はいいわ。重要なのは、ここから――陸浦の能力は、相手が眠っていないと使えないの」

「どうして、そんな事に?」

「おそらく意識が落ちている無防備な時しか、力が通用しないって事なんだと思う」

「なるほど。つまり、力の強弱の問題なんですね。額を当てるのは、出来るだけ対象と近づけて、ロスを減らす為と考えられる」


 七原の力にも到達距離があったように。


「そういう事よ――そこで話を上月の事件に戻す。上月の体内からは薬物も検出されなかったし、外傷も無かった。上月が排除の途中に昏睡させられていたという状況を考えるなら、陸浦単独での犯行は不可能だったってこと」

「ですね。栄一さんが他に能力者か排除能力者を連れていたなら話は別ですが、他に能力者や排除能力者がいるならば、栄一さんが、その場にいる必要も無い」

「ええ。そうね。ただ、陸浦のアリバイを証言している牛岡哲治という男が、一切信用できない人物と分かった今、やはり陸浦は何らかの関わり方をしていたんじゃないかと邪推じゃすいしてしまう」

「そうですね」


 まあ、陸浦栄一の事件で贈賄ぞうわい側だった牛岡の信用度は、当時からゼロだっただろう。


「とにかく、陸浦の排除方法を知っている数少ない人間の一人から言わせて貰えれば、上月を眠らせたのは陸浦の犯行では無いわ」

「そうですか……では、柿本さんは誰が鍵を握っていると思いますか?」

「そうね。やはり重要なのは三津家さんの父親である三津家大輔だいすけだと思う」

「なるほど……」


 それこそ三津家にするのは避けた方が良い話だろうが、そんな事も言ってられない。


「三津家大輔は事件当日の午前中に倒れて、病院に搬送され、意識が戻らないまま亡くなっている。これが偶然だとは思えない」

「そうですね――霧林さんがおっしゃってましたが、大輔さんの事は調べても何も分からなかったんですよね?」

「ええ。三津家大輔ってのが、そもそも本名では無かったの」

「大輔さんは何故、偽名で生活しなきゃいけなかったんでしょう?」

「三津家陽向の母親である三津家三晴みはるは、元々は大輔の愛人だったという話がある。三晴が語った事によれば――大輔は当初から、三晴と結婚するつもりが無かったそうよ。二人の間に三津家さんが生まれても、大輔は認知しなかった」

「そうなんですか……」


 かなりディープな話になってきたようだ。


「その代わり、大輔は三晴達の生活費を支払っていた。だけど、事件の五年前、本妻と間に何らかのトラブルがあったのか、大輔は三晴の家に転がり込んだ。彼は三津家大輔と名乗り、やがて外出する事も減って、酒に溺れる自堕落な生活を始めた」

「だとして、何故、三晴さんは三津家を置いて家を出たんでしょう。そんな所に娘だけを放って行きますかね」

「三津家三晴いわく、娘が父親のところに残りたがったそうよ。ずっと家にいる父親が、私の悪いところを吹き込んだんだ、と物凄い勢いでまくし立ててたわ。そういう苛立ちを隠さずに表に出してしまうところが三津家さんにとってもストレスだったのかもしれない」

「なるほど……しかし、当時、三津家は小学三年生ですよね。小三ともなれば、家で酒ばかり飲んでいる父親をマトモだとは思わないんじゃないですか?」


 ずっと気になっていた事がある。

 夏木が言っていた三津家の『パパは間違った事を言わないから』という言葉。

 それが頭の中に、こびりついて離れなかったのだ。

 つまり……。


「戸山君の言いたい事は、こういう事ね――三津家大輔が洗脳能力でもってして、三津家さんを引き止めていたんじゃないか、と。自分を排除しようとする上月に対抗する為に、三津家さん達を扇動せんどうしたんじゃないか、と」



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