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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
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柿本


 三階まで上がり、廊下へと出る。

 柿本はいないかと視線を巡らせると、教室の扉に忍者のように張り付いている人影を発見した。


 柿本だ。


 気配を感じ取ったのか、柿本が鬼の形相ぎょうそうで振り返る。

 ……が、俺の顔を見た途端、すっと激情が収まった。

 さっき小深山が俺に言った『恩がある』というセリフが効いているという事なのだろう。

 そこは藤堂と違って、意外と素直に受け取るらしい。


 俺が手招きすると、柿本は渋々といった顔で近づいて来た。


「何か用?」

「小深山の事で少し話したい事があるんだよ。いいか?」

「今、忙しいから後でなら」


 何を忙しいというのだろう。


「何が忙しいっていうんだよ」


 柿本に対しては気を遣う必要も無いので、そのままを口にした。


「戸山には関係ないでしょ」

「だけどな、こっちも今じゃないと駄目な話なんだよ。柿本にとっても、ちゃんとメリットのある話だから、聞いてくれ」


 柿本は小さく溜め息を吐く。


「わかった。何?」

「あの二人に聞かれたら困る。俺と一緒に来てくれ」


 その言葉が、少なからず柿本の好奇心をくすぐったのだろう――柿本は素直に後ろを着いて来た。


 万全を期す為にと、特別棟へ向かう。

 特別棟の四階は本校舎と渡り廊下で繋がっていない。

 そこに目的がある人だけが来る場所なのである。


「やっぱり戻っていい?」


 特別棟の階段を上りながら、柿本が上擦うわずる声で言った。


「は?」

「いや、なんかさ……やっぱり別にいいかなって思って」

「小深山と仲良くなりたいんだろ?」

「それは、そうだけど……」

「何だよ?」

「最近、紗耶も瑠華も様子が変で……」

「別に俺とは関係ないだろ」

「……さっき、あたしにとって『も』メリットがあるって言ってたよね。って事は、あたしに何か見返りを求めるって事でしょ?」


 ……まあ、当然か。柿本とは話した事があると言っても、いつも藤堂絡みで、サシだった事は一度も無い。

 こんな物寂しい場所に連れて来たら、警戒心もくだろう。


 ここは、最初に俺の目的から話しておくべきだ。


「ちょっとだけ、話したい人がいるんだよ。その人に電話を繋いでくれるだけでいいんだ」

「誰?」

「柿本真智子さんだよ」

「真智子おばさん? 何で? ってか、何で、あんたが真智子おばさんの事を知ってるわけ?」


 柿本真智子は、柿本父か柿本母の姉か妹って事のようだ。

 となれば、四十代か五十代って所だな。

 そういえば、霧林には詳しい事を何も聞いていなかった。

 どういう風に話を持っていくべきだろうか。


 ――そんな事を考えていると、後ろで足音がする。


「何してんの、戸山……」


 振り返ると、そこには逢野亞梨沙と佐藤千里が居た。


「戸山……君」


 逢野は取って付けたように『君』を付け加える。

 藤堂より目がわっている分、圧倒的に恐ろしい。

 そういえば、特別棟には家庭科室があったな。地雷を踏んでしまったようだ。


「柿本と個人的な話があるんだよ。それだけだ」

「わざわざ、こんな誰も来ない場所まで来て?」


 逢野がにじり寄って来るので、一歩後ろに下がる。


「やめなよ、亞梨沙」


 佐藤が逢野の腕をつかんで引き止めた。

 佐藤千里、ありがたい。


「だって、こいつの……この人の行動って、いつもおかしい事ばっかりだし」

「実桜は『戸山君は、そういう人だから仕方ない』って言ってたでしょ」


 何で、そんな訳の分からない擁護をしてんだよと思いつつも、それ以外に答えようが無いなとも思う。


「千里、やっぱり、そういうのって駄目なんだと思う。いくら実桜が許してても、実桜の友達の私達は絶対許しちゃ駄目」


 逢野は『絶対』を強調しながら言った。

 黙っていれば肯定する事になるので、俺も口をはさむ。


「別にコソコソしてるわけじゃないよ。静かな場所で話したかっただけだ」

「教室から、ここに来るまで、静かな場所なんて幾らでもあったでしょ」

「は?」

「あんた達が挙動不審で教室の周りをウロウロしてたから、つけてきたの」


 つけてきたんかーい。

 と、突っ込む事も出来ずである。


 逢野が俺の不可解な行動にストレスを感じているのを知りつつも、放置していた事にツケが回って来たという事だろうか。


「で、実桜というものがありながら、何で柿本さんとコソコソ会ってるか、話してくれるんだよね?」


 非常に答えにくい質問が来る。

 これはマズイ。

 返答によっては、柿本にも更なる不信感を抱かせてしまうだろう。


「ちょっと待ってよ」


 そこで、隣りにいる柿本が声を上げた。


「この状況、何なの? ワケがわからなすぎ。別にあたしは戸山と何の関係も無いから、あたし帰っていい?」


 柿本は話の流れに乗じて帰ろうという作戦のようだ。

 柿本真智子が身内だと分かった事もあるし、今、優先すべきなのは柿本だろう。

 だからといって、ここで強引に話を進めるわけにもいかない。

 どうしたものだろうか。


 ――と、そこで唐突に視界が暗くなる。


 顔全体が何かで覆われている。

 息も出来ない。

 た、助けて。


「戸山、ここはオレに任せてくれ」


 守川の声である。


 『ああ』と思って、後ろに一歩さがると、そこには守川の後頭部があった。


 守川は横に手を開いて、通せんぼの体勢だ。

 どうやら、逢野が俺に詰め寄らないように立ち塞がっているという事のようだ。


 だとしたら近づきすぎだよ。距離感を分かれよ。

 ってか、そもそも、どっから湧いてきたんだよ。


「こんな所で何してるんだよ、守川」

「逢野さん達が戸山の後をつけてるのを見てな。つけてきたんだ」


 さらに、つけてきたんかーい。

 どこか既視感のあるシチュエーションだが、それはどうでもいい。


「守川、助かるよ。この場を引き受けてくれるって事だよな?」

「ああ、ここはオレが食い止める。早く行け」


 守川は緊迫感のもった声で、そう言った。

 だが、守川なら逢野が二十人くらいいても余裕で止められるような気がする。

 佐藤なら五十人だ。


 その横には委員長もいて、「こういうの一度やってみたかったんだ」と呟いている。

 委員長もいるのか、だったら五十五人くらいはいけるかもしれない。


 一方、そんな二人を見つめる逢野と佐藤は呆気あっけにとられるだけといった様子だ。


 ――しかし、本当にありがたい。

 守川と委員長が作った、この訳の分からない状況と雰囲気のお陰で、ここから強引に立ち去っても問題は無さそうだ。


「いこう、柿本」

「え、え? 何?」


 混乱している柿本を引き連れて、悠然ゆうぜんと、その場を後にした。


 逢野達から離れると、柿本が「何なの? あれ何なの? これ何なの?」と問い掛けてくる。


「前に流行してただろ? フラッシュモブってやつだよ」

「え。まあ確かに、それくらいイカれた出来事だったけどさ」



 そんなこんなで、結果的に体育館の裏に行き着いた。

 ここならば、今度こそ落ち着いて話が出来るだろう。


「あちこちと振り回して悪かったよ。ごめん」


 気を取り直す為にと、まずは謝罪を口にする。


「それは別に良いけどさ……」

「俺の頼みは真智子さんと話がしたいってだけだ。それを飲んでくれるなら、こっちとしても魅力的な提案が出来るって話だよ」

胡散臭うさんくさっ。戸山って本当に胡散臭い。あんたみたいな人と、おばさんを関わらせるなんて有り得ないから」


 まあ、身内に関する事ともなれば、身構えるのは当然だ。


「たしかに、それは分かるよ。俺の日頃の行いの所為だよな。でも、それを差し引いても、柿本は俺の提案を聞くべきだと思う。小深山に近づく大きなチャンスになるから」

「……まあ、一応、話は聞いておくけど」

「小深山と一緒に文化祭実行委員をやれるかもしれないって言ったらどうする?」


 柿本の表情が一変する。


「やる。絶対やる! ……でも、待って。それって、どういう事?」

「いつ頃になるかは確定してないけど、とある事情で三津家は文化祭実行委員を辞めなきゃいけなくなると思うんだ。そうなれば、実行委員が一枠空席になる。その枠を三津家が柿本にたくすことで話をつけたって事にすれば良いんだよ」


 排除が成功するにしろ、しないにしろ、三津家が一ヶ月後の文化祭まで学校に残る事は有り得ない。

 この約束は確実に履行りこうできるはずである。


「ああ! だから三津家さんも困った顔してたんだ?」

「そういう事だよ」

「なるほど」

「あと、もう一つの条件としては、三津家が実行委員を辞めるって話は他の奴には黙っていて欲しい事かな。もちろん、本人にもな。これを守れなかったら、他の奴に役を回すから」

「そっか……わかった。他にもこの枠を狙ってる人は五万といるし、話すわけ無いでしょ」


 クラスメートが、そんなにいねえよ。


「じゃ、話は付いたって事でいいよな。真智子さんに電話してくれ。楓さんの所の関係者だと言ってくれれば分かると思う」

「了解!」


 柿本は迷う事なく携帯を取り出し、耳に当てた。


 俺は、ほっと一つ息を吐く。

 よかった。上手くいったようだ。


「あ、真智子さん、久しぶり。真智子さんと話したいって人がいるんだけど、いい? え? 誰って? 楓さんの所の関係者だって言ってる。あたしのクラスメートで戸山って人なんだけど。え? わかった。代わるよ。うん」


 柿本が携帯を向けて来る。


「お電話、代わりました。戸山と申します。楓さんにはお世話になってます」


 俺は、そう語り掛けた。


「柿本です。君の話は樋口から聞いてるわ。古手なんですってね」


 その低音は脳の奥まで浸透する。

 ハスキーボイスで言えば、符滝医院の看護師の剛村たけむらもだが、彼女よりは少し冷たい印象を受けた。


 ――しかし、楓の事を名字で呼ぶ人に初めて出会ったな。

 つまり、柿本真智子は、あの楓が何も言えない相手ということだ。


「三津家陽向の事について少し聞かせて頂きたいと思いまして、連絡させていただきました」

「……そう。分かったわ。お話ししましょう。今から携帯番号を言うから、めいと離れてから、掛け直して頂戴ちょうだい

「わかりました」




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