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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
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藤堂


 霧林と話している内に、下校のピークは過ぎたのだろう。すでにまばらになった生徒達の間を抜け、再び校舎へと向かう。


 柿本の居場所に関しても、見当は付いていた。


 今、教室では三津家と小深山が残って、実行委員の打ち合わせをしている。

 紆余曲折あったとはいえ、実行委員は小深山みずかららが名乗り出た役だ。

 柿本は邪魔に入る事も出来ず、それでも二人きりという状況が気になって、教室の周辺でフラフラしているに違いない。

 それくらいの暇人なのだ。


 下駄箱で上履きに履き替えると、その先に一人、藤堂がたたずんでいた。

 壁にもたれかかって携帯をいじっている。


 一瞬だけ視界に入ったその表情は、少し寂しげに見えた。

 柿本を待っているのだろうか。


 まあ、そんな事は気にしていられないし、気をつかう道理も無い。

 視線を前へと固定して、さっさと通り過ぎる。


 藤堂は動いた様子も無く、声も発さなかった。


 良かった。藤堂の気には障らなかったようだ。

 面倒事を回避したと、安心感に一つ息を吐いた瞬間――突然、腕が後ろに引っ張られる。

 誰かがそでつかんだようだ。


 状況から考えれば、犯人は藤堂で間違いない。

 振り返ったら終わりだと、無理矢理にでも前進する。


「何でいつもいつも、あたしを無言で引きずろうとすんのよ!?」


 お約束って奴だろ、きっと。


「何だよ、藤堂。俺に何か用か?」


 気を取り直して、藤堂に視線を向けると、彼女は眉を吊り上げてみせた。


「は? 何も用が無いのに、こんな事すると思う?」

「何の用だよ?」

「どこに行くつもり?」

「藤堂に関係ある事か?」

「答えられないような所に行くって事?」


 お互い様だが、質問に質問で返していたら、話は終わらない。

 藤堂はどうやったって自分のタイミングでしか応えないだろう、ならば、こちらが折れるしかないのである。


「教室に行くんだよ」

「何で?」

「鞄を忘れたから」

「は? どうして鞄なんてものを忘れて帰るの? 低能すぎない?」

「考え事をしてたら忘れたんだよ。仕方ないだろ――用件を言ったんだから、もう放って置いてくれ」


 と言って歩き出すが、袖を引っ張られている感触は残ったままだ。


「離してくれよ」

「教室に行く必要なんて無いから。鞄なら、ここにあるし」


 藤堂が肩に掛けているのは俺の鞄だったようだ。


「なんで、藤堂が持ってんだよ」

「人質」

「は?」

「あんたが何で、いつもあたしに突っかかってくるのか、問いただそうと思って」


 は? 突っかかって来てるのは藤堂だろ。怖いんですけどー。マジで怖いんですけどー。という言葉をすんでの所で飲み込む。

 藤堂の迫力に負けているわけでは無い。

 それが俺のキャラでは無いからだ。


「別に藤堂に突っかかってるつもりなんて無いけどな」

「そうやってスカしてるけど、裏で悪巧わるだくみをしてるのは分かってるから。実桜に始まって、委員長、小深山、瑠華と来て、今度は麻衣?」


 俺に対する態度が変化した人物を全て把握しているようだ。

 やはり、藤堂は途轍とてつもなく面倒くさい。


「まったく心当たりが無いな」

「そんな訳ない。味方を減らしてから、あたしをおとしいれるつもりなんでしょ」


 藤堂の鋭い視線が突き刺さる。

 まあ、藤堂からすれば、俺こそがトラブルメイカーなのだ。彼女の怒りも分からないでもない。


「そんなつもりはねえよ。何の意味があるんだよ、そんな事して」

「最後に、あたしを指差して言うんでしょ? ざまぁwwwwwって」

「言わねえよ。ってか、そんな状況にあったとしても、そのセリフを口に出す奴なんていねえよ」

「じゃあ、何のつもり?」


 どう答えたものだろうか。

 排除能力の事を話さずに藤堂を納得させるのは難しい。

 となれば、話をらすしか無いだろう。


「そもそも俺は、藤堂に文句を付けるつもりなんて無いからな」

「は? 何で?」


 確かに、この一年の確執を考えれば、それを疑問に思わないわけがない。


「俺の知り合いに『藤堂に救われた』って奴がいて、そいつの話を聞いたからだよ――その話をしてもいいか?」


 藤堂は無言のまま、目で続きを促す。


「とある女子生徒が、この高校に入学して来た時のエピソードだ。彼女は元ヤンキーで、誰も友達がいない状態で入ってきた。新しい環境に馴染めるだろうか、ヤンキーがバレて怖がられたりしないだろうか、不安は尽きなかった」


 もちろん遠田彩音の話である。


「入学式が行われた講堂で、彼女は一際ひときわ目立っている藤堂を見つけた。藤堂は中学からの友達も多く、周囲には人集ひとだかりが出来る程だった。女子生徒は思った、こういう子と仲良くなれば、私の高校生活は上手くいくだろう、と」

「まあ、当然よね」


 藤堂が笑みを浮かべ、ワントーン高い声で応える。


「しかし、その女子生徒は、同時にこうも思ったんだ――こういう子は私なんかを相手にしてくれないだろう。こういう子に嫌われたら私の高校生活は終わってしまう」

「そんな事、気にしないで絡んで来てくれれば良いのに。あたしは来る者を拒まない」

「まあ、今となっては、そう思ってるだろうな。でも、彼女は藤堂の事を、まだ何も知らなかった。そして、入学式の後、教室で最初のホームルームが行われた。名前順に並んだ彼女の席は藤堂の一つ後ろだった」


 そこでピンと来たのだろう、藤堂が俺の顔をじっと見た。


「どうしよう、話し掛けてみようか。いや、もうちょっと落ち着いてからの方がいいだろうか。だけど……。彼女が吐き出しそうなくらい悩んでいると、藤堂はクルリと振り返り、ニコリと笑って、彼女に話し掛けた――ねえねえ、『とーだ』と『とーどー』って響き、何か良くない?」

「あたし達の会話を、その後ろの『とやま』が盗み聞きしてたって事ね」

「いや、おかしいだろ。あきらかに今、遠田の視点で喋ってたよな。遠田から直接聞いた話だよ」


 『とうどう』『とおだ』『とやま』の順番――この並びこそが、のちに夏木の家出の話を小耳に挟んだという一件に繋がるのである。


「遠田は他にも色々語ってたよ。遠田が間違えてスカートの下にジャージを履いて登校してしまった時、全速力で走って来て注意してくれた話とか。間違えてサンダルで登校した時、靴を貸してもらった話とか」


 何で遠田は常にヤンキーの証を示した状態で登校してしまうのだろう。

 藤堂はどうやって靴を融通したのだろう。


「そんな事もあったね。それは彩音しか知らない事だと思う」


 まだ疑ってたのかよと思いながら、遠い目をする藤堂に語り掛ける。


「藤堂の良い所は誰も無視しない事だ。いつも周囲に目が向いていて、視野が広く、クラス全員を巻き込んでいく。一年の時、最終的にクラスで浮いてたのは、俺くらいのもんだっただろ? 他の連中は良いクラスだったって言ってるよ」


 藤堂の様子を細かく観察しながら話を続ける。

 藤堂に響いていなければ、この話には何も意味が無い。


「一方で藤堂の悪い所は、自分の思い通りにならない時に高圧的になる事と、感情だけで突っ走ってしまう事だ。それの相互作用でエラいことになってる時がある。それさえ直せば、今よりずっと沢山の人にしたわれるようになると思う」


 何を偉そうにと、藤堂が強い視線を向けて来た。


「――ってのは遠田が話していた事だよ」


 と付け加える。

 遠田には勝手に発言を捏造ねつぞうしてしまったと、後で謝っておこう。


「あ、そうだったんだ。それなら良いんだけど」


 藤堂が照れた顔で微笑む。

 話者が違うだけで、これ程も反応が変わるものだろうか。


「俺も遠田の意見にはおおむねね賛成だよ。だから、『ざまぁ』しようとしてるだなんて言われて、むしろ驚いたくらいだ。そんなつもりは全く無いよ」

「そう……まあ、それなら別にいいけど」


 そう言った藤堂は、俺の袖から手を離した。


 藤堂の気が変わらない内にと思い、彼女の手から鞄を受け取って、歩き出す。


 結局のところ、鞄なんて関係なしに、俺は教室に向かって階段を上り始めたのだが、藤堂に追いかけて来る様子は無かった。

 遠田の話が思った以上に効果的だったという事だ。


 次からは、この手で行くべきだな。


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