事件のあらまし
注目を浴びている状態では話しづらいので、小深山と廊下へ出る。
「悪いな、小深山。実行委員、頼むよ」
「いやいや、俺がやって貰った事に比べれば何でも無い事だからな」
「じゃあ、もう一つ頼んでもいいか?」
「何だよ?」
小深山が少し引き気味で問い掛けて来た。
「三津家は真面目だから、仕事はきっちりすると思う。出来れば、三津家が遣り甲斐を感じられるようにサポートしてやってほしい」
「なんだ、そんなことか。わかったよ――しかし戸山って、思ってたのと全然キャラが違うよな」
「別に善意でやってるわけじゃないんだ。色々と事情があって、あいつが元の生活に戻れるように、リハビリみたいなものが必要なんだよ」
「そっか……大変なんだな」
「あと、さっき、恩がどうとか言ってたけど、三津家には能力云々の事は話さないでくれ。探りを入れてくるかもしれないけど」
「わかった。聞かれたら、上手く誤魔化しておくよ」
「じゃあ、俺は行く場所があるから、帰るよ。実行委員、ありがとな」
そのまま、階段の方へ向かって歩き出す。
「鞄は?」
「三津家に帰りに持って来てくれと言っておいてくれ。軽いから大丈夫だよ」
「ああ、そっか。中身はカラだったな」
急いで学校を出て、笹井の追跡を撒いてから、待ち合わせの場所に向かう。
霧林は連絡を取るまでもなく、既に到着していた。
運転席の霧林はノートパソコンで作業中だ。
近づく俺を視界の端で捉えたのだろう、上げた顔は既に笑みを浮かべていた。
「おかえり、戸山君」
「霧林さん、来ていただいて、ありがとうございます」
「あれ? 三津家さんは?」
「学校に残ってます。文化祭の実行委員に選ばれたので」
「え? 実行委員?」
目を白黒させている霧林に、今し方の出来事を話す。
「――なるほど。そういう事だったんだね」
「社会との繋がりを取り戻す事も大事だと思ったので、辞めるなと言っておきました」
「よく言いくるめたね」
「運が良かっただけですよ。僕は、ほぼ何もしてません」
「そっか。でも、強引に辞めてこないかな?」
「もう一人の実行委員は信用できる人物ですし、三津家の事を頼んでおいたので、仕事が始まったら辞められないって感じになると思いますよ」
くくくと笑う霧林。
「さすがだね、戸山君。あの頑固者が文化祭の実行委員なんて」
「今も言った通り、僕は何もしてないですよ」
「そうかな。三津家さんにとって、戸山君が逆らいがたい存在だからだってのが一番大きいと思う」
「ああ、それに関しては僕も感じてます。たぶん、僕が古手だからでしょうね。三津家とは意見が食い違う事も多いですし、僕の人間性自体は、あまり評価していないんじゃないですか?」
「確かに戸山君が古手って事は大きく関係しているだろうね――でも、そうじゃなくても、戸山君は人を追い詰めるが物凄く上手いんだよ」
それは褒められているのか、褒められていないのか。
まあ、いいや。ここで立ち止まっている場合では無い。
「聞かせて下さい。排除が行われる前、三津家の身に何があったんですか」
「そうだね。三津家さんがいないのは良いタイミングだ。全てを話すよ」
「お願いします」
「ああ。今の話にも関係してくるんだけど、三津家さんが排除される事となったその事件――それで亡くなったのが、古手の排除能力者なんだ」
「古手……ですか」
つまり、上月孝次が排除能力者だったという事だろうか……。
「彼は僕や楓ちゃんの同僚だったんだよ。名前は上月孝次さんって言ってね。戸山君と同じマンションに、上月優奈さんと麻里奈さんって双子がいるだろう? その双子の父親だ」
心臓が跳ね上がる。
「ポーカーフェイスの戸山君でも、やっぱり驚いてるみたいだね」
「すみません。驚く事が多すぎて……亡くなった人が古手だったってのも驚きましたが、上月姉妹の事に驚きました。彼女達は、お隣りさんなんですよ。まさか、その父親が、この話に関係していたなんて」
本当は霧林の口から双子の名前が発せられた事に動揺したのだが、それは霧林に話すべきでは無いだろう。
彼女達が能力者だという事は決して知られてはならない。
「君の住んでいるマンションの名前を聞いてピンと来たんだよ。楓ちゃんは、その事件で、被害者家族のカウンセリングを名乗り出てね。時折、家を訪ねて、話していると聞いている。それを考えると、楓ちゃんと戸山君の出会いは、いつか起こり得る必然だったんだろうね」
「なるほど……それで、肝心の事件ってのは?」
「そうだね。前置きが長かったね。僕達にとっても、それだけ忘れられない事件なんだよ。その無力感と喪失感は、いつまでも心に残り続けている」
そう言って、霧林は語り始めた。
六年前の話だ。
北町のとある民家で火災が発生したんだ。
消防に通報があったのは十四時四十七分。
その情報は、いち早く僕達に伝えられた。言わずもがな、それが排除能力者である上月孝次さんの住居だったからだ。
炎はその二時間後に消し止められ、日暮れと共に、連絡の取れなくなっていた上月さんの捜索が始まった。
そして、遺体は地下室で発見された。
その住居の以前の持ち主がシアタールームとして使っていた地下の小部屋――その部屋に炎が回る事は無かったんだけど、火災で発生した有毒なガスが流入したんだ。
多分、苦しむこともなく一瞬の出来事だったと思う。
外傷、その他は見つからなかったらしい。
まるで眠っているかのように、彼は亡くなっていた。
事件は当初から放火の可能性が高いと言われていてね。
上月さんが排除能力者である事。
一番燃焼が激しかった上月さんの書斎に火の気が無かった事。
地下室の扉が閉められていて、絨毯が乗せられていた痕跡があった事。
そんな理由から、放火殺人として捜査が始まった。
まず、僕達が何から手を付けたかを話そう。
先だって、火災に巻き込まれた人が他にいないかどうか確認が行われていたんだけど、近所でも行方が分かってない人物がいたんだ。
それが三津家さんと彼女の父親・三津家大輔さんだよ。
二人は上月さんの家の隣のアパートに住んでいたんだけど、その姿を見ていないという情報が届いてね。
しかも、上月さんと大輔さんが揉めていたという噂と共に。
僕達は二人を探すことにした。
だが、幾ら情報を集めても、彼らは一向に見つからなかったよ。
その課程で、三津家さん親子についても色々と調べたんだけど、三津家さんのことは分かっても、大輔さんについての情報は出てこなかった。
アパートも三津家さんの母親・三津家三晴さんの名義で借りられていて、家賃は彼女が支払っていたんだ。
だから、僕は三晴さんとコンタクトを取ってみることにした。
彼女は他県に住んでいて、電話で連絡したんだけど、疑心を示しながらも、様々な情報をくれたよ。
彼女が半年前に実家に戻ったという事や、大輔さんが無職でアルコール依存症だったという事。
大輔さんが家賃だけでは無く、生活費まで三晴さんに無心していた事。
さらに大輔さんの行方も分かった。
彼が居たのは意外な場所だったよ――市立病院のベッドの上だ。
大輔さんは昼前に、北町のスーパーマーケットの前で意識を無くして、市立病院に搬送されていたらしい。
アルコール依存が多臓器不全などの合併症を引き起こしていてね、意識が戻らないままだった。
大輔さんが病院にいるという情報が届かなかったのは、彼は身分証明書を持っていなくて、身元が分からなかったからだよ。
彼が持っていたのは三晴さんのキャッシュカードだけだった。
そう。三晴さんが生活費を振り込む為に渡していたカードだ。
そのカードを見て、病院が警察に問い合わせたんだ。
警察が三晴さんに、それが盗品で無いかを確認した事で、彼が大輔さんである事が判明した。
警察の担当者としては、取り敢えず、そのカードが盗品で無いという確認を必要としていただけなので、彼が大輔さんだという情報が伝達されなかったというわけだ。
こうして、大輔さんのアリバイが証明された丁度その頃――深夜の米代南警察署に三津家さんが一人で訪れた。
彼女は警察官に向かって『私が上月孝次さんを殺しました』とだけ言ったそうだ。
彼女の目的は自首だったんだ。
その連絡を受け、近くにいた楓ちゃんが駆けつけた。
もちろん、楓ちゃんは三津家さんに詳しい事情を聞くつもりで向かったそうだ。
だが、応接室で女性警察官に付き添われていた三津家さんは既に危険な状態で、下手なことを尋ねて刺激していいような状況では無かった。
能力が深化して、暴走を始めていたんだ。
人体発火ってやつだよ。
三津家さんは、既に自らの身に火を着けてしまう寸前だった。
三津家さんが殺意を持って上月さんを襲ったのか。
それとも、自分の能力で上月さんが亡くなってしまった事を、後から知ったのか。
それを問い掛ける余裕さえ無かった。
一番最初に辿り着いたのが楓ちゃんで本当に良かったと思うよ。
楓ちゃんは、生身の身体に一度着火すると、どうする事も出来ない事を知っていた。
彼女で無ければ、三津家さんが今、ここにいる事は無かっただろう。
楓ちゃんは即座に排除する決意をして、スタンガンを握りしめた。




