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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第七章
185/232

遠田宅


「明日も学校で早いんだよね? 少しでも眠ってたらいいよ」


 霧林がエンジンを掛けながら言った。


「ありがとうございます」

「後部座席にブランケットがあるから、それも使って。一枚しか無いから、二人で」


 さすがに添い寝はマズイと、手に取ったブランケットを七原に渡す。


「にしても、色んな物を積んでるんですね?」

「ああ、遠くの県まで能力者を移送する事もあるからね。下手したら車中泊って事も有るんだよ」

「あーなるほど。大変ですね」


 そんな事を話しながら背もたれに身を預けていると、すぐに眠気がやって来た……。…………。………………。



 目を開けると、見慣れた景色がある。

 煌々こうこうと灯りをともすコンビニとファミレスの間に市立病院。

 駅前から海岸へと続く駅前通りの半ばといった所だ。


 結構しっかり眠ってたな……。

 俺は口を開く。


「霧林さん、すみません。ここら辺で降ろしてください」

「家まで送らなくて良いのかい?」

「はい。ちょっと七原と話しておきたい事があるので」

「そっか。青春だね」


 霧林の言葉に、苦笑で返答する。

 隣でり取りを聞いていた七原がアイマスクを外した。

 車がゆっくりと路肩に停止する。


「送って頂いて、本当にありがとうございました」

「いやいや、礼を言わなきゃいけないのは、こっちの方だよ。今日は本当にお疲れ様。明日、また連絡するね」

「はい」


 ドアを閉めると、笑みを浮かべたままの霧林が車を発進させた。

 遠くなって行くミニバンを目で追いながら、七原に語り掛ける。


「今日も遠田の家に泊まるんだろ?」

「うん。ごめんね、気を遣わせちゃって。遠田さんには、もう頼んでるけど、もう一度連絡しておくよ」

「ああ。じゃあ、歩きながら」

「うん」


 ここからなら、遠田の家の方が近い。

 丁度良い場所だった。



 電話を切った七原が、ふっと息をつく。


「ごめんね。わざわざ送って貰って」

「ああ。手伝って貰ってるんだから当たり前だよ」

「戸山君って意外とタフだよね。私、もうクタクタすぎて半分意識無い」

「まあ、七原にとっては目新しい事ばかりだからな、疲れて当然だよ」

「いや、それを差し引いても、戸山君はタフだと思うよ。いつか戸山君が心の声で、クラスで嫌われても何も問題ないとか言ってたけど、今なら全力で納得できるもん。これだけ色々な事があったら、学校での時間なんて、ただの休憩だと思う」

「今更、心の声の話をするなよ。あれは公式の発言じゃないからな」


 そんなり取りをしている内に、遠田の家に着く。

 インターフォンを押すと、出て来たのは夏木だった。


「戸山さん、七原さん、こんばんは」

「あ、夏木君。こんばんは。今日は遅くまで起きてるんだね」

「はい。今、勉強していた所です」

「遠田は?」


 と、夏木に聞くのも変な話だが、かといって『お姉さんは?』とか、ましてや『彩音さんは?』という感じでもない。


「今、ちょっとアレです。お姉ちゃん、『この寝間着でいたら、またヤンキーとか言って馬鹿にされるから着替えてくる』って言い出して」

「ちょっと待て、夏木。余計な事を言うんじゃない」


 と、夏木の後ろから声がする。

 奥に視線を向けると遠田がいた。


 全身に例のキャラがちりばめられた黒いジャージを着ている。

 何故、これを馬鹿にされないと思ったのだろうか。黒だからだろうか。


 まあ、遠田には色々と迷惑を掛けてる分、何も言えないのだが。


「悪いな、遠田。ここのところ、毎日で」

「ああ、いいよいいよ。構わない。実桜だったら、この際、一緒に住んでも良いくらいだ――あと、母さんが、ついでに戸山も泊まっていけば良いんじゃないかって言ってるんだけど、どうする?」

「いやいや、遠慮しておくよ」

「一人暮らしって大変だろ? うちは全員、いつでもウェルカムだ。どんどん来てくれ」

「どんどんって」

「母さんが、また戸山とツイスターゲームやりたいって言ってたぞ」

「やったことねえよ。何言ってんだよ」


 遠田母は細身でスタイルの良い美人だが、ハスキーボイスで、どうでもいい嘘を吐くという謎に強いキャラである。

 ちなみに、その夫である遠田父はキャラこそ薄いが、料理の腕がすさまじい。

 遠田父の作るデミグラスハンバーグは、蓮子れんこさんの煮込みハンバーグに負けず劣らずの逸品いっぴんである。

 彼の真骨頂しんこっちょうは焼きのテクニックだ。

 料理を食べる人の顔を見れば、その日ベストに感じる焼き加減が分かるという七原顔負けの能力を持っている。

 もし遠田父が能力者だったら、排除に私情をはさまないという原則を守る自信がない。

 焼きの鉄人・遠田父。

 ソースの鉄人・上月蓮子。

 いつか鉄人を集めて一つのハンバーグを作るのが、俺の最終目標だ。


「――戸山さん、起きて下さい!」


 夏木の声で我に返る。

 夏木が俺の肩に手を置いているという事は、白昼夢を見る俺の肩を揺らしていたという事だろう。


「随分とニヤニヤしてたね。確かに彩音のお母さん、スタイル良いもんね?」


 と、七原。


「そんなんじゃねえよ」


 とは言うが、まあ、そういう欲求も食欲も似たようなものである。

 むしろ、ハンバーグの事を考えていましたと言う方が恥ずかしいので、これ以上は触れない事にしよう。


 そんな事を考えていると――ふと、夏木の表情が変わっている事に気が付いた。

 何かに違和感を覚えているというような顔だ。


「夏木、どうかしたか?」

「戸山さんから、何だか懐かしい香りがした気がしました」

「懐かしい?」

「はい。遠くの方でかすかにって感じですけど……」


 懐かしい……微かに……もしかして……。


「夏木、三津家って名前に聞き覚えはあるか?」

「ああ、そうですよ。三津家さんです。三津家陽向さんですよ!」


 俺は七原と顔を見合わせた。

 まさかまさか、まさかの展開である。


「三津家を知ってるのか?」

「はい。小学校の同級生です。一年生から三年生まで同じクラスでした」


 夏木と同級生という事は中三という事である。

 やはり中学生だったようだ。


「三津家って、どういう奴だったんだ?」

「大人しい子でした。いつだって冷めてて、クラスに馴染む気も無いって感じでした。でも、僕にとって何故か気になる存在で、何回か声を掛けてみたんですが……」

「邪険にされたのか?」

「そうです。でも、やっぱり気が付くと彼女の姿を目で追っていて……」

「今、俺達は三津家について調べてるんだよ。出来れば、知ってる限りの事を教えてくれ」

「わかりました」


 うなずいた夏木は、滔々とうとうと語り始めた。



 今もお話したように三津家さんとは同じクラスだったんですが、交流はありませんでした。

 そんな小学三年生のある日、僕は友達の家に行く途中で、駄菓子でも買うかとスーパーに立ち寄ったんです。

 そこで、カートに乗せたカゴに卵を入れている三津家さんに遭遇しました。


 思い切って、声を掛けると、学校にいる時とは違って張り詰めた空気が無く、「晩御飯の買い物をしてるの」との返事でした。


 三津家さんは一人で来ていたのですが、カゴに物が沢山入っていて、こんな量を持ち帰れるのかと思いました。

 それを聞くと。


「うん。慣れてるから。でも、今日はお米も買わないといけないから、もう一度来るけどね」


 僕が「荷物運びを手伝おうか?」と提案すると、「ありがとう」と言ったので、三津家さんの家に行く事になりました。


 彼女の家は、二階建てアパートの二階で、部屋は少し殺風景に感じるくらい綺麗に片付けられていました。


「家に帰ったら、しばらくテレビを見てから晩御飯を作るの」


 僕はその時、つい気になって「お母さんはいないの?」と聞いてしまいました。


「お母さんがいると、家族が上手くいかないから出て行ったの」


 無表情で、そう話す彼女を見て、後悔しました。

 僕はそれ以上、無神経な事を聞いてしまわないように、テレビの話だけをしました、一生懸命に。


 日が暮れて来た頃に「じゃあ、帰るよ」と言うと、「また来てくれる?」と聞かれました。


「絶対来るよ。約束する」


 ですが、次の日、学校で会った三津家さんは、いつも通りの表情でした。

 僕が話し掛けると、


「パパに、家に友達を呼んだらいけないって言われたの」


 と冷めた返事です。


「うん。わかったよ。もう行かないようにする。でも――」

「あと、遠田君と話したらいけないって言われたから」

「え?」

「だから、ごめんね。もう話さない」


 その言葉に面食らいました。

 何故、そんな事を言うんだろう。

 まったく理解できませんでした。


「お父さん、恐い人なの?」

「ううん。優しいよ」

「じゃあ、何で、そんな事を言うの?」


 その質問に、三津家さんは少し考え込んで、「パパは間違った事を言わないから」と言いました。

 その後はシャットアウトです。


 そして、次の週の月曜日、彼女は学校を休みました。

 どうしたのかなと思っていると、その次の日、朝のホームルームで担任の先生が三津家さんが転校した事を話したんです。


 放課後、僕は信じられないという気持ちで彼女の家に走りました。


 彼女の家に着くと、その光景に驚きで心臓が止まりそうになりました。

 彼女の家自体は何でもなかったんですが、隣の家の周りにかこいが作られていて、そこにあった家が忽然こつぜんと消えていました。

 焦げ臭い匂いが一帯に充満していて、鼻をつきます。


 僕は慌てて、アパートの階段を駆け上がり、三津家さんの家のチャイムを鳴らしました。

 しかし、誰も出て来ません。

 三津家さんが、その火事に巻き込まれたんじゃないか――その考えが脳裏のうりぎりました。


 僕は居ても立ってもいられなくて近くにいたおばさんを捕まえて聞いたんです。


「すみません。聞きたいんですけど、あの火事で誰か怪我をしませんでしたか?」


 おばさんは困った顔で「けが人……というか、ねえ」と口籠くちごもりました。


「人が亡くなったんですか?」

「ええ……そうなの」

「三津家さん、三津家陽向さんは大丈夫ですよね?」


 僕は祈るような気持ちで問い掛けました。


「ああ。うん。その子は巻き込まれてないよ。落ち着いて。大丈夫だから。あの家は上月さんって人のおウチでね、そこの旦那さんが亡くなったの……」



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