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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
180/232

証言者3


「もう十分だろ。君達が知りたい事は知れたはずだ」

「すみません。まだまだ聞かないといけない事は沢山あるんです」


 俺がそう言うと、隆一は不愉快そうに眉根を歪める。


「何だ? 他に何を聞かないといけないって言うんだ?」

「隆一さんは楓の協力者になったと言ってましたが、具体的にはどんな事を?」

「私が能力者の情報を流して、樋口楓が排除していた。それだけの事だよ。何の問題も無いだろ?」

「そうですね。僕的には何の問題もないですが、この施設の方々にとっては重要事項だと思いますよ、このまま楓と連絡が出来ない状態が続くなら」

「さっきから連絡が取れないと繰り返しているが、それは一体どういう状況なんだ? 問題じゃないのか?」

「問題ですよ」


 後ろで霧林が声を発した。


「――ですが、彼女の問題行動は残念ながら、よくある事なんです」

「そんなので、どうして仕事を続けられてるんだ」

「こういう時の彼女の行動には、ぐうの音も出ないほどの正当な理由があるものなんですよ――この施設の責任者は彼女なので、連絡が取れないってのは、やめて頂きたいんですけどね」

「聞いていて頭が痛くなる話だな」

「僕もです」


 俺と霧林の声がユニゾンした。

 どこでだって楓が問題児である事を確認したところで、もう、その話はいいだろう――さて、ここからが本題だ。


「あと、一つ聞かせて貰って良いですか?」

「ああ、いいよ」

「一華さんが高校生の時は、既に百合さんは排除されていたんですよね?」

「ああ」

「その頃、一華さんが家族の愚痴をこぼしていたという情報を得ているんですが、それは何があったからだと思いますか?」


 再び隆一が顔を歪める。


「何故そんな事を知りたがるんだ?」

「排除の為です」

「排除の為? どういう事だ?」

「僕は能力者の力を完全に排除するって力を持ってるんですよ」

「完全に排除?」

「はい。能力の再発症が起こらない完全な排除です。それが成功すれば、一華さんも、こんな場所に居続ける必要は無くなりますよ」

「そんな事が出来るのか? 樋口楓はそんな事、一言も」


 耳障りなくらいに隆一の声のボリュームが上がった。


「では、僕の事は何と?」

「多分、戸山望という高校生に会うことになるだろう。その男の言葉は信じるな。その男が真実を話せと言っても、可能な限り黙秘しろ、と」

「それは楓の演出だと思いますよ」

「演出?」

「僕の排除では、能力者本人の能力を捨て去る意志というものが必要となります。一華さんの場合、記憶を失ってしまっているので、まずは何が起きていたのかを知って貰わなければならない」

「それならそうと……」

「何の苦労も無く与えられる情報ってものに、人は疑心を持つものです。特に、一華さんは隆一さんに良い感情を持っていませんでした。こうやって半ば無理矢理に話が引き出されていく事で真実味が出ると、楓は考えたんだと思います」

「そんなに回りくどい事を?」

「楓はそういう奴ですよ。隆一さんも付き合いが長いなら、知ってるんじゃないですか?」

「わかった。樋口楓の事はもういい。一華の力を排除する為には何をすれば良いんだ? それを聞かせてくれ」


 隆一は拳を握りしめ、これでもかというくらい前のめりな姿勢で、俺の言葉を待っている。


「まずは、能力者自身が能力というものが生じた原因を、しっかりと理解している必要がありますね」

「一華が能力者になった原因とは?」

「栄一さんの事件ですよ。あれとあれにまつわる出来事の所為で、受けたショックこそが一華さんを能力者にしたんです」

「そうか……やはり、あんな事はすべきじゃなかった。止めることが出来たとすれば、私だけだったのに……しかし、もう百合の力は排除した。あんな事は二度と起こらない。二度と起こさせないから」

「……お父さん」


 一華が呟く。

 記憶の中の隆一と比べているのだろう、頭を抱える隆一に向けた一華の目には戸惑いが感じ取られた。

 良い傾向である。


「あと、隆一さんにして貰うべき事は真実を話す事です。一華さんが能力と決別する意思を固められるように」

「私は嘘なんて一つも」

「僕が聞きたいのは百合さんが排除されて以降のことですよ。その後も、家庭内での不和が続いたわけですよね。それが何故だったかを知りたいんです」


 隆一の表情が一瞬固まる。


「……単なる反抗期だ。誰にだって親に反発する時期はあるだろう」

「一華さんも能力に関する記憶以外は残ってるんですよ。それで一華さんを納得させられる説明が出来るなら、その話を続けて下さい」

「…………」


 この場に至っても、掘り返されたくない話なのだろう。

 いや、この場だからこそ、躊躇ちゅうちょしているのかもしれない。能力を捨てるという事に繋がらない情報だ、と。


「隆一さん、正直に話して下さいよ。じゃないと、一華さんの信用を失うだけです」

「わかったよ……しかし、本当に私もそう思ってたんだ。多感な時期だから仕方ない、と。だが、そんなある日、玖墨が訪ねて来た。私と一対一で話がしたいと言ったので、書斎に通したよ」

「それで玖墨さんは何と?」

「……彼の口から発せられた言葉には私も困惑するばかりだった」

「一華さんと付き合ってるって事ですね」

「……ああ」

「反対したんですか?」

「当然だよ」

「何故?」


 一華が真っ直ぐな視線を向けて問い掛けた。

 隆一は視線をらしながら口を開く。


「彼が能力者だったからだ。一華を能力者に触れさせたくない。私が守ってやらないといけない――そう思ったからこそ、私は一華をこの街に居させたんだ。だから、玖墨には『娘と付き合いたければ、能力を捨てろ』と言った。『娘に悪影響を与えないでくれ』とも。能力者を利用していた私が言うのもなんだが、一華を決して能力者とは関わらせたくないってのが父親としての願いだった」

「玖墨君は何て?」

「彼は何も言わなかったよ。その代わり、目の前に突然一華が現れた。そこに至って初めて気が付いたんだ、一華も能力者になっていた事を。しかし、だからといって賛成できるものではない。交際を続けたいのなら、記憶を失ってでも当局に投降しろと求めた」

「一華さんは何と?」

「『分かって欲しかった』とだけ。それからも何度となく一華を説得しようとしたが、拒絶されたよ」

「楓に相談しましたか?」

「したよ。だが、排除は無理だと言われた。こちらの動きに勘付かれたらお終いだ、と。逃げられたら、もう二度と排除のチャンスは無くなる」

「確かに玖墨さん達の排除は事実上不可能と思えるようなものでした」

「ああ。でも、それ以上に重大なのは、玖墨がいる事で一華の精神状態が安定しているという事だと言われた」

「一華さんにとって排除は危険な選択になるかもしれないと言われたんですね?」


 隆一が『一華の前でそんな事を言うのか』という顔で俺を見る。

 俺が『それも必要なことだ』と頷き返すと、隆一は「そういう事だよ」と呟いた。


「楓の言った事は正しいですよ。無理に二人を引き離せば、力が暴走するかもしれない。排除して施設に入れたところで、再発症のリスクがある。一華さんの場合は、その可能性が非常に高かった」

「樋口楓はそういう事も含め、自分に一任してくれと言っていた。何とか最善策を見つけ出す、と。だから、私に出来るのは耐え忍ぶ事だけだった」

「一華さんと定期的に連絡を取り合ってたのは?」

「玖墨の方からだよ。玖墨が有益な情報を提供すると言って、電話を掛けて来ていた。私にとって、その電話は娘の無事を確認をする為のものでしかなかったがな」

「私達の交際を認めるって選択肢はなかったの?」


 と、一華。

 隆一は変わらず、目をらしたまま口を開く。


「一生げられるなら文句は無い。だが、人と人との関係は、そうはいかないものだろ。そうなった時、力が暴走してしまったらどうなる? もしもの時の事を心配するのは親として当然だ……それに、私は玖墨を信用できないんだよ」

「何で?」

「彼はタチの悪い連中と繋がってたんだ」

「タチの悪い連中?」

「司崎って能力者を知ってるか?」


 首を傾げる一華。


「一華さんのクラスの担任だった司崎先生ですよ。彼も能力者でした」


 と、俺。


「そうだったんですか……」

「隆一さんも司崎さんの事を知ってたんですね?」

「ああ。樋口楓から聞いてな。玖墨は、その司崎を使って色々と暗躍あんやくしていたらしい。だが、それは玖墨のり口だとは思えないんだよ。玖墨の力で、そんな危ない橋を渡る必要は無い」

「そうですね。それに関しては、こちらとしても調べ直す必要が出て来ました。今まで隆一さんが黒幕だと思ってましたから」

「私が黒幕?」

「はい。物凄く疑わしかったですよ。もう全く疑っていませんけどね。もし百合さんに協力者がいたのなら、その人物が怪しいと思ってます。まあ、存在してたらの話ですが」

「そうだな……」

「それも今となっては問題では無いですよ。黒幕にとって能力も記憶も無くした玖墨さんは利用価値ゼロですから」

「なるほど。そういう事になるな」


 必要な話は出尽くしたという感じだ。

 ここらで最後の質問にしよう。


「そんなこんなの出来事があって、今日という日を迎えた訳ですね。隆一さんは、お二人が排除されたのを、いつ知ったんですか?」

「昨日の夜中、楓から電話が掛かって来てな。『電話』という時点で嫌な予感がしたよ。そして、その予感は的中した――排除された二人が意識を失ったまま施設に送られるという情報だった」

「そんな早い段階から知ってたんですか」

「ああ。楓は私にも捜査の手が及ぶだろうと言った。もう、そんなに時間も無いだろうから、社員達に迷惑が及ぶ前に、身辺整理を済ませておけという事だったのだと思う」


 なるほど。それも楓と言えば楓らしい。

 何も考えてないようで、色々と考えているのである。


「この短時間で出来たんですか?」

「私も自分が首を突っ込んでる世界のことは理解していた。入念に準備は整えておいたよ。後継者もいる。何も問題は無い、もう社会復帰できないとしてもな」

「それはないですよ。適正な裁判が行われるはずですし、今の事情が全て本当だとするなら、それほど時間は掛からないと思います」


 と、良いタイミングでの霧林のフォローが入った。

 俺は一華の方へ顔を向け、語り掛ける。


「一華さん、隆一さんの苦悩は分かりましたよね。隆一さんには隆一さんの事情があって、行動していた。あなたには、このお父さんと玖墨さんがいます。能力なんてものとは決別できるはずですよ」



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