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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
178/232

証言者


 静かな廊下をこつこつと音を立てて歩く。

 俺と七原が並んで歩き、その後を一華と霧林が付いて来た。

 否応いやおうなしに緊張感は高まっている。


 一華はどういう反応をするだろう。


 一度、一華の目を見てから、面会室の扉を開けた。

 アクリル板の向こうでうつむいてイスに座っていた男が顔を上げる。

 その男は――。


「お父さん!」


 その男は陸浦隆一である。

 しばらく茫然ぼうぜんとしていた一華が、俺に視線を向けた。


「何で父がここに?」

「先程申し上げた通り、隆一さんは能力者をたばかり、その力を悪用していた可能性があります。お話を聞く為に、この施設に来て頂きました」


 ていに言えば、隆一は重要参考人であり、これから事情聴取が行われる所といった感じだ。

 有馬と共に玖墨の家に向かう途中で、霧林に頼んだ事こそが、この隆一の任意同行である。

 彼が能力者を雇い、行っていた事は十分に罪に問われ得るものである。能力が関わる裁判は厄介なものだと聞くが、それは俺の関知するところではない。


 ちょうど今頃、この施設の別の部屋でも、三津家が百合に話を聞いている。

 だが、そこでは大した情報は出てこないだろう。七原が言った通り、百合は既に排除され、記憶を失っているからだ。

 考えてみれば、収賄事件から八年も経っているのだ。栄一にしろ、楓にしろに能力を排除されていないはずがない。

 特に栄一は、隆一達が証拠を捏造した事を知っているという情報もあった。そのまま放置されている方が不思議だ。


 そこで問題になってくるのは、何故隆一だけが記憶を失わず、今でも細かく一華と連絡を取り合っていたかという事である。


 それに対する俺の推測は、隆一が八年前の時点ですでに能力者では無かったというものだ。

 大体の能力者がそうであるように、隆一は一番多感な少年期に能力者になったが、父親の栄一によって排除された。その後、結婚相手で能力者の百合によって、再び能力に対する知識を得た――そう考えるのが一番しっくりくるのである。


 隆一が能力者ではないとすれば話は簡単だ。

 楓は言った――タイミングさえ間違えなければ、そいつはヒノキの棒でも倒せる相手だよ、と。

 それは、まさにその通りなのである。

 隆一と関わっていた幾人かの能力者は、楓の指示で俺が排除した。

 さらに、玖墨と一華が能力者では無くなった今、隆一はノーガード、抵抗なんて不可能な状態だったのである。


 それでも三津家は、いつもの横槍よこやりを入れてきた。


「ですが、隆一さんが能力者であるという可能性は完全に否定された訳ではないですよね。もっと慎重に動くべきじゃないでしょうか?」

「いやいや、隆一が能力者の扱い方を知っている以上、時間を与えればリスクが高くなるだろ? 事態が複雑化する前に片を付けた方がいいんだ」


 俺はそう言って自分の意見を押し通す。

 寝ぼけまなこと言うより、もう完全に目をつむった状態で反論して来る三津家に、苛立ちを通り越して、愛くるしささえ感じていた。


 そして、陸浦邸。

 インターフォンを押して出て来た時の意気消沈した隆一を思い出す。


「樋口楓と話がしたい」


 隆一が最初に口にした言葉はそれだった。

 楓が行方不明だと説明すると、「そうか……」と呟き、さらに表情を硬化させる。


「陸浦隆一さん、あなたは能力者ですか?」


 そう問い掛けると、「子供の頃に父に排除されたと聞いている」と答えた。


 七原の「隆一さんは嘘を吐いてないと思う」という言葉だけで、俺はもう慎重になる必要は無いと思ったが、念のため、専門家の霧林に聴き取りをして貰ってから、施設に連れて来た。


 俺はアクリル板の向こうの隆一と視線を合わせ、口を開く。


「隆一さん、ここから早く出たいのなら、栄一さんの事件について真実を話して下さい」

「…………」


 隆一は自分が能力者ではないということ以外は話さないと決めているようだった。

 しかし、一華をここに連れて来た事で幾らか変化があらわれるはずである。


「いい加減、話して下さいよ。それが娘さんの為にもなるんです」

「樋口楓を連れて来て欲しい。私はあの女にしか喋らない」

「先程も言ったように、楓とは全く連絡が取れない状態です。どこで何をしているのかは僕達が聞きたいくらいですよ。いつ戻って来るかも分からない楓を待つ事は出来ません。もう帰ってこないって可能性もありますし」

「…………」

「実の父親である栄一さんを、捏造した証拠でおとしいれたのは隆一さん、あなたですよね?」

「…………」

「じゃあ、これなら答えてくれますか――あなたにとって栄一さんは目ざわりな存在でしたか?」

「…………」


 静かな怒りを宿す目が、こちらを向いている。

 だが、それにひるんでいる場合ではない。

 間にアクリル板を挟んで、この距離を取っている。俺が知る限り、この状況において恐い能力はパイロキネシスくらいのものだ。

 むしろ、こちらとしては、もう少し感情をあらわにして欲しいと思っている。

 隆一に真実を話す気が無くとも、その反応から、一華は自分の身に何が起こっていたかを実感する事が出来るだろう。

 その為に、この場を用意したのだ。


 ……まあ、いい。

 それなら、より痛いところを突けばいいだけだ。


「そうですね。僕達は真実を知っていますから、隆一さんが話したくないという気持ちもよく分かります。でもね、確認の為に聞いておかないといけないんですよ。いいですか?」

「…………」

「あなた方が収賄の証拠を捏造する事に必死だったのは分かります。ですが、百合さんが、あんな事までする必要があったんですか?」


 隆一が大きく目を見開いた。


「あんな事まで?」


 横で一華が首を傾げる。


「寺内さんという方をたぶらかしたって件ですよ。具体的にどういう事があったか、お話しましょうか?」

「やめろ、外道!」


 隆一が怒声を上げた。


「では、隆一さんから、お話してくれるって事でいいですよね」

「…………」


 隆一は苛立った顔で首を振り、諦めたようにふっと息を吐く。


「仕方ないんだ。そうするしかなかったんだよ」

「隆一さんの意思じゃないって事ですか?」

「……彼女の意思だよ」

「彼女とは?」


 答えは分かりきっているが、あえて問い掛けた。


「妻だよ。百合だ。全ては彼女の意思だったんだ」



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