招待
霧林には申し訳ないが、施設から七原宅に到着するまで、俺達三人は三人とも熟睡してしまっていた。
霧林の運転が上手く、心地よいのがいけないのだ。楓なら一秒たりとも目を閉じる事が無かっただろう。
すっかりアイマスクにも慣れ、額に着けたまま自宅へと帰っていく七原を見送った後、霧林が夕飯に誘ってくれたが、それも丁重に断った。
飯になんて時間を掛けてはいられない。
家に帰ったらすぐにでも寝よう。
霧林と三津家に礼を言って車を降り、やっとの事で家に辿り着くと、どさっとソファに倒れ込む。
もういいや……このまま眠ろう。
そう思ったところで、携帯が鳴り出した。
画面を見ると、上月優奈と表示されている。
出たくないな……聞かなかった事にしようか。
ついついそう考えてしまうが、そんな面倒事一つ一つに応えてこそ信頼を勝ち取れるというものだ。
多少無理をしてでも出なければと、何とか応答ボタンを押した。
「何だよ。何かあったのか?」
出来る限り明るいトーンを繕う。
「今日、お母さんが早く帰って来てるの」
と、優奈。
優奈達の母親は名前を上月蓮子という。
いつも仕事で帰ってくるのが遅く、この時間に家にいることは稀だ。
「そっか。珍しいな――で、それがどうしたんだ?」
「お母さんが『望君も一緒に晩御飯どうかな』って言い出してて……どう?」
優奈の口調には躊躇いがある。
昨夜、優奈に『俺達は出来る限り会わないようにするべきだ』と言ったからだろう。
――さて、どうしたものか。
優奈達を萎縮させてしまうのはあまり良い事ではない。
俺が好き放題言える存在でいなければ、優奈達は孤立感を深めてしまうだろう。それが能力の深化を促してしまうかもしれない。
こういうのは上手くバランスを取っていくのが大事だ。
「俺達はお隣さんで親同士が仲が良いし、俺の親は海外赴任中だ。ここで食事に呼ぶってのは不自然でも何でも無い事だと思う。普通なら、お言葉に甘えてると思うよ。だけど、今日はちょっと疲れてて、今から寝ようかなってところで……」
「だったら来て」
「は?」
「疲れてるとか、どうでもいいからすぐに来て。断る権利なんて無いから」
「ですが、昨日今日と新参者の相手が大変だったので、明日からの英気を養う為にも遠慮しておきたいなと……」
「それじゃ話が済まないから。あんたがこのタイミングで帰って来たのが悪い」
俺が帰ってくるのを偶々窓から見ていたか。
玄関ドアを開け閉めする音を聞いたのか。
どちらにしても最悪である。
出来ることなら行きたくない。一刻も早く一分でも長く眠りたい。
だが、それを聞き入れてくれるはずも無いのが、あの連中だ。
今日は、ある意味一番タチが悪い上月蓮子がいるのが運の尽きである。
「そっか。じゃあ行かせて貰うよ」
大人しく。
ただ大人しく聞き入れよう。
「そう。よかった。お母さんが喜んでるから、すぐ来てね」
俺は深い溜め息を吐くと、身体を起こし上月宅へと向かったのだった。




