玖墨と一華
「そうなんですか?」
三津家が霧林に視線を向ける。
「ああ。戸山君の言う通りだよ。僕も一華さんの方が圧倒的に危険だと思ってる」
「性格的な事で見れば、一華さんの方が立ち直るのが遅いかなとは思いましたが、危険だというのは?」
「一華さんはね、下手をすれば施設内で再発症を起こしてしまうかもしれないんだよ」
「どういう事ですか?」
「ここは外界とは完全に隔離されていて、能力者が知らされる情報も全て統制されてるって事は知ってるよね?」
「そうですね。今回は特例であって、通常なら医師の方と綿密な打ち合わせを経て、やっと能力者と面会する事が出来る」
「そうだよ。そうやって受容する情報を管理した上で療養させていけば、精神のバランスを崩す事はあっても、再発症にまで至る事はまず有り得ない――しかし、時々いるんだよ。能力者になる為に生まれてきたような、能力と親和性の高い精神構造を持つタイプが。そういうタイプはどこでだって再発症してしまう可能性がある」
「それが一華さんという事ですか……もし一華さんの能力が再発症したら、どうなるんですか?」
「彼女の能力は透明化だったんだよね。だったら、その力が暴走した時どうなるかも想像がつくんじゃない?」
「透明化を解除できなくなるという事ですか?」
「そういうこと。誰にも見えない。誰の記憶にも残らない。本物の透明な存在になってしまうだろう」
「大変じゃないですか……」
「まあ、あくまでも可能性の話でしかないんだけどね。彼女が本当にそのタイプかどうかも今の段階では確証が持てないし、僕達もプロだから見す見す再発症させてしまうなんて事にはならないと付け加えておくよ」
「ですが、楽観視は出来ませんね。一華さんの力は相当に強い。さすが陸浦栄一の血統ってところです」
「だね。厳しい戦いになるだろうな」
「私達に出来る事はありませんか?」
「それが戸山君の協力だよ。古手が協力してくれるというのなら、これほど心強い事はない。完全な排除が出来なくとも、一華さんを能力者たらしめた根本原因を理解すれば、彼女の精神的負担を減らせるかもしれない」
「なるほど。一華さん本人に伝えるかどうかは別としても、一華さんの過去を調べていく事には意味があるんですね」
「まあ、単なる無駄に終わるかもしれないけどね。こればっかりはやってみないとわからないよ」
「そうですか……それでも、一華さんの過去を調べる事に合理的な理由が出来ました。これでもうやらない理由が有りませんね」
こちらに向いた三津家に、反対してたのはお前だけだろという言葉を飲み込んだ。
排除が終わるまでの辛抱だ。
「――それで戸山先輩。ここからはどういう方針で行くんですか?
「まあ、一つ一つ調べていくしかないよ――取り敢えず玖墨の家から何が見つかったかを聞きたい。もう調べたんだろ?」
「はい。一応、当局による実地検証が行われました。書類やメモ、SNSやメール、通話記録、お金の流れと様々な角度から調べたそうですが、不審な点は見つかっていません」
「通話記録やSNSが気になる所だな」
「玖墨さんの通話記録を参照すると一番多いのが一華さん、ついで司崎さん、それから高校時代の友人に数件ってところで、特に怪しいところはありませんでした」
「一華さんは?」
「一華さんに関してもほぼ同じ感じです。ただ、一華さんはそれに加えて、父親の隆一さんと月に一度二度くらいの頻度で電話していたようです」
「父親と?」
「はい。この年頃の女性としては少し意外に感じますが、母親の百合さんとは通話が一度も無い事から、百合さんと確執があったと思われます。それが家出の原因かも知れません」
「なるほど」
「SNSに関してもめぼしい物は見つかりませんでした。この二人が直接的に他の能力者と繋がる事は無かったんだと思います。彼らは外部との接触を避けていたという感じではないでしょうか」
「司崎さんは?」
「逆に司崎さんの方は叩けば幾らでも埃が出るという感じですね。玖墨さんはあくまでフィクサーという立場で、司崎さんが窓口だったという事なのでしょう――司崎さんの通話記録のデータも貰ってます。お見せましょうか?」
三津家が携帯を取り出す。
そこには長い長いリストが表示されていた。
「大変だな。これを全部調べるのも」
「ですね――まあ、それより隆一さんの方が気になってるんじゃないですか? 戸山先輩は」
「そんなこと言ったか?」
「言わなくても分かります。私も同じ意見ですから」
「まあ、家出をしてるのに定期的に連絡を取ってるってのもおかしな話だよな」
そこで七原が口を開く。
「でも、隆一さんが能力の事で一華さん達と関わっていたなら、証拠は残さないようにするはずじゃない?」
「家族である以上、幾らでも言い逃れは出来ますよ」
と、三津家。
「むしろ、連絡を取っているのを隠していた事がバレる方がまずい。シラを切り通す自信があるなら、こっちの方が上策だよ」
「そうですね。どうせ排除されれば記憶は無くなる……って」
三津家が声のトーンを上げて行く。
「――なるほど。そういう事だったんですよ!!」
「何がだ?」
「楓さんが姿を消した理由がわかったんです! 本来なら玖墨さん達は排除されても記憶が無くなるから、裏で糸を引く黒幕にとっては何の問題ないはずだった。しかし、戸山先輩が司崎さんの力を排除してしまった。その事で司崎さんの記憶が残ってるのが都合が悪かったんだと思います。だから司崎さんを連れ去るしか無かった」
「なるほど。考えられない事じゃないな。しかし、そうなると何故、楓が俺の排除を止めなかったかって話になる」
「確かに。そもそも楓さんが能力者と結託してるのなら何故、戸山さんに古式の力を与えたんでしょうか?」
「俺に聞かれてもな。まあ、俺の力も金になるからってのはあるかもしれないけど」
「あれもこれもと手を出したら自分の首を絞める――そういう事が想像できない人だとは思えません」
「だな。今の段階では分からないというしかないな。こんな事を話してる間にひょっこりと戻って来るかもしれないし」
「そうですね。とことん謎が多いですよ、あの人は。でも、楓さんを真の黒幕とするなら、話が単純になる事は確かですね。この地区の担当責任者である楓さん次第で、隆一さんは幾らでも言い逃れできる。だから、通話記録も無理に隠そうとはしなかった」
「隆一さんについてはどちらにしろ調べなければいけないな――隆一さんも含めて陸浦家に他に能力者がいるかってのは調べてるか?」
「まだです。それも調べてもらいましょう……ですが、隆一さんが能力者であるというのは個人的には考えづらい事だと思います。隆一さんは栄一さんの息子で、今まで注目されやすい立場にあった。それでも、彼が能力者だという話は一斉出て来ていません。楓さんが揉み消していたとしても限界がある」
「でも、栄一さんも一華さんも強い力を持ってただろ? 強い力ってのはそれだけ発現しやすいものじゃないのか?」
「潜在的に能力者になる素養を持った人の中で、実際に能力者になるのは希少で5パーセントにも満たないというデータがあります。子が能力者だったからといって親が能力者である可能性は割と低いんですよ。強い力といえども、それは誤差の範囲でしかない」
「そうなのか」
「はい。ですが、私も徹底的に調べていこうと思います。こういうのは実直にやるしかないものですから」
「そっか。結果が出たら、教えてくれ」
「わかりました。そういった諸々の話は明日にしましょうか。皆さん、お疲れのようですし」
三津家の視線を追って、七原の方を見た。
七原の顔には疲れが滲んでいる。
俺も同様に顔色が悪いだろう。
ここ三日、色々な事があった。それも当然の事だ。
「だな。七原も二日連続で夜遅くまで出歩くのはやめた方が良いだろ? 家族も心配する」
三津家には一昨日の小深山兄弟の件を話していない。
一旦隠したからには最後まで隠し通さなければ。
眠くなってくると、そういう細かい事に気を遣う集中力が落ちてしまう。
その面でも、ここらが潮時だろう。
「そうだね」
七原が頷くと、霧林が立ち上がった。
「じゃあ自宅まで送るよ。車まで行こう」




