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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
161/232

玖墨


 一華が出て行き、ドアが閉まる。

 俺は部屋に残った霧林に問い掛けた。


「霧林さんは一緒に行かないんですか?」

「あとは病室に戻るだけだからね。ここの看護師はああ見えてしっかりと訓練を受けている。心配しなくても大丈夫だよ」

「そうですか……」


 そこで霧林にもう一つ頼み事をしようとすると――。


「ですが、期待外れでしたね。戸山さん」


 三津家が話に割り込んで来る。


「まあ、栄一さんの情報が得られなかったのは残念だったけど、一回目の会話としては悪くないと思うよ。今の彼女の状態も分かったし、こうして何事も無く会話を終えることが出来た。それだけで十分だ」

「あれを見ても、まだ排除できると思うんですか?」

「それはこれからどれだけの情報を得られるかにって決まる。それだけだよ。俺達はそこに力を注がないといけない」

「そうですか……まあ、止めませんけど」

「さっき止めただろ」

「しばらくは様子を見る事にしました。ただし、これ以上は不毛だと思ったら、すぐに止めますからね」

「わかったよ。ありがとな――じゃあ、次は玖墨に会わせてくれ」


 霧林に頼もうとしていた事を三津家に振った。


「ですが……玖墨さんも陸浦さんとほぼ同じ状態ですよ。せっかく霧林さんがいらっしゃるんです。霧林さんが一日を費やして聞き出した話を教えて貰った方が早いと思います」

「いや、会わせてくれ。本人から聞いた時の印象ってものが大事だったりするんだ」

「そうですか。それを言われると何も言えませんが……」


 不安げに霧林の方を見る三津家に合わせて視線を移動させる。

 霧林は笑みを浮かべていた。


「まあ、戸山君なら本人と会うという選択肢以外は無いと思ってたよ。玖墨君にはもう待機して貰ってるから」

「ですが、玖墨さんはかなり感情的になってると聞きましたよ?」


 と、三津家。

 なるほど。それで三津家は俺と会わせようとしなかったのか。


「ああ。それは大丈夫。今は割と落ち着いてるからね。それに、ここにはそういう事への対策が施されている部屋があるんだよ」

「そうなんですか?」

「見れば分かるよ。その部屋に行こうか。戸山君もそれでいいよね?」

「はい。待ってて貰ってるなら、打ち合わせも必要ないです。すぐに移動しましょう」

「そんなに簡単に?」


 三津家が眉をひそめる。


「会ってみないと何も分からないだろ? 心の準備なんて時間の無駄だよ」



 俺達は廊下を出て、更に施設の奥へと向かった。

 霧林が口を開く。


「そもそも能力者が目覚めた後は感情的になってしまうってのが普通なんだよ。朝起きて記憶がほとんど無かったことを考えてみれば、パニックになるってのも分かるよね?」

「ですね」

「陸浦さんと比べても、玖墨君は残された記憶が圧倒的に少ないんだ。より長い間、能力と密接した生活をしていた所為だと思う。彼の喪失感を考えると、むしろタフだと思うよ。実際、何日も会話さえ出来ない状態の能力者もいる……っていう間に着いたよ。この部屋だ」


 霧林が目の前のドアを開けると……そこは存外ぞんがいに狭い部屋だった。

 中に入ると、『なるほど、こういう事か』と思う。

 アクリル板で仕切られた向こうの部屋に玖墨とおぼしき人物がいた。

 俺は迷いを見せないように、さっと玖墨の前のイスに腰を下ろす。


「君は誰だ?」


 と、玖墨。

 声から言えば、昨日と然程さほど違いを感じなかった。


「戸山望と申します」

「会うのは久しぶりかな?」

「昨日、会いましたよ」

「そっか。昨日か……記憶が無いって事を実感するよ……」


 俺はどう言うべきか困っているというような表情を作った。

 ここは下手な言葉を発さない方がいいだろう。

 こういう相手には一歩下がってというのも一つの手だ。


「目が覚めてから延々と尋問されて、やっと眠れると思ってたんだけどね。こっちは一日中あれやこれや聞き出されてヘトヘトなんだよ」

「すみません」

「まあ、しかし君に興味が湧いてるってのも事実だよ。こんな時間に面会なんて普通じゃないだろ? 看護師の人達もバタバタしてたから、ここでもイレギュラーなことなんだろうね」


 せっかく興味が湧いているというのなら、前置き無しで話を聞けるチャンスだ。

 その興味を失う前に本題を話し始めるべきである。


「残っている記憶のことで聞きたいんです。お話し頂けませんか?」


 玖墨の顔が一瞬で落胆に変わる。


「また、同じ話をさせるのか? ここに来るくらいのコネがあるんだろ? ここの連中に聞いてくれよ」

「玖墨さんから聞きたいんですよ。改めて話す事で、また違う話になるって事もありますよね?」

「ああ。だけど、それは勘弁して欲しい。そこにいる霧林先生にでも聞いてくれ――ってか大体、君は何者なんだよ?」


 排除能力者という事を話すべきだろうか。

 玖墨の力を排除したのは新手で、古手の俺には完全に能力を消す排除が出来るという事を話せば協力的になるかもしれない。

 ……いや、そのカードを切るのはまだ早いか。

 他にも手はある。


「今はまだ言えません」

「じゃあ、こっちも話すつもりは無いよ。ただただ面倒なんだ」

「そうですか。それは残念です……ところで、玖墨さんは陸浦さんをご存じですか?」


 その名を聞くと、玖墨の顔からジワリと怒りの成分が抜けていった。


「ああ。陸浦一華だろ。同じ高校だったよ。いや中学からだったかな」

「中学からと聞いてます」

「ああ、そうか。で、その陸浦さんが何だって言うんだよ?」


 玖墨は俺の話への興味を取り戻したようである。


「陸浦さんは玖墨さんと一緒にここに連れて来られました。彼女もまた能力者だったんですよ」

「『一緒に』ってのは?」

「陸浦さんは玖墨さんと暮らしてたんですよ、丘の上の邸宅ていたくで」

「それは本当の話か? そんな話は聞いてないけど」


 玖墨が霧林の方へと視線を向ける。


「霧林さんは話すタイミングを考えていたんでしょう。陸浦さんやご家族の話を聞いて、色々な事情が見えてきてから話した方がいいんじゃないかって事だと思います」

「それを君が勝手に話したって言うのか?」

「霧林さんには自由にやって良いと言われてるので話してみました。玖墨さんがどういう反応をするのかと思いまして――僕達は、玖墨さんと陸浦さんの身に何が起こったのか、その本当の所を知りたいんですよ」


 玖墨は腕組みをしてじっくり考えた後、こくりと頷いた。


「……わかった。じゃあ、君に僕の覚えている事を話すよ」

「お願いします」

「まあ、霧林さんに話したのと結局は同じ話だけどな――子供の頃、僕は繁華街近くのボロボロのアパートに住んでたんだ。父は祖父から引き継いだ会社を経営してたけど、ウチは借金まみれで、母は幾つものパートを掛け持ちしていた。家にも、よく借金取りが押し掛けてきていたよ。ドラマでもあるだろ? ああいう世界だ。それが毎日のように……」


 玖墨の『遠くの音が聞き取れる能力』は、そういう場面で役に立つものだろう。

 それで発症した能力なのだろうか……しかし、それで話を済ませるのも安易すぎる。


「そうですか――で、玖墨さん自身は、どういう子供だったんですか?」

「一人っ子で友達も少なかった。だけど、ここの連中が言うようなトラウマになる事は何も無かったと思う。学校でも家でも普通の子供って感じだったんじゃないかな……まあ、自分の感覚だから当てにされても困るけど」

「あの家に引っ越したのはいつですか? あれはかなり立派な邸宅ですけど」

「小三か小四くらいだったと思う」

「どこから、そんなお金が出て来たんでしょう?」

「父は会社の業績が回復したって言ってたけど……ちょうどその頃からだよ、僕の記憶が途切れ途切れになってるのは」


 俺は玖墨の表情を注視する。

 嘘をついている様子は無い。

 七原も嘘だと気が付けば、何かのアクションを起こすだろう。

 しかし、これが真実だとすれば、余りにも異臭漂う話である。


 借金まみれのボロアパートが一転、丘の上の豪邸に引っ越し。

 そして、それ以降の記憶が曖昧。

 何があったか予想しろと言われたら、俺は間違いなくこう答えるだろう――父親が息子の能力を利用して、大金を手にしたんじゃないか、と。


「玖墨さんが小三か小四なら、十年くらい前という事になりますね」

「だな。それ以降のことは余り聞かないで欲しい。場面場面で思い出せる事が無い訳ではないけど、それも朧気おぼろげだ。本当にスッカスカだよ」


 玖墨は自分の頭を指でポンポンと叩きながら、そう言った。

 冗談めかしているが、心の痛みは隠せていない。


「……なるほど。参考になりました。ありがとうござます」

「しかし、君はどうしてこんな事を聞きたかったんだ?」

「問題の解決の為ですよ。それはこの施設から早く出ることに繋がります」

「そういうもんなのか? 霧林先生は『過去は忘れて心に整理を付けることが、能力の再発症を防ぐ近道だ』って言ってたけど」

「それは玖墨さんの場合ですよ。陸浦さんは過去の問題を解決する必要がある。だから、玖墨さんの話も聞いてみたかったんです」


 これは事実では無いが、本当の事を全て話す訳にも行かない。

 そう説明するのが一番分かり易いと考えた結果である。


「そうだな。こんな所にいつまでもいられない。僕も陸浦さんも」

「ですよね」


 玖墨の方はここから出ることに前向きなようだ。


「……わかったよ。こっちも何か思い出したら、霧林さんに頼んで連絡を取って貰うようにする」


 それを言う玖墨の顔にはかなりの疲労がにじんでいた。

 ここらでさっさと切り上げるのが好印象だろう。


「お話ありがとうございました。じゃあ僕達はこの辺で。またお会いしましょう」

「ああ。また来てくれよ」



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