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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
157/232

新たな目的


 陸浦栄一が排除能力者だったとは……。

 その発想は無かった。

 三津家が言った通りなのもしゃくさわるが……正直驚いている。声にならないほどに驚いている。

 しかし、同時に納得いく点もあった。

 それならば、符滝が陸浦におびえていた事に辻褄つじつまが合ってくる。


「新手なの? それとも古手?」


 七原が問い掛けた。


「そうですね。どちらでもないのですが、いて言うなら新手なのかもしれません」

「どういう事?」

「当時は新式の手法が今ほど整備されていない時代、過渡期かときだったんです。その頃は、記憶を消す力を持つ能力者が排除能力者として力を行使するなんて事がありました」

「それが陸浦さんって事?」

「そうなんです。陸浦さんは能力者であり、排除能力者でもあった――この能力者でもある排除能力者というのは、新手の成り立ちを語る上での基礎的な話です。戸山さんもご存じですよね?」

「いや、知らなかったよ。能力者が排除なんてな」

「そうなんですか? 陸浦さんの件といい、戸山さんが知らない事もあるんですね」

「いや、当然として知らない事は一杯あるからな――しかし、能力者が排除ってのも結構無茶な話だよな?」

「そうですね。問題も多かったそうですよ。でも、仕方がなかったんだと思います。現代において、実力行使で排除という訳にはいかないじゃないですか。今だって、能力者が直接関わらなくなったというだけで、記憶を消すという乱暴な手法であることは変わりませんし」

「確かにな――で、ちなみに三津家は栄一さんに会った事があるのか?」

「ありませんよ。私が排除能力者になったのはもっと最近のことですから。大体、私の年齢を考えて下さいよ」

「三津家の年齢か。何歳だっけ?」

「じゅ……いやいや戸山さんと同じですよ!」


 語気を強める三津家。

 これも三津家の愛嬌だと思えるようになってきた。

 そこまでして設定を守る必要があるのかと思うが、生真面目な三津家にとっては譲れない所なんだろう。


「霧林さんはどうですか?」


 と、霧林にも問い掛ける。


「残念だけど、僕も会ったことは無いよ。僕が、この仕事を始めたのは、既に栄一さんが辞めた後だったからね」

「そうですか。じゃあ、何で栄一さんのことを知っているんですか? 三津家にしても、霧林さんにしても」

「陸浦さんが有名人だからですよ」


 と、三津家が答える。


「有名人?」

「ええ。彼は優秀な排除能力者だったんです。陸浦栄一を知らない排除能力者はもぐりだと言われるくらいでした」

「そういう事か」

「それに陸浦さんは規格外の排除能力者でしたからね」

「規格外?」

「陸浦さんは排除能力者として卓越した才能を発揮したのと同時に、政治家としての手腕も優れていたんです。彼は市長として沢山の業績を成し遂げました。例えば、その一つが能力者を生み出しにくい社会環境の整備です。彼は能力者の子供達が能力者化してしまわないように、養護施設の環境を整えたり、病院や教育機関に働きかけて、いち早く情報収集できるようなシステム作りに手を尽くしました」


 ……ああ、なるほど。

 そこが市立病院の院長選定にも関わってくる話なのか。

 立場が変われば、まったく見方が変わってくるものである。


「で、その栄一さんが収賄で捕まったわけだよな。当時の排除能力者周りではどういう状況だったんだ?」

「当局も大混乱していたと聞いてます。能力者にめられたのでは無いかと陰謀説もささやかれたそうですよ。しかし、陸浦さん本人がはっきりと認めた上に、証拠物件も盤石ばんじゃくなものでした。もちろん、洗脳されている可能性を含めて、様々な調査が行われましたが、反証を上げることは出来なかったと聞いてます」

「その後、どうなったんだ?」

「陸浦さんはあっさりと職を辞されてしまわれました。それ以前から本部には引退の意向を伝えていたという事もあったらしく、割とスムーズに話は進行したそうですが、詳しいところは私には分かりません」

「引退後は?」

「彼が功労者である事、そして能力がただちに人に危害を加えるようなものではないという事から能力の排除は行われませんでした。たしか今も当局の監視が行き届く所にいらっしゃるという話ですよ。最近の話は聞かないので、人目の少ないところで静かに暮らしているのでしょう。こんな時代だからこそ、彼のようなリーダーシップが必要なんですけどね」

「一華さんはそんな人の孫だったって訳か」

「はい。私も一華さんが陸浦さんの血縁者だと知った時、少し焦りましたよ。ですが、どんな能力者でも排除するしかない。それだけだと思い直しました」

「なるほどな」

「まあ、そんな訳です。陸浦栄一さんの事は分かって貰えましたよね?」

「ああ。よく分かったよ。こうなると、栄一さんとその孫に益々ますます興味が湧いてきたな。是非話を聞いてみたい」

「な」


 三津家が呆れ混じりの声を発する。

 しかし、こんなところであきらめている場合ではない。


「一華さんが栄一さんの居場所を知ってる可能性もあるだろ?」


 三津家は再び溜め息を吐いた。


「どうでしょうね。彼の居場所を知ってる人は上層部でも一握りだと聞いてます。ですが、一華さんは孫なんですから、知っていても不思議はない……しかし、戸山さんは何故こんなにも陸浦さんに固執し始めたんですか?」


 何と答えるべきだろうか……。

 もちろん、符滝の話をする訳にはいかないし、楓と陸浦栄一に繋がりがあったという話も、情報源を明かす事が出来ないので控えておこう。


 ここは全く別の方向に話を持っていくべきだ。


「気になることは徹底的に調べる。それだけの事だよ。それに……」

「それに……?」


 その後を催促さいそくしてくる三津家。

 勿体振もったいぶるように一呼吸置いてから口を開く。


「七原は昔の一華さんを知っているらしくて、栄一さんの収賄事件が一華さんを能力者にした要因じゃないかって言うんだ」


 それを聞いた三津家が、はっとひらめいた顔になる。


「戸山さん、まさかあなたは一華さんの力を排除するつもりですか?」

「ああ、そうだよ。試してみようと思ってる。一華さんは記憶の無い状態だが、それでも排除が出来たら凄いだろ?」


 陸浦一華の排除。

 今の今まで、そんな気は無かったが、それも悪くないだろう。

 実際に排除できなくても良い。

 言うだけならタダである。

 それを言っておけば陸浦栄一の情報を集めも不自然ではなくなるのだ。


「可能性があるっていうんですか? 一華さんの記憶はどうやったって戻って来ないんですよ?」

「そうだな。難しい事だってのは分かってるよ。俺達の中でも、新手が排除してしまえば古手の排除は不可能になるってのが定説だ。しかし、今回は能力者になった原因が祖父の逮捕と、ある程度糸口がつかめてる」

「でも、そこから真相を掘り起こし、陸浦さんが心から納得できるように伝えた上で、能力と決別する意志を固めさせるというプロセスが必要な訳ですよね? それも沼澤さんの事例のように、生半可な理解では排除できないとなれば絶対無理です。無理に決まってます」

「そうだな。可能性はゼロに近いと思うよ。だから、様子を見ながら進めていく。出来ないと思えば諦めるから」

「なら、すぐに諦めて下さい!」

「随分と感情的だな」

「幾ら師匠でも看過かんかできない事ですから。そんなのは時間の無駄です。せっかく才能に恵まれているのに、意味の無いことに時間を浪費しないで下さい」

「弟子とは認めてないからな。やんわり既成事実を作ろうとすんなよ」

「茶化さないで下さい!」

「そんな気は無いよ――とにかく、普通に考えたら無理でも、やってみないと気が済まないんだ」


 この場に楓がいたら、『やってみろ』と言うだろう。

 ここでの経験は楓の最終目的である早瀬繭香の排除に繋がるからである。

 早瀬は少なくとも二度記憶を消されていて、その上、パイロキネシスという相当に込み入った力を持つ能力者だ。

 どう考えても排除不可能な能力者だが、仮に一華の排除が出来るとなれば、微かな可能性の芽も見えて来る。


 事によると、この状況は俺に試練を乗り越えさせる為に楓が仕組んでいる事のような気さえするのだ。


 楓とは連絡が取れない。送ったメッセージにも読まれた形跡は無い。

 それでも、楓は息の掛かった奴に俺の行動を監視させているはずだ。

 三津家か、霧林か、七原だって可能性はある。


 だったらやるしかないだろう。

 少なくとも、ここで宣言しておく必要はある。


 なにしろ楓に使えないと思われるのは本当にしゃくさわるのだ。

 まったくもって癪に障る。

 癪に障りすぎて癪に障る。


「ですが……」

「何だよ。まだ文句を言うのか。記憶が無くて排除できるとなれば、三津家にとっても福音ふくいんだろ。それとも、三津家は排除されたいと思わないのか?」

「……私は今の生活に満足してます」


 曇る表情。

 三津家も能力者を経て排除能力者になっているからには、それなりの過去があるはずだが。


「そんなこと言ってたら、楓の事を変人扱い出来なくなるぞ。三津家は自ら排除能力者になった楓を疑問だと言ってただろ?」

「でも、やはり私には排除なんて必要ないですから……どちらにしろ無駄なことは無駄なんです。諦めて下さい」

「俺の行動は俺が決めるよ」


 無理に説得しようとは思わないが、三津家が何を言っても譲るつもりは無かった。

 お互いに、もう言えることは言い尽くしたといった感じだ。

 そうなれば睨み合うしかない。


 その時。


「やってみたらいいんじゃないかな」


 と、霧林の声が沈黙を破った。

 三津家は不満げな表情を浮かべる。


「霧林さんはもっと合理的な人だと思ってたんですが」

「いや若いんだし、時にはアクセル全開ってのも良いと思うよ。今まで成功したという事例が無くても、絶対不可能とは言い切れないからね」

「ですが……」

「三津家さんは、さっき戸山君の事を熱く語ってたよね?」

「え、ちょっと――」

「今まであった排除能力者で一番優秀で、一番信頼できる人かもしれないって。だったら少し信じてみたらいいんじゃないかな」


 三津家が耳まで真っ赤にしている。


「何で真っ赤になるの? 師匠って呼ぶくらいなんだから、これくらいの事は戸山君にも言ってるでしょ?」

「でも、本人に言われるつもりの無かった話をされたら、こうなりますよ!」

「なるほどね。今度から気をつけるよ」

「そうして下さい!」


 いや、霧林は絶対分かっていたと思う。

 なぜなら、霧林は必死に笑いを噛み殺しているからである。


「それに戸山君は当局とは関係の無い個人の排除能力者だ。僕達が何かを言う権利なんて全くと言っていいほど無いんだよ」

「……わかりました。出来ないものは出来ないと知るというのも必要なんでしょうね」


 それでも三津家は否定的だ。


「よし、それで決まりだね。僕達も出来る限りの協力はするよ。頑張ってくれ、戸山君」

「ありがとうございます、霧林さん」

「いいんだいいんだ」

「それよりさっきから気になってたんですが……」

「なんだい?」

「そろそろ出発しませんか?」

「ああ、悪い。忘れてたよ」


 霧林が慌ててエンジンを掛ける。


「え、まだ全く動いてないのに、私ずっと目隠しされてたの?」


 いや、七原も気付けよ。



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