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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
156/232

霧林


 電話の後、三津家からのメールで指定された駅裏の一角へとやってきた。

 向こう向きの黒いミニバン。その横に制服姿の三津家がたたずんでいる。

 端から見れば、かなり怪しげな雰囲気だ。


「近づきたくないな」

「しばらく様子を見る?」


 そんな話をしていると、三津家が俺達に手を振ってくる。

 仕方なく、そちらへと歩み寄った。


「三津家、ありがとな。色々迷惑を掛けるよ」

「何で様子見の必要があるんですか?」


 と、ふてくされ顔の三津家。


「聞こえてたのか?」

「聞こえてましたよ。そういう相談はもうちょっと遠くでやって下さい」

「今度からそうするよ――で、今日はお前の運転なのか? それなら、すぐにでもきびすを返して帰りたいんだが」

「もちろん違います――ってか、目立つのも何だから、早く乗り込んで下さいよ」


 三津家がスモークが張られた後部ドアを空けて、中に入るように促す。

 近づきたくない帰りたいと言ったのは半分冗談だが、半分は本気だ。

 一度新手側のテリトリーに踏み込めば、予期せぬ面倒事に次々と巻き込まれる事になるかもしれない。

 ……ってか、そういうのは三津家に出会った時から始まっているか。

 いや、それどころかそのずっと前から始まっている。

 ここは踏ん切りをつけるとか、そういう段階ではないのだ。


 そんな事を思ってると、運転席の男がこちらを振り向き、笑顔を向けてるのに気が付いた。

 にっこりという言葉でイメージするような爽やかな笑みである。

 割と童顔だが、何となくの空気感から三十代後半もしくは四十代前半あたりだと目星をつける。


「好きなところに座っていいよ」


 男はそう言うが、三列目には色々と荷物が置いてあった。

 二列目に座るしかないだろう。

 俺が奥に詰めると、七原が隣に座る。

 三津家が外側からドアを閉め、助手席に乗り込んだ。


「すいません。紹介が遅れました。こちらキリバヤシさんです。霧に包まれた林に誠実の誠で霧林きりばやしまことさんです」


 それを受けて霧林が口を開く。


「どうも初めまして。君が戸山君で、そちらが七原さんだね」


 どうやら三津家が既に色々と話しているようだ……まあ、それもそうか。ならば細かい説明は不要だろう。

 「はじめまして」とだけ言う俺に、七原も「はじめまして、霧林さん」と続けた。


「いや、会えて嬉しいよ。出発の前に軽く話しておこうか。確認しておきたい事もあるし」


 霧林の物腰は柔らかい。

 柔らかすぎると思うくらいだ。


「はい。わかりました。僕からも一つ聞いて良いですか?」

「一つとは言わず、好きなだけ聞いてよ」

「ありがとうございます」

「うん」

「霧林さんもやはり排除能力者なんですか?」

「いやいや、僕はただの医者だよ」

「医師の方が何故?」


 何故医者が排除能力者と共に行動していて、何故俺達を能力者更生施設まで送り届けてくれるのだろうか。


「新手の排除は排除だけでは終わらないってのは知ってるよね? そこから能力者は患者になるんだ。再び能力を発症してしまわないように、心の病を治さないといけない。それに加えて、排除能力者は常に人手不足で、排除をサポートする人員を必要とする。それらの事を含めて能力者の問題全般に対処するのが僕達の仕事なんだよ」

「なるほど。排除能力者だけでは足りないとは聞いてましたが、そういうシステムだったんですね」

「ああ、楓ちゃんは言ってなかったんだ?」

「楓さんは基本的に何も話してくれないので」

「そっか。まあ、楓ちゃんらしいね」

「で、その霧林さんが何故わざわざ迎えまでしてくれるんですか?」

「私の所為ですよ。私が未成年のせいで、お忙しい霧林さんに色々なお願いをしてるんです」


 三津家が申し訳なさそうに言った。


「三津家さん、戸山君にも話した通り、僕達の仕事は排除能力者をサポートする事だ。排除能力者の時間は何より貴重なんだよ。だから、どんどん僕を使ってくれていい」

「昨日も夜遅くに突然呼び出してしまって」

「だーかーらー、そんな風に謝らないでよ。能力者を安全に施設まで連れて行くのは僕達の最も重要な仕事の一つだ。むしろ問題なのは楓ちゃんの単独行動の方だよ。何か問題があったら、どう責任を取るんだって話だ」


 楓はそちら側でも眉をひそめられる存在のようだ。

 まあ当然か。


「すいません。さっきから気になってたんですけど、仕事仲間に『楓ちゃん』ってのも、かなり特殊ですよね?」

「そうそう。そうなんだよ。楓ちゃんには『楓』と呼び捨てにしてくれって言われてるんだけど、僕の方が歳上でも、彼女は僕の上司だ。色々と複雑なんだよ」


 話が微妙にズレている。

 そもそも、樋口の方で呼ばないのかとか。

 本名の早瀬の方じゃないのかとか。

 そういう所が気になっているのだが……しかし、これ以上の深追いも良くないだろう。


「楓さんが上司なんですか?」

「うん。楓ちゃんはウチの施設の責任者だよ。彼女は優秀な排除能力者だからね」

「そうですか……」

「じゃあ、そろそろ僕からも話させて貰うね」

「はい」


 俺が頷くと、霧林は少しだけ固い表情になる。


「楓ちゃんは色々無茶していたと思うけど、そういう事は基本的に通用しないと肝にめいじて欲しいんだ。例えば、これからウチの施設に向かう訳だけど、そこで知り得た事は他言してはならないよ」


 楓とは違って引き締めるところは引き締めるといった感じのようだ。


「わかりました」

「書面にはしないが――というか書面にする意味がないからしないけど、罰則があることは覚えておいてね」

「はい」

「それから七原さん」


 自分に話を振られたのに驚いたのだろう。七原が「私ですか?」と自身を指差す。


「うん。悪いけど、君にはこれをして欲しいんだ」


 その手にはアイマスクが握られていた。


「何故ですか?」

「古手の助手といえども一般の人には、ウチの施設の場所を知らせる訳にはいかないんだよ。大丈夫、心配しないで新品だから」


 霧林が少し表情をゆるめながら、そう言った。

 躊躇ちゅうちょする七原に「僕もこういうのは嫌なんだけど、規則だからごめんね」と続ける。


 規則を守れとあれだけ言われた以上、断る訳にもいかないだろう。

 俺達にはどうしても越えられない壁がある。

 どうしても越えられないそれぞれの立場がある。

 それを痛感した。

 少しだが確実に重たい空気になる。


「わかりました」


 七原の声が沈み込んだ。

 唇をギュッと閉じ、アイマスクを付ける。


 ――ああ、これは。


 その姿を見て、今までのシリアスな気持ちが吹っ飛び、そそられると思ってしまった俺は、かなり駄目な人間なんだと思う。

 しかし、これはまずい。

 この姿にはどうしようもない程の破壊力がある。


「付けましたよ」

「じゃあ、今度こそ出発だ――ああ、戸山君。危ないから七原さんにシートベルトをしてあげてね」


 いやいやいやいや、まずいだろ。

 今の七原にシートベルトをするのは何か生々しい。


「大丈夫です。自分で出来ますから」


 といって、七原が手探りでベルトを探り当て、装着した。


 胸の奥に締め付けられるような痛みが残る。

 こういうのを後悔というのだろう。

 言われた瞬間に行動しておけば良かったのだ!


「それにしても、戸山さん。私から逃げて、どこで何をしてたんですか? しかも、一華さんに会いたいなんて突然言い出すなんて」


 と、三津家。

 こんな状況で話を進めるのかよと思うが、彼女達にとってはこれが平常運転なのだろう。


 気を取り直していくべきだ。


 三津家には俺達が符滝医院にいた事を知らてはいけない訳だし、慎重な対応が求められる場面である。


「二人で時間を過ごしたい時もあるだろ。それくらい察しろよ」

「私が朴念仁ぼくねんじんみたいな言い方は止めて下さい。別にそれならそれで構いません。だけど何で逃げたかって聞いてるんです」

「監視されるのは好ましくないからな」

「しませんよ」

「するだろ」

「まあ、どこにいるかとか、スケジュールを何時間切るかくらいは把握しておきたいですけど」

「それを監視っていうんだよ。少なくとも、俺と七原がいまがたどこで何をしていたかを言うつもりはない……さすがに他人に話すようなことじゃないだろ、ああいう事は」

「え」


 三津家がたじろぐ。

 耳まで真っ赤だ。


「誤解を呼ぶ言い方は止めて! 単に喫茶店で話してただけでしょ」


 と、七原。


「何だ、単なるいつものイチャイチャですか!」

「三津家の前でいつイチャイチャしたかよ」

「その目線を合わせて通じ合ってるのを見るだけでイライラします」

「アイマスクをしてるのに目線が合う訳ないだろ」

「合ってるんですよ。何故か合ってるんです」

「そんなにいうなら、それでいいけどさ」

「まあ、わかりましたよ。今のお二人の様子を見れば、嘘とか隠し事は無いのでしょうけど、今度からはどこにいるかだけでも事前に教えておいて下さい。出来るだけでいいんで」

「わかったよ。出来るだけな――じゃあ、本題に戻すから」

「はい」

「七原と話してて、陸浦さんや玖墨さんの事が俎上そじょうったんだ。彼女達の持ってる情報を引き出せないものかって」

「でも、陸浦さんや玖墨さんと話したところで、能力に関する記憶は全て無くなってるんですよ。意味は無いと思います」

「それは分かってるよ。一華さんには祖父である陸浦栄一の話が聞きたいんだ」

「ああ……そうなんですか。ちなみにどんな事を聞くつもりですか?」

「俺達は実際に一華さんの力をこの目で見ている。彼女は確かに俺達の前にいたのに全く認識できなかったんだ。かなり強い力だったと思う。そうなれば、栄一さんにも能力者の素質があった可能性が高いだろ? 栄一さんに関しては市長だったとか、収賄で逮捕されてるとか、今はどこにいるか分からないとか興味深い点も多い。だから、少しでも栄一さんの話を聞き出せないかと思ってるんだよ」

「……そうですか」


 三津家は溜め息を吐く。


「どうしたんだ。何か知ってるのか?」

「知ってますよ。戸山さんをそれなりに驚かす自信があります」

「そうなのか。じゃあ、聞かせてくれよ」

「はい。陸浦栄一は排除能力者だったんです」



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