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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
154/232

有馬への依頼


 まずは剛村の話を総括するべきだろう。

 俺は符滝に視線を向けた。


「結構具体的な話が聞けましたけど、符滝さんは剛村さんの話をどれくらい覚えてましたか?」

「正直に言えば、他人の話を聞いているような感覚だったよ。確かに俺は副院長をやってたし、院長の座は余所者に奪われた。窓際に追いやられていたのも間違いなく事実だ。しかし、市長から逃げ回っただの、剛村君に院長になるようにき付けられただの、そんな記憶は全く無い」


 七原の方をチラリと見る。

 七原は俺の視線に気付くと、小さく首を横に振った。

 七原を信じるなら、符滝は嘘をついてないという事だ。


 ……じゃあ、これを聞いてみるか。


「剛村さんは符滝さんが弱みを握られてたと考えてましたが、思い当たるところはありますか?」

「残念だが、それもまったくだよ」


 まあ、そうだろうな。

 結局の所、記憶が無い元能力者と話をする意味は無い。

 重要な事ほど覚えてないのだ。


 その中で一つだけ可能性があるとすれば……。


「符滝さんの記憶は、いつ欠落したものだと考えてますか? それさえ分かれば、何かの手掛かりになるかもしれません」

「写真を見つけたのは引っ越しで荷物を整理している時だから、三年より前ってところだな。俺に分かるのはそれくらいだよ」

「そうですか……」


 まあ、それも当然か。

 それが分かっていれば、俺達に話を持ちかけて来る前に別のアプローチをとっていただろう。


 ここは気持ちを切り替えるべきだ。

 まだ当てはある。

 というか、メインの話を後回しにしていた。剛村が入って来たことで中断していた有馬の話の顛末てんまつを聞こう。


 有馬は符滝から市長の弱みを握って欲しいと依頼を受けていた。

 実際に、有馬は市長を追い詰めることが出来たのだろうか……。

 有馬は語るような事は何も無いと言っていたが、市長が実際に逮捕されているという事実がある――その告発に符滝と有馬が関わっていたからこそ、語れない、語りたくない話なのかもしれない。


「それで、有馬さんは市長の弱みを握ることは出来たんですか?」


 俺が問い掛けると、物思いにふけっていた有馬が視線を上げる。


「ああ、そういえば話の途中だったな――まあ、でも話は終わったようなもんだ。結果から言えば失敗だったよ」

「え」

「別に驚く話でもないだろ。最初に大した話じゃないと言ったはずだ」

「でも、実際に市長は逮捕されてる訳ですよね?」

「ああ。それで俺達がガッツリ関わってると思ってたのか……残念ながら、それは違うよ。俺が符滝先生に依頼されて調査を始めた日の次の日、陸浦栄一が収賄で逮捕された。市内の飲食店で、建設業者から賄賂わいろを受け取り便宜べんぎを図ると約束したって話だ」

「あれとまさに同時期だったんですか」

「ああ。依頼を受けて俺がやったのは下調べくらいのもんだ。あの写真もその時に手に入れていた。もっと早く取り組めていれば、こんな情けない事にならなかったと思うよ。だが、そんな事を言っても仕方ない」

「逮捕で依頼はストップしたんですか?」

「ああ、当然だろ。弱みを握る必要性が無くなったと同時に、逮捕によって陸浦に近づく機会も失われてしまったんだ」


 七原を見ると、再び首を横に振った。

 有馬も嘘をついていない。

 どうやら二人とも俺が欲しい答えは持っていないらしい。

 一瞬、絶望感に打ちひしがれるが、しかし諦めるのは早い。

 まだ少し気になってる事がある。


「もう一つ聞いていいですか? 有馬さん」

「ああ」

「そもそも有馬さんは何で市長の身辺調査なんて依頼を引き受けたんですか? 一般人ならまだしも、市長となれば面倒事に巻き込まれる可能性が高い――そんな無駄に危ない橋を渡るような事は中々しないと思いますけど」

「まあ、そうだな。良いところを突いてるよ。でも、それは『通常は』と言う話だ。報酬次第では幾らでもってのもあるんだよ」

「それだけですかね?」

「は?」

「有馬さんの符滝さんへの態度からするに、単なる依頼人と探偵という関係ではないように思えるんです。符滝さんだからこそ、無茶な依頼を受けたんじゃないですか?」

「いや普通に依頼人と探偵だよ。先生と仲良くなったのは、市長の逮捕より後の話だ」


 視線の端で七原が動く。

 そちらに目を向けると、七原がコクコクと頷いた。

 有馬が真実を話してないと感じたようだ。

 俺には何も感じ取れなかったが……って、よく考えてみれば、有馬は最初に『符滝とは八年前の件から会ってない』と言っていた。

 分かり易い矛盾が生じている。


 ――そんな事を考えていると、有馬が溜め息をついて口を開く。


「あー分かったよ。あとで符滝さんだけには言っておこうと思ってたけど、お前らにも話してやるよ」

「どうしたんですか? 急に」

「いや、実桜ちゃんがいる限り、お前らに隠し事をするのも無理だなと思ってさ」


 そう言いながら、有馬が七原を見る。


「え? 私ですか?」

「そうだよ。曲者くせものなのは、むしろ実桜ちゃんの方だ」

「どういう事ですか?」


 と問い掛ける。


「戸山、お前は見たまんまの口達者くちだっしゃってだけで、こちらの出方次第では簡単にかわせる。それは恐いとも思わない。でも実桜ちゃんは厄介だ。実桜ちゃんの目を見ていると心の奥底まで覗かれている気分になる。今も俺に隠し事があると一瞬で見抜いただろ。他人の心を読む力でもあるんじゃないか?」

「…………」


 七原の表情が一瞬固まる。

 さすが探偵。七原を動揺させるなんて相当である。


 それに気をよくしたのか有馬は更に続ける。


「――さっきの剛村さんとの会話を見ても、実桜ちゃんの貢献は大きいと思うよ。戸山はかなり立ち入った事を聞いているが、それが出来ているのは実桜ちゃんが視線や表情でりやすい空気を作っているからだ。詐欺師の手口が巧妙になっていって劇団みたいになってたりするだろ。ちょうどあんな感じだな」


 返す返すも、さすがは探偵。

 こういうり取りの中から本質を見抜くのは得意のようだ。


「どうした、戸山。否定しないのか? 本性を暴かれたらりづらいだろ」

「いえ、取りつくろうつもりはないです。僕達は俺達なりに真剣に事実を知りたいと思ってるってだけの事ですから」


 こういうタイプの前では正直でいるのが一番だ。


「そっか。ますます面白いよ。探偵ごっこだなんて言って悪かったな。お前らは話をかなり進展させてる」

「そんな事より話して下さいよ。符滝さんと有馬さんがどういう知り合いだったかを」

「いいけど、今回の件にも関係ないし、何の面白みも無い話だぞ。声高らかに言うようなことでもないから黙ってようと思っただけで、別に隠すようなことでもないんだ」

「それでも聞きたいです」

「わかった。話すよ――俺が符滝先生の依頼を受けたのは、先生が俺の恩人だったからだ」

「恩人?」

「俺の息子は生まれつき、心臓に病気があってな」


 有馬兼汰の息子、つまりは小深山こみやま青星しりうすの事だろう……と思う。

 有馬が他でも子供を作ってない限りは。


「――色々な病院を回ったが、どこも同じ答えだったよ。息子さんは一生を病院のベッドの上で過ごすことになるだろう、と。その時、符滝先生の評判を聞きつけてな」

「じゃあ、青星さんは――」

「ああ、そっか。お前らは青星の事も知ってるのか。それなら話は早い。符滝先生の手術で青星の病気は完治した。そのお陰で青星がすこやかに成長することが出来たんだよ。これほどの大きな恩があるだろうかと思う。だから、俺の中で符滝先生だけは例外なんだ。どんな事があっても、符滝先生の依頼には応えようと思ってる」


 なるほど。確かにそんな事があれば、いくら有馬でも符滝に頭が上がらなくなるだろう。


「――まあ、青星を知ってるのなら分かってるかもしれないが、俺は妻と離婚してから青星とまったく会ってない。だから、俺が親父面おやじづらしてるってのもおかしな話だろうけどな」

「ちなみに、何で離婚したんですか?」


 不躾ぶしつけだとは思ったが、有馬なら気を悪くすることもなく答えてくれそうだと思い、聞いてみた。


「あの頃、俺達夫婦は青星の事で大きなストレスを抱えていた。今考えれば無責任な言葉を幾つも吐いてしまってたよ。その傷口は青星の病気が治っても、修復できるもんじゃなかった。俺は父親という役割をこなすには、あまりにも未熟だったんだ。だから、俺は迷うことなく離婚届に判をついた」


 有馬は一つ一つ確かめるように話す。


「――そして俺と別れた後、彼女はすぐに新しい父親を探し始めた。ちゃんとした父親が出来る人物をな……彼については俺も色々と調べたよ。彼は父親に相応ふさわしい。すぐに子供が出来たのも運命だったんだろうな」


 再び、有馬を見直し始めている。意外と話の通じる相手なんじゃないだろうか――ってな事を思っていると、七原が「私も聞いて良いですか?」と問い掛けた。


「ああ。何だ? 実桜ちゃんの質問なら何でも答えるよ」

「何で息子さんに青星って名前を付けたんですか? どんな思いが込められてるんだろうとずっと気になってたんです」

「ああ、それか……確かに変わった名前だよな。でも、ちゃんと考えて付けた名前だよ。星ってのはいつだって変わらずに有り続けるだろ? 静かに、そして何よりも力強く輝いている。そんな星に息子を重ね合わせたんだ。夜空で一番明るいシリウスにな」

「なるほど」

「あと、そうだな……手を差し伸べてくれる人に一発で覚えて貰える名前が良かったってのもある」


 確かに青星という名前は有馬の言う機能を十分に果たしている。

 これを聞けば、良い名前なのかなと思ってしまうのが現金なところだ。

 俺の中で有馬に抱いていたわだかまりが消えていく。

 見直すというのも烏滸おこがましいと思えるくらいには、有馬に敬意を払ってる自分がいた。

 つい数分前には考えられなかった事である。


 しかし、ここでもって青星の名前について質問したところが、さすが七原だなと思う。

 これが七原の真骨頂しんこっちょう――えて悪く言うなら、人と人を繋ぐ事で人間関係の中心に居座り続けるというスキルである。


 楓が俺には七原が必要だと言ってたのもよく分かる。

 七原は本当に有能だ。


「有馬さん、もう一つ聞いて良いですか?」


 と、七原。


「ああ。いいよ」

「有馬さんは陸浦さんが本当に賄賂わいろを受け取ったと思いますか?」

「は?」


 有馬が戸惑とまどいの表情を浮かべる。


「当時、私もテレビのニュースで市長が逮捕された事件を見てました」

「ああ。まあ、自分の街の事が出てたら見るよな」

「はい。そのニュースの中で市長が話している過去の映像が出たんですが、そんな事をするような人だとは思えなかった。全然に落ちなかったのを覚えてます。その後の謝罪会見でも、市長は罪を認めていたんですが――」

「ああ、いさぎよくはっきりと認めてたな。それが嘘だったと?」

「わかりません。だけど釈然しゃくぜんとしない気持ちは残ってます」


 七原と陸浦について突っ込んで話した事は無い。

 こんな事を考えてたとは全然知らなかった。


「実桜ちゃんはそんな事を思ってたのか……実の所を言えば、俺も腑に落ちてない事があるんだ」

「有馬さんも?」

「ああ。でも実桜ちゃんとは少し違う立場だな。陸浦はすきのない男だった。とてもじゃないが、あいつにはかなわないと思っていた。その陸浦があんなに簡単にボロを出すはずがない。そういう意味で、俺は未だにあの事件に納得いってないんだよ」

「陸浦さんはおとしいれられたって事ですか?」

「そうだな。そうかもしれない。大体、彼は街の有力者だし元々経営者だ。金なら腐るほどある。三百万なんて端金はしたがねで転ぶはずがないんだよ」

「符滝さんが他にも探偵か何かを雇ってたって可能性はないですか?」


 と、問い掛ける。

 その人物が任務を完遂かんすいしたのかもしれない。


「いや、それは無いと思う。先生は陸浦の逮捕を知って、拍子抜ひょうしぬけといった感じだったからな。あれはまさに、これから死力を尽くして遣り合うつもりでいた相手が勝手に自滅した時の顔だ。間違いないよ――それに、符滝先生は陸浦に関して何かをつかんでも絶対に漏らすなと言っていた」

「符滝さんは弱みを握っても告発するつもりはなかったという事ですか?」

「ああ、そうだよ。弱みを握ることが重要なんだ、と。それで優位に立っておきたかったんだろうな。先生には市長を失脚させる気なんて更々さらさら無かったはずだ」


 なるほど……少しだけ話が見えて来た。


「有馬さん」

「何だ?」

「陸浦さんの『収賄』が表に出たって事は、それを告発した人が間違いなく存在するって事ですよね?」

「ああ、そうだな。当時は無風状態。陸浦が警察にマークされてるなんて情報はどこにもなかった。告発者がいなければ突然の逮捕という事にはならなかったはずだ」

「その告発者がどこの誰なのか調べられませんか? 出来れば、その人に話を聞きたいんです」

「それは正式な依頼って事か?」


 有馬が覚悟を値踏ねぶみするような目を向けてくる。

 しかし、迷うことは何も無い。やれる事は全部やっていくべきだ。


「そうですね。正式な依頼です」




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