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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第六章
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符滝の依頼

「しかし、こうなると先生が『依頼』について聞きたいと言ってる事に俄然がぜん興味が湧いてきますね。一体、何故なんですか?」


 ここが良いタイミングだと、俺は口を開く。


「その説明は僕からしていいですか?」

「あ? さっきからちょこちょこ話しかけて来てるけど、お前誰だよ?」


 今更そこかよ。


「電話で話した戸山です」

「お前が戸山? こっちじゃないのか? 俺はこっちの方が良いぞ」


 アリマは七原を指差しながら言った。

 こっちの方が良いぞ――じゃねえよ。

 いま、見直した所だというのに。


「私は七原実桜といいます」

「そっか。実桜ちゃんっていうのか。ちなみに実桜ちゃんは高校生か?」


 制服を着ているのだから、どう考えても高校生だろ。


「はい。高校生です」

「JKか……JKはさすがにマズいな」


 真顔でそんな事を言うお前が一番マズいだろ――その言葉が口から出るのを必死で抑えた。


「とにかく! 僕から話をさせて下さい」

「うるせえな。別に駄目だとは言ってないだろ。話したければ話せばいいよ。だけど、それならそれで、お前らみたいなガキが何故この件に関わってるか聞かせてくれ」


 なるほど。アリマが中々取り合ってくれなかったのは、俺達ガキが八年も前の話に首を突っ込んでいる事に、釈然しゃくぜんとしないものがあったからのようだ。


「わかりました。それを含めて説明しますよ――と、その前にまず一つ聞いておきたいんですが、この写真はご存じですか?」


 アリマに早瀬達の写真を見せる。


「ああ、この写真か――知ってるよ。俺が符滝先生に渡したものだからな」

「やはりそうですか」

「この写真に何か問題でも?」

「符滝さんと僕達がアリマさんに辿たどり着いたのは、この写真がきっかけなんです」

「どういう事だ?」

「符滝さんが自分の記憶の欠落に気付いたのはもう何年も前の事だそうです。会ったことのない人に話しかけられたり、買った覚えがない物が家にあったり。確実に思い出せてない事がある。そんな不安を抱えながら日常を過ごしていました。そしてそんなある日、書斎の重要書類を入れている鍵付きの引き出しの中に、この写真が保管されているのを見つけたんです。自分の写ってない写真を何故こんなに大事に持っていたのか――そこに記憶を取り戻す糸口があるんじゃないかと探り始めたんです」

「確かにこんなものが突然家にあったら疑問に思うだろうな」


 写真を見て腕組みするアリマの顔は徐々に真剣さを帯びて来た。

 符滝に聞いた話そのままでは何なので、創作を織り交ぜながら話している。

 袋とじの間にはさまっていたと言ったら、同じ顔では聞いてくれなかっただろう。


「しかし、幾ら調べても一向に答えは見つけ出せませんでした。そこで符滝さんは、あきらめ半分ながらも、この写真を写真立てに入れて診察室に置いておくことにした。それを見た誰かが反応を示すかもしれないと期待を込めて――そして、たまたま風邪でこの病院を訪れた僕がこの写真を見た」

「お前がこの写真に関係しているって事か?」

「関係していると言えるかどうか分かりませんが、この写真で真ん中に写ってる制服の女性は僕のクラス担任の早瀬繭香さんです。彼女は最近突然仕事を辞めて、僕達の前から姿を消しました。その事を符滝さんに話すと、符滝さんもその写真が自分の手元にある事の疑問を話してくれました。それで僕は符滝さんと協力して、この写真がどういうものかを調べてみる事にしたんです」

「なるほど。それが探偵ごっこの始まりって事だな」

「そういう事です」

「で、この写真からどうやって俺が関わってるのを割り出したんだ?」

「写真の裏を見て下さい」


 アリマは写真の裏をさらっと見ると、すぐに顔を上げた。


「これはケンタウロスだな」


 ――え?


「こんな絵で何故わかるんですか? 」


 アリマは無言でスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を机の上に置いた。


 有馬探偵事務所・有馬ありま兼汰けんたと書かれている。

 そして、その横には写真の裏と同じ絵が描かれていた。


「うちのキャラクターだよ。アリマケンタウロス君2号だ」


 この絵を自分の会社のキャラクターにする事に恐怖を感じる。

 1号はどうしたんだよって事にも恐怖を感じる。


「恐怖ですね」


 思わず口に出していた。


「よく言われるよ。だが、これはこれで覚えて貰えるって利点があるんだ――で、これがアリマケンタウロス君2号だと知らなかったのに、俺に辿り着く事が出来たのは?」


 有馬が厳しい視線を向けてくる。

 ここは雪嶋にも少し迷惑を掛けてしまうかもしれないが、雪嶋に聞いたという事にするべきだろう。

 そうしないと、雪嶋から紹介を受けたという事にも整合性が保てない。


「それも偶然です。この絵を見てる時に、『ケンタウロスと呼ばれている頼りになる探偵がいる』とエリカさんに聞いていたのを思い出したんです」

「そっか……参ったな。彼女がそんな事を? 照れるじゃないかよ」


 有馬の表情が緩む。

 まったく問題は無さそうだ。


「戸山、お前の事を少し見直したよ。それなりの洞察力はあるようだ。エリカちゃんに相応ふさわしい男は世界で俺だけだが、まあ、ライバルが多いってのも悪くは無い」


 面倒くさい。

 有馬が能力者になるとしたら、委員長と同じ系統になるんだろうなと思う。


「それで、この写真は結局何なんですか?」

「陸浦市長は当時、養護施設を手厚く支援していてな。新聞記者が取材中に写したものを偶然に手に入れただけだ。だから、この写真自体は別に大したものじゃない」


 符滝が首をひねる。


「では何故俺は、この写真を大事に仕舞しまっていたんだと思う?」


 有馬は少し言いづらそうにしながら口を開いた。


「二人とも美人ですよね。この写真を見せたら、『欲しい』と。それだけの理由だと思います」


 そんな理由かよ!


「そんな理由かよ!」


 思わず口に出していた。


「俺もこの写真は自分で持っておきたかったよ。実に美人な姉妹だ」

「やっぱり姉妹なんですか? 似てると思ってましたけど」

「ああ。左が姉の早瀬楓で、真ん中が妹の早瀬繭香だと聞いている」

「……そうですか」

「何だよ。そんな顔して」


 勘付いていたとは言え、やはり驚く。

 俺はとんでもないものを見過ごしていたようだ。

 この写真自体には意味が無くても、すごく重要な事実を教えてくれた。それだけでも良かったという事にしよう。


「って事は、この姉妹は家族の元にいなかったって事ですね」

「ああ、そうだよ。死別か虐待か……理由は知らないがな」


 早瀬の能力はパイロキネシス。

 その能力は家庭内の問題から来るものである場合が多い。

 納得だ。


「写真については分かりました。次は符滝さんが有馬さんにどんな依頼をしたかを聞かせて下さい」


 有馬は符滝に視線を向ける。


「先生、こいつらにも話して良いんですか?」

「ああ。構わない。余すところなく真実を伝えてくれ」


 符滝は腕を組んで目をつむった。

 有馬は少し苦い顔をしながら、口を開く。


「あんまり、ガキに話すようなことではないと思いますけどね」

「…………」


 眉の動きで符滝の動揺が伝わって来る。

 それでも、符滝は「いいから話してくれ」と続けた。


「わかりました」


 有馬の視線がこちらに戻って来る。


「じゃあ、話してやる――俺は先生の依頼で、陸浦栄一の弱みを探っていたんだよ」

「市長の弱み? スキャンダルって事ですか?」

「ああ。不倫でも不正でもいい。陸浦栄一を揺さぶれるようなことなら何でも良いって」

「ずいぶん漠然とした依頼ですね」

「先生は『何でも良いんだ。とにかく正攻法で真っ当に弱みを握りたい』と言ってたよ。こんなのを正攻法って言うのかと思ったのを覚えてる」


 『正攻法で真っ当に』というのは能力を使わないでという事なのだろう。

 能力者ではない探偵が、一般的な手法を使って調べ上げるという事を重視したのだと思う。


「符滝さんは陸浦市長に会ったことがあると言ってましたか?」

「ああ、何度か会ったような口ぶりだったよ。詳しくは聞かなかったけどな」

「符滝さんは何をもってして、市長の弱みなんて握らなければならなかったんでしょう」

「それは分からない。俺は俺の仕事をするだけだ。依頼人は話す必要があると思った事を必要な時に話せばいい。俺はそう思ってる」

「では、有馬さんの推測でもいいので聞かせて下さい」


 有馬は息を吐くと、俺を睨みつけた。

 答えづらい質問をしやがってという視線だろう。


「……符滝先生は市立病院の院長候補だったと聞いている。想像するに、病院内での院長を巡る政治がからんでるんだと思う」




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