排除4
「悪かったよ――でも、これは重要な事だ。それらしい事を言って、相手を丸め込んだところで、能力を排除する事は出来ない。だから、古手の排除には能力者に対する理解が不可欠なんだよ」
「わかってますよ……勝手に分かったつもりになってた私が悪いんです」
「まあ、他人の気持ちなんて分かりようがないよ。だから、これは能力者になるような理由じゃないというものから外していくんだ――三津家の言った理由は、早い段階で違うと思ってた」
「何故ですか?」
「もちろん、笹井には沼澤に対する罪悪感があっただろうし、沼澤に縋る気持ちがあった事も否定しない。だけど、それは一年も前の事だ」
「ですが……」
「今時、携帯の画面が壊れたところで、連絡先なんて簡単に復元できるだろう。もし、出来なかったにしても、沼澤は失踪した訳じゃない。個人情報にうるさい昨今でも、友達の連絡先くらいなら調べられると思う」
「確かに、そうかもしれませんが……」
「沼澤との問題を解決する必要があるなら、もっと他の能力を身に付けるはずだよ。夢を見せたって何の意味も無いだろう」
「じゃあ、なぜ笹井さんはこんな力を? この力に意味なんてあるんですか?」
「そうだな。ここは七原先生のお言葉を貰おうか」
話の成り行きを黙って見ていた七原が、むっとした顔になる。
「そういう立場にするのはやめて」
「でも分かってるだろ?」
「そっか……そうですよ。七原さんには人の心の声を聞く力があったんですよね。笹井さんの悩みは分かってたはずです」
昼休みに三津家と話した時に、七原は自分の能力の事も喋ったのだろう。
出来るだけ三津家に流れる情報を絞りたいというのが俺達の共通認識だが、話の流れ上、それを言わない訳にはいかなったと思う。
「……まあ、他の人よりは詳しいと思うけどね」
「ですよね――戸山君、何で今まで気付かなかったんですか?」
三津家は俺を振り返る。
気付いていた。
気付いていた上で七原に目配せをして黙っていてもらったのだ。
笹井の理由を知ったからと言って排除がスムーズに行くとは限らない。見通しが立つまでは、急いで話を進めるべきではないという打算があったのである。
「だな。まあ、それも少し前の情報だ。役に立つとは限らないけどな」
もちろん、七原に聞くまでもなく、笹井が何に悩んでいるかなんて簡単に想像つく。
っていうか、本人が最初から何度も何度も話してた事だ。
そんな事を思っていると、七原が口を開く。
「藤堂さんだよ。笹井さんは藤堂さんとの関係に苦悩してたの」
「笹井は最初から訴えてただろ。藤堂に合わせるのは苦しい。それでも私は努力しているって。笹井は藤堂に嫌われて底辺に落ちる事を恐れていたんだ――そして、それを誰にも言えず、一人で抱え込んでいた。誰かに伝えたい。だけど、そんな事を言ってしまえばクラスでの立場が悪くなってしまう。惨めな人間だと思われてしまう――その発散できない気持ちが、この能力を芽生えさせたんだろう」
「なるほど……確かに、笹井さんの藤堂さんに対する感情は畏怖にも近いものがありました」
「まあ、そういう事だよ――この能力の肝は、自分の気持ちを分かって欲しいというものだ。言葉で伝えられない思いを、こうやって夢を使って人の無意識下に働きかける。ストレートに言うのが恐い。でも伝えたい。分かって欲しい。そんな感情がこの能力を形成してる」
笹井の力はタイプで言えば、委員長と似たような経緯で生まれた能力だと思う。
ただし、委員長は同調を強制する能力だった。一方、笹井は気持ちを分かって欲しいという所のみに焦点があたっている。
笹井が、なぜ委員長のような力を持ち得なかったのかと考えれば、それは笹井の不器用さというか思い切りの悪さが反映されているんだろうなと思う。
笹井は見た目が派手で、人を小馬鹿にした態度を取ってるが、実は控え目で、圧倒的に我が儘なのは委員長の方だ。
本当に、人は見た目で分からないものだなと思う。
「じゃあ、なぜ笹井さんは藤堂さんではなく、沼澤さんの夢を私達に見せたんですか?」
「笹井だって、いつも藤堂の事ばかり考えている訳じゃない。『もうすぐ文化祭の準備が始まる時期だ』とか、『突然の転校生』とか。そういう事がキーワードとなって、偶然この夢を見たんだと思う」
「なるほど……こんな力にも、ちゃんとした意味があったんですね…」
「もっと言葉を選べよ。笹井も聞いてるのに」
と、そちらの方を見てみると、唇を噛みしめた笹井と目が合った。
スムーズとは言えないが、ここから説得を進めていこう。
「まあ、つまりはこういうことだよ。笹井は色々な事を無理しすぎてる。藤堂に頭を押さえつけられてるのは、もう限界なんだろ?」
「でも……」
笹井が口籠もる。
既に否定する気力は無いようだ。
「藤堂に嫌われたって平気だぞ。俺を見ろよ。何の支障もないだろ」
「クラス中に嫌われてるけど」
「確かに結構な支障があったな。でも、そういうのとは別に生きてる奴らもいる。七原もそうだし、守川もそうだ。小深山も関係ない。この転校生だってそうだし。それを考えれば藤堂の威光なんて、大したものとは思えなくなるだろ」
「それは戸山だからだよ。戸山はおかしい。あんなに嫌われてて何で普通にしてられるんだよ」
「普通だからだよ。人に嫌われるのは普通の事だ。全く何でも無い事だよ」
「……でも」
「わかるよ。藤堂の庇護が無くなったら不安だよな。それでも、しがみつきたいと思うのが藤堂だよな。だけど、あんな奴をつけあがらせるのには問題があると思わないか?」
「理想はそうだというのは分かってる。だけど、紗耶がいなければ私なんて……誰にも見向きもされないただの陰気な嫌われ者だから」
「それは無いよ。笹井も沼澤と同じように自己否定してるだけだ。笹井は藤堂以外とは上手くやってるし、沼澤より向上心がある分、その過去から逃れるのは簡単だ。だから、藤堂とは距離を置けよ」
「だけど……そんなに上手くいくもんかな?」
「じゃあ、いいもの見せてやるよ」
俺はポケットから携帯を取り出し、画面を笹井に見せた。
そこに表示されているのは、二人の友人と一緒に微笑んでいる沼澤の写真だ。
「沼澤は新しい学校で楽しくやってるようだ」
七原が一人眉間に皺を寄せている。
七原には俺の携帯を見せている。そんな写真が無いのは確認済みだろう。
「これは俺の記憶に残る沼澤の写真だよ。現実の携帯からは削除してある。無性にムカついたからな」
「……なるほど。一貫はしてるね」
と、七原。
俺は沼澤の方に視線を戻し、口を開く。
「でも、本当にいい写真だろ? 笹井はこんなにいい笑顔の沼澤を見た事があるか?」
「ない……ごめん、涙が出て来た」
笹井の目からは大粒の涙が零れ落ちた。
それを見ると、三津家の唱えた友情説も間違ってないと思う。
好きなようで、そうでもない。そうでもないようで、好きだ。
人間関係とは本当に複雑なものである。
「笹井にだって、こんな風に笑う事が出来ると思うよ。それは保証する。しかも、笹井はそれをする為に変わる必要さえ無い――笹井、自分では気付いてないかもしれないけどさ、もうお前の事を陰気だなんて思う奴はいねえからな」
「……うん」
「一番心配してるのは藤堂の嫌がらせだろ? だけど、それだって七原という前例がある。相談なら、七原がいつでも乗ってくれるはずだ。三津家だっているし、何だったら小深山に頼んでやったっていい。どうしてもって言うのなら、俺だって相談に乗ってやる」
「そうだね……なんか、出来そうな気がして来た」
笹井は憑きものが落ちたように、すっきりとした顔になった。
「じゃあ、排除するか」
「うん」
色々と過剰な約束もしてしまっているが、どうせ、これは夢だ。
目が覚めれば、大概の事は忘れるだろう。
さっきと同じようにバットを出そうと左手を上げる。
すると、キラキラとした光の粒があつまり、ゆっくりとバットが形成されていく。
笹井の心情が反映された特別仕様のようだ。
中二病かよ。
そんなことを心で思いながら、口を開く。
「笹井、力と決別するって事を心に決めろ……よし、行くからな」
「うん」
バットを振り抜く――と、確かに手には感触が残った。
光の粒が舞い上がり、それがゆらゆらと散っていく。
寒々しく感じていた教室が別物のように感じられた。
窓の外では、雲が動き、太陽が顔を出す。
風に揺れる木々。
動き出す車や歩行者。
グラウンドで声を上げる生徒達。
どこかの教室で、どっと大きな笑い声が聞こえた。
「演出が長えよ」
しかし、ここまでするからには排除は成功したという事なのだろう。




