排除3
「ってことで、あとはどうやって笹井を説得するかって話だな」
「戸山君、あの……」
三津家が何か言いかけて口籠もる。
「何だよ?」
「こんな事を言っていいのかどうか分かりませんが、もし良ければ、その役を私にやらせて頂けませんか」
「いいけど……自信があるのか?」
「私も排除能力者です。能力者の思考回路はある程度理解しているつもりです。それに……単純にやってみたいんです」
「やってみたい?」
「私は古式の排除方法に興味があります。私にその力がなくても、楓さんのように、方法を指南するという関わり方も出来るかもしれないじゃないですか。だからやってみたい」
「楓は特殊だから、真似しても出来るようなもんじゃないと思うけどな」
「やってみないと分かりません」
三津家の口調からは強い意志が感じ取れた。
制止したところで納得はしないだろう。
「そうだな。それで気が済むなら、やってみればいいよ。困ったらバトンは受け取るからな」
「ありがとうございます。胸をお借りします」
三津家は一つ息を吸うと、大きく口を開いた。
「笹井さん、聞いてますよね。お話があります。出て来て頂けませんか?」
教室内に三津家の声が響き渡ると、前のドアが開き、バツの悪い顔で笹井が入ってくる。
さすがに、いつもの薄ら笑いは形を潜めているようだ。
「はじめてお話しますね、笹井さん。朝にも皆さんの前で名乗りましたが三津家陽向と申します」
「ああ……」
笹井は戸惑ったように俺と七原の間で視線を動かす。
嫌い合ってるとは言え、知り合いの俺達の方が話した方が余程やりやすいだろう。
だが、三津家に任せると決めたのだ。三津家がギブアップするまで、黙っておく事にした。
「戸山君の話も全部聞きましたか?」
「……うん。聞いてたけど」
「それは話が早いです――戸山君が語ったように、沼澤さんには特別な力がありました。こういう力、能力というものは希有ですが、確かに存在するものなんです。そして、この能力ってものは常人では有り得ないような事が出来てしまう代わりに、沼澤さんがそうであったように、日常生活に支障を来したり、時にはその力で社会不安を引き起こしてしまうもある。だから、私や戸山君のように、能力者を正常な一般人に戻す排除能力者ってのがいるんです」
「……そうなんだ」
笹井は少し気圧されたような顔である。
「最初に戸山君と話していた通り、この夢も誰かしらの能力によって引き起こされたものである可能性が高い。そして、戸山君の話では、あの件を知るのは戸山君と沼澤さん、笹井さんしかいないらしいですね。となれば、排除能力者の戸山君と元能力者の沼澤さんを外して、笹井さんしか残っていない。つまり、沼澤さんにあったような特別な力が、笹井さんにもあるって事です」
「わかってる。今更、信じられないとかごねたりしないよ」
三津家はこくりと一つ頷く。
笹井の物わかりが良いので、もう本題に入ってもいいと判断したってところだろう。
「私達は笹井さんの力も排除するつもりです。その為にはまず笹井さんの中にどうしてこんな力が芽生えてしまったのかをはっきりさせなければならない――それで私なりに考えたのですが、やはりそれは沼澤さんを責め立ててしまった事に対する強い後悔ではないかと思うんです」
「強い後悔……」
「沼澤さんも戸山君も誤解していましたが、笹井さんの沼澤さんに対する友情は確かなものだったと私は思ってます。たとえば、ホームルームで一人で反対意見を唱えた沼澤さんを諫めた事もそうです。あれは笹井さんのキャラにはない事だった。それでもリスクを取って、あんなことをした。入学前に『お互いに新しい友達を作ろう』と言ったのも、共依存の悪い関係を変えるべきだと、本当に真剣に考えた結果なのでしょう」
……なるほど。友情か。
言われてみれば、そういう観点もあるなと思う。
「では、なぜ笹井さんがあんな事をしてしまったのかという疑問が出て来ます――もちろん、一つは沼澤さんがクラスメートにすんなりと受け入れられた事に対する嫉妬があったでしょう。ですが、それだけじゃなかった――笹井さんが一番許せなかったのは沼澤さんが自分と目を合わせなくなった事なんだと思います。笹井さんは沼澤さんと距離を置いていましたが、決して沼澤さんの事を軽んじてた訳でも、拒絶してた訳でもなかった。むしろ、人間関係に疲れていた笹井さんにとって、沼澤さんの隣は帰れる場所、帰りたい場所だった――なのに、沼澤さんが自分から離れていってしまう。そう思った笹井さんは混乱し取り乱した。それがあの激情の原因です」
熱を帯びた三津家の言葉一つ一つに、笹井は深く頷く。
「そして、沼澤さんの転校によって二人の関係は唐突に区切りが付きます。それによって笹井さんには冷静に考える時間が出来た。笹井さんは思ったでしょう。沼澤さんに酷い事を言ってしまった。沼澤さんを傷付けてしまった。何であんな事をいってしまったのだろうか――自分に腹が立ったと思います。しかし、携帯が壊れた所為で沼澤さんへの連絡手段は無かった――笹井さん、あなたは沼澤さんにずっと謝りたかったんですよね? ずっと罪悪感に苛まれていたんですよね? だから、能力に目覚め、こんな夢を見るようになってしまった……ですが、戸山君の証言で分かったはずです。あの場面は沼澤さん側から見ると、全く別の話だったんです。思っていたものとは違っていたでしょうが、これが真実なんですよ。笹井さんが一方的に悪い訳ではないし、笹井さんが思うほど傷付けても無かった。幸いにも戸山君は沼澤さんの連絡先を知ってます。現実に戻れば、その連絡先を渡す事も可能でしょう。それからは、あなたの自由です。真実を確かめるなり、このまま触れずに終わらせるなり、好きな方を選べる……という事で、こんな夢を続ける理由は無くなったはずです。笹井さんの力も排除されてくれませんか?」
笹井は項垂れたまま頷いた。
それを見た三津家が俺の方を振り返る。
「戸山君、説得は終わりました。排除はお任せします」
「ああ、分かったよ」
左手を上げ、念じるとバットが出現する。
やはり夢ってのは便利で良いなと思う。
いつもはバットを鞄から取り出す瞬間が一番恥ずかしいのだ。
そんなどうでもいい事を思いながら、バットを振りかぶった。
「笹井、力と決別するって事を心に決めろ……よし、行くからな」
「……うん」
そしてバットを思いっ切り振り抜……けば、盛大な空振りである。
「え」
「え」
笹井と三津家が同時に声を上げた。
「失敗みたいだな」
「失敗って……」
「失敗は失敗だよ。まあ、三津家の言葉選びと勢いは良かったよ。笹井も空気に飲まれて、意志が決まったと思い込んでたからな。だけど、結局は沼澤の一回目と同じような失敗だよ。笹井に対する理解が足りてなかったんだ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だよ。沼澤との一件は、笹井の能力を生み出した直接の原因じゃないって事だ」
「は? じゃあ、何故あんなに時間を掛けて説明したんですか?」
「まあ、直接では無いけど、一因ではあるからな――思っていたものとは違っていただろうが、これが真実なんだよ」
「茶化さないで下さい!」




