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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第五章
140/232

排除2

「まだ残ってたんだね、美礼」

「……瑠華」


 二人の間に冷たく重い空気が流れる。

 そんな中、俺も口を開いた。


「いや、俺もいるからな。二人だけの世界に入るなよ」


 そんな俺の投げ掛けを無視して、笹井は話を続ける。


「最近、上手くやってるよね」

「……そうでもないよ」

「いや、上手くやってるよ。中学の時のあんたじゃ想像も出来ないくらい」

「――だから、俺もいるから。そういう昔話は別の機会にしてくれ」


 それはある種の心の叫びでもあった。

 この場さえ乗り切れば、沼澤の排除を終える事が出来る。その後に、幾らでもシリアスな話をすればいい――しかし、笹井は俺の言う事なんて全く聞く気が無いのだろう……。


「これも全て紗耶のお陰だね――紗耶は何故だか分かんないけど、あんたの事がお気に入りみたい。でも、こんなのはいつまでも続かないと思うよ。あんたなんかすぐに飽きられて、また元の嫌われ者……そう思わない?」

「俺はそうは思わないけどな。この一ヶ月で沼澤は変わったよ。しかも、それは沼澤が元から持ってる資質であって、それがやっと表に出て来たに過ぎ――」

「あんたには聞いてない! 黙ってて!!」

「いや、でも――」

「だから、黙ってろって言ってんの! 私は美礼に言ってんだから!」

「わかったよ」


 俺が何を言っても火に油を注ぐだけなのかもしれない――そんな事を思いながら、沼澤へと視線を向けると、沼澤はうつむいたまま机をじっと見ていた。

 沼澤は笹井に言われるまま耐え忍ぶと決めたようだ。

 その意志を尊重しよう。


「何で黙ってんの? あんたのそういう所、大嫌い。いつだってそうやって俯いて、イヤな事が通り過ぎるのを待ってる。そんなんだから陰気だって言われてバカにされるんだよ」


 それでも沼澤は顔を上げる素振りさえみせなかった。


「本当に不思議。信じられない。何で紗耶があんたなんかをかばうのか……ねえ、何でだと思う?」

「…………」


 笹井は、これでもかというくらい鋭く沼澤を睨み付ける。


「私がどれだけ苦労してると思ってんの。紗耶の顔色をうかがって、何でもかんでも紗耶の言う通りにして――それでようやく輪の中に入れて貰える」

「知ってるよ。瑠華の努力は……」

「だね。必死にびてる私を見て笑ってたんでしょ? ……まあ、それでもちょっと前までは納得できてた。あんたが底辺で、誰からも相手にされてなかったから。美礼みたいならなければ良いやと思えてた。本当ムカつく! 紗耶の気まぐれが無ければ、あんたは嫌われ者のままだったのに……ねえ、どうやって紗耶をたらし込んだの? どんなずるい手を使ったの?」

「…………」


 沼澤は痛感しているのだろう――自分の行動がどれだけ笹井を追い詰めていたか、を。


「また、なんにも言わない。都合が悪いとそうやっていつもいつも……ってか、こうやって話してるんだから、一度くらい私の目を見たら!?」

「……ごめん」

「最低。私なんか目も合わせたくないって事?」 


 笹井が吐き捨てるように言うと、沼澤は必死に首を振った。


「違うよ……そうじゃない……そうじゃないから」


 沼澤の頬を涙がつたう。


 焦りもあったのだろう。

 このままでは笹井との関係が二度と修復できなくなるかもしれない。仲が良かった中学時代まで否定する事になってしまうかもしれない。

 どこかで軽く考えていた。ちょっと悔しがるくらいだと思っていた――そんな自分を呪っただろう。


「何で泣いてんのよ。そうやって被害者づらするの!? 紗耶に告げ口でもするつもり!?」


 笹井は沼澤の肩をつかみ揺さぶった。


「本当最低! 目障りだから私の前から消えて!!」


 さすがに、ここまで来ると、見てるだけという訳にはいかない。

 俺は割って入ろうとして、笹井の腕を掴む。


「暴力はやめとけ」


 俺にそんな事をされると思ってなかったのだろう――笹井はビクリとして身をひるがえした。その所為で笹井のポケットから携帯が滑り落ち、画面に真一文字にひびが入る。

 さらに――俺も手を離せば良かったのだが、それに気付かず、後退あとずさりする笹井に引っ張られてしまった。足下の携帯を避けようとしたが、持ち前の運動神経の無さが災いして、むんずと踏んづけてしまう。


 携帯の画面は無残にも粉々に割れていた。


 笹井は無言でそれを拾い上げ、きびすを返す。


「いや、待てよ。弁償するから」


 その制止を聞かず、笹井は教室から走り去って行った。



「戸山君、めっちゃ話にからんでるじゃん」


 と、七原。

 そして隣で三津家が眉間みけんしわを寄せながらつぶやく。


「確かに最近の携帯が床に落としただけで、あそこまで粉々になるとは思えませんでした。そういう事だったんですね」


 三津家は変なところで理屈っぽい。


「思い返してみれば、こんな出来事を笹井が忘れてる訳がないよな――それでも俺の話を端折はしょったのは、笹井にとって俺の行動が本編と関係の無いわちゃわちゃだったからだろう。俺が出て来たら、何を伝えたいのか全く分からなくなる」

「なるほど。そういう事ですか」

「あの二人だけを見てたら、笹井が一方的に怒りをぶつけていったように見えただろ? だけど、実際は俺が笹井をエスカレートさせてしまってたって部分もあるし――結局、沼澤がやったことを考えれば、笹井だけを責める訳にはいかない。お互い様ってところだよ」

「そうですね……沼澤さんはどれだけ言われても、笹井さんと目を合わす気は無かったって事ですか……それだけ、笹井さんはだましたくない相手だった……」


 七原も納得顔で頷く。


「だから、戸山君は沼澤さんに笹井さんと目を合わせる事を強要しようとしたんだね。あの時は何でそういう切り口で話し出したのかピンと来なかったけど」

「そういう事だよ」

「それで、その後は?」



 俺は項垂うなだれる沼澤に声を掛ける。


「沼澤、あんまり自分を責めるなよ」

「むしろ心配なのは瑠華の方だよ。瑠華は優しいから、絶対自分を責めると思う」


 それについては一言も二言もあるのだが、それを飲み込んで話を続ける。


「そうならないようにする為には、やはり能力を消して話し合いをする必要があるよな」

「そうだね。わかってる……」


 そう言うと、沼澤は姿勢を正し、頭を下げた。


「戸山君、改めてお願いします。私の力を消して下さい」



「排除は三分で終わったよ。そして沼澤は教室を飛び出して行った。だけど、沼澤は笹井を見つける事すら出来なかったんじゃないかな。携帯も無かったし」

「そうですか」

「次の日以降も、沼澤はクラスメート達とは仲良くやれてたよ。そりゃあ、能力がある時ほど上手く行ったとは言えないけど、それでもちゃんと出来てた。だけど笹井とは、あれだけのことがあっただけにな」

「最後まで上手く話せなかったって事ですか?」

「ああ。俺が能力の事は一切言うなって言った所為でもある。だけど、そもそもあんだけの事があれば、しばらくは冷却期間がいるもんだろ? どうにもならなかったと思う」


 それに、俺もそれどころではなかった。

 夏木の件が進展を始めたのだ。

 実行委員としての仕事が更におざなりになって、藤堂やその他のクラスメート達には白い目で見られたが、それは仕方の無い事だった。





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