能力の活用
「あんなに自信ありげだったのに、何なの?」
「そりゃあ自信があるフリくらいするよ。沼澤に信じて貰わないと、力を消せるかどうか試す事も出来なかっただろうから」
失敗したという引け目もあるが、それでも沼澤を真っ直ぐに見た。ここで話を終わらせる訳にはいかない。
「……じゃあ、何が駄目だったの?」
「多分、能力と決別する意志が弱かったって事だよ。表面的には納得できても、心の奥底ではそうじゃなかった」
「なるほど……」
「心当たりでもあるのか?」
「無いけど、確かにこの力を捨ててしまうのは惜しいと思うかもしれない――で、どうするの? 戸山君の目的は私の力を消す事だったんでしょ?」
「いや、まだ諦めてないよ。もうちょっと試してみたい事があるんだけど……いいかな?」
「何かにも依るけど」
「ここは思い切って能力を使ってみて欲しいと思ってる」
「え?」
「文化祭で思い出を作りたいんだろ。それが終わったら力への未練も無くなって、力を消す事が出来るかもしれない」
「駄目だよ。私は絶対にそんな事はしない。さっきも言った通り、この力は瑠華には使いたくないから」
「俺は別に笹井に力を使えって言ってるんじゃないよ」
「どういう事?」
「藤堂に力を使えって事だ。そうすれば、多数決を覆す事が出来る。そしてクラスは一気に文化祭ムードになる――」
「本当に沼澤さんに能力を使わせるんですか? それで逆効果になる事は考えなかったんですか?」
三津家が訝しげに俺を見る。
「もちろん、それも考えたよ。能力が使えるものだと知る事で、沼澤は力に執着してしまうかもしれない」
「じゃあ、何でこんな事を?」
当時の俺の真意としては、排除は出来なくても良かった。沼澤はどちらにしろ文化祭が終われば転校する。そうなれば、転校先の排除能力者に任せればいい。排除できればそれ以上の事は無いが、出来なくてもいい――そう考えていたのである。
だが、そんな無責任な話を三津家にする訳にはいかない。
「……だけど、沼澤が能力へ依存する可能性は低いと思ったんだよ。沼澤は沼澤自身が思ってるほど陰気でも無いし、コミュ力が低い訳でもなかったからな」
「どういう事ですか?」
「沼澤がオドオドしているのは自己演出の一種だよ。本当はそれほど気が弱い訳でも無い。発言を聞いてれば、むしろ強気な一面もあったりする」
「自己演出……ですか」
「沼澤は常識もあるし、空気も読めない訳じゃない。気後れするだけで他人と話す事が出来ないという訳でも無い。人の輪の中に入っていく力が、それほど劣っている訳では無かった――沼澤に足りなかったのは切っ掛けだよ。不運が重なって、人に交ざる機会が無かっただけだ。だから、能力を使う事で、ある種のリハビリになると思った。沼澤の一番の問題は、自分に必要なのは笹井だけだと思ってる事だったからな」
「ですが、それは綺麗事じゃないですか? 能力の利便性を知れば、それから離れられなくなってしまう可能性は十分にあった」
「まあな。でも、沼澤は力を使う事に拒否反応を示していただろ? だから大丈夫だと思ったんだよ」
「ですが――」
「わかってるよ。今思えば、力を使わせるという選択は間違いだよ。浅はかだったと思う。今だったら別の手を考えたかもしれない。だけど、迫り来る時間の中でそれを選ぶしか無かったんだ」
「で、どうなったんですか?」
「いや、三津家が止めたんだろ」
「そうですけど、続きが知りたいです」
「わかったわかった」
当時の俺が口を開く。
「さっき沼澤が言った通り、クラスが一丸となって文化祭に取り組む空気が出来上がれば、自然と沼澤も輪に入っていけると思う。そうすれば、笹井とも上手くやれるんじゃないか?」
「でも、それも偽物じゃないの?」
「それは沼澤が決めろよ。だけど、それを言うなら、藤堂のは何だよって話になる。あんなのはコミュニケーションじゃない。他人をマウントする格闘術みたいなもんだ」
「でも、それが藤堂さんだから」
「この力も沼澤のものだよ」
「そうだけど……」
「いいから、やってみろよ。少しくらいのチートがあってもいいだろ。どちらにしろ、この機会を逃せば、二度とチャンスはなくなる。あとは模造紙展示の退屈な作業が残るだけだ。それも嫌だろ?」
「……そうだね」
「だろ。これで、能力を消す事が出来れば、俺としても一件落着になる。だから、これで片を付けて欲しい」
「そうだね……わかった。で、どうすればいいの? どういう風に力を使えば?」
「どういう風にも何もないよ。明日の朝、学校に来たら藤堂と目を合わせて、カフェがやりたいから、そっちに票を入れて欲しいと頼めば良いだけだ。目を合わせる時間は……そうだな……さっき俺にやった三秒くらいが目安だと思う」
「それだけでいいの? 他には?」
「必要と思うなら、他のクラスメートにも力を使えばいい。俺は藤堂だけで十分だと思うけどな」
「でも、私はこの力を男の子には使いたくない。男子女子同数なんだよ。大丈夫なのかな」
「いやいや、藤堂を嘗めたら駄目だよ。藤堂が意見を変えれば、ほとんどの男子生徒も空気を読んで、それに追従する」
しかも沼澤の武器は能力だけじゃない。その制服を押し上げる胸部を考えると、能力なんて無くても、沼澤の方に票を入れたいと思う男子生徒は少なくないはずだ……なんて事を思ってしまう。
当時の俺越しに、今の俺をじっと見て来る七原の視線が痛い。
一瞬、目線が下がった事から、当時の俺が考えた事を全て読み取ってしまったのだろう。
「必要なら守川にも票を入れるように言っておくよ。足りないと思ったら、俺も手を挙げる。それでいいだろ?」
「う、うん」
「まあ、とにかくだ。明日の朝、藤堂の目を見る。それでゲームは決まるはずだ」
「わかった――じゃあ、明日よろしくね」
「え。俺も行くのかよ」
「だって、一人だと不安だし」
「でも、俺には模造紙展示の案があるんだ。ころころと意見を変えたら、嫌われるだろ」
「変わらないでしょ。最初から嫌われてるんだから」
そう言った沼澤と一瞬視線が交錯する。
「……わかったよ」
仕方なく、俺も一歩後ろを付いて行く事にしたのだった。




