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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第五章
125/232

真実3

「私?」

「ああ。楓は七原を指名したんだ」

「でも、楓さんとはさっき初めて会ったばかりだよ」

「悪いけど、楓には七原の事も色々と話してるんだよ。能力者の事は細かく報告しろと言われてるからな」

「そうだったんだ……それはいいけどさ、私が代役ってのは色々と無理があるでしょ。私が排除されたのは最近だし、クラスメートに少しでも聞き込みをされたら、先週のゴタゴタがバレるよね?」

「別に排除自体は最近の事でも支障は無いよ。大事なのは俺が誰の力を排除したかったかって所だけだから」

「じゃあ、どういう風に説明するつもりなの?」

「楓とは、七原と出会ったのは去年の四月という事にしようという話になってる」

「クラスが違うけど、どうやって出会った事にするの? 実際、二年生になるまで、私達はお互いの事を全く知らなかった訳だし」

「そこら辺も、楓は考えてるよ――去年の四月、俺は文芸部の部室に向かう七原を見かけて、一目惚れした。そして文芸部への入部を希望するが、七原には人の心の声が聞こえる能力があり、俺のよこしまな思いを知り、入部を阻止した――なんて感じで出会った事にすれば良いんじゃないかと言ってる」

「まあ、それなら辻褄つじつまが合わせられない事は無いね。文芸部は最初から私一人だったから」

「最初から?」

「うん。小学校の時からの先輩に『廃部にしたくないから』と頼まれて、入れ代わりで入ったの」

「なるほど」

「だから、その点では無理な話ではない……となると、もっと細かい部分を詰めていかないといけないね」

「それも幾らか考えてるよ――俺は入部を拒否されても諦めなかった。いくら邪険じゃけんにしても俺は七原に付きまとう。そんな日々の中、俺達は楓に出会うんだ」

「楓さんとは、どうやって出会った事にするの?」

「楓はSNSで『超能力者募集』と呟いていた」

「そんな安易な」

「その安易でイカれた呟きに興味を持った七原は、楓と連絡を取った。七原は楓と一人で会う事に不安を感じ、俺を一緒に連れて行く。そこで俺が排除能力者としての才能を見いだされたという訳だ。俺は七原の能力を排除する為に、力の弱い能力者から排除を始める。そして、最近ようやく七原の力を排除する事に成功した――と、ここまでが楓の考えた台本だ」

随分ずいぶんと出来上がってる話だね」

「ああ。さっきも言った通り、楓は計算高いし、執着心が強いんだ」

「本当にそうみたいだね……他に方法が無いのなら仕方ないよ。分かった。引き受ける」

「いや、七原。待ってくれ」

「ん?」

「ここからが俺の頼みなんだよ」

「戸山君の……頼み?」

「七原には、この代役を断って欲しいんだ」

「どういう事?」

「そのままの意味だよ。俺は楓に逆らえない。でも七原には、それが可能だ。優奈達の事も古手の事も何も知らないフリをして断って欲しい」

「じゃあ、何で私にここまで話したの?」

「七原に本当の意味で俺の協力者になって欲しいからだよ。楓ではなく、俺の協力者だ。俺は楓のやり方が全て正しいとは思えないし、無理に従うつもりも無い。七原には、この役をやらせたくないんだよ――七原への頼みは簡単な事だ。手間は取らせない。おそらく、楓から連絡先を渡されてるだろ? そこに連絡して、代役の話になったら断れば良いだけだ」


 七原はに落ちたというよな顔をして、ポケットに手を入れ、折りたたまれた紙を取り出した。


「何で分かったの? 車に乗ってる時に、これを渡されたの。戸山君に見えない角度で渡されたから、戸山君といる間は開いちゃいけないんだと思って、まだ中は見てないんだけど」

「あいつはそういう奴だよ。他人を信用しない。俺の事も信用してない。七原に興味を示していたから、自分の手駒にする為に直接連絡を取ろうとするはずだと思ってた」

「なるほど……でも、何で断らないといけないの? 私は出来るよ。私が断ったら他の人がその役をやるだけでしょ。遠田さんとか」

「そうだな。遠田だと去年は同じクラスだ。話が合わせやすい」

「何で戸山君は私じゃダメだと思うの? 楓さんが私を指名したのなら、それが一番良いはずでしょ」

「確かに、この役は想定外の事が起きても対応できる人物がいい。その点だと、七原は合理的な選択肢だと思うよ」

「ありがとう。その評価は嬉しいよ。でも、そう思ってくれてるんだったら何で?」

「俺的には、やっぱり七原に平穏な生活に戻って欲しいと思うんだよ。この代役を引き受けたら、途中で放棄するという訳にはいかなくなる。この一線を越えたら、本当に戻れなくなるんだよ。七原も当事者の一人になってしまう」

「覚悟は決めてるって何度も言ってるでしょ。話をはぐらかさないで。私は、何で私に代役をさせたくないのか聞いてるの。私が戸山君に告白したから?」

「声が大きいだろ」

「ごめん。でも、そういう事なんでしょ? この台本だと、私と戸山君は恋人役って事になると思う。一年も掛けて自分を救ってくれた人が自分に好意を持っているのを知ってるのに、知らん顔して平然と一緒にいるとしたら、おかしいもん」

「まあ、そうだな。恋人役か、それに近い存在って事になるかもしれない。でも、それで七原を代役にしたくないって言ってる訳じゃないよ。楓が俺達をもてあそんで楽しんでいるふしがあるってのも些細な問題だ。一番重要なのは七原を巻き込みたくないって所なんだよ」

「そうやって、また私を邪険にする。戸山君は遠田さんだって雪嶋さんだって平気な顔で利用している。何で私だけ蚊帳かやの外なの?」


 うーん……面倒な事になってきたな。


「別に蚊帳の外ってわけじゃ……ただ危険に巻き込みたくないだけで」

「蚊帳の外だよ。自分だけ日常に戻るなんて有り得ないから。恋人役でも愛人役でも何でもいい。何でもこなしてみせるし、途中で投げ出すような事はしない。っていうか、そんな事にくじけるのなら、もうここにはいないはずでしょ? 私は司崎さんの件も、小深山君のお兄さんの件も乗り越えたんだから。むしろ、戸山君がダメだって言ったって、この件から手を引くつもりは無いよ。これが楓さんの連絡先というのなら、直談判してもいい。その役を私にやらせて下さいって」


 七原は立ち止まり、真っ直ぐに目を向けてくる。

 どうにも俺は、この目に弱いみたいだ。


「わかったよ。そこまで言うなら七原を止める事は出来ないよ。今の話は忘れてくれ」

「待って」

「は?」

「まだ、何で戸山君が私を邪険にするか聞いてない」

「いや、だから違うって。邪険になんかしてない。ただ心配してるだけ――」

「私のどこがダメなのか教えて。そうするまで納得できない!」


 七原は完全に頭に血が上っているようだ。

 納得できる答えが提示されるまでテコでも動きそうに無い。


 当人は伝わりづらいものだなと思う。

 ここまで巻き込みたくないと思うのは何故か、それは誰が見ても明白な事だろうに。

 どうやら言葉にするしかないようだ……。


「……七原の事が好きだからだよ」

「え?」

「七原が好きだから、危険な事に巻き込みたくないと思うんだよ」


 全く想定していない答えだったのだろう。

 七原の顔が固まる。

 そして数秒の沈黙の後、せきを切ったように喋り始めた。


「え? え? えーー? 待って。嘘……だよね? 私をなだめる為に嘘ついてるんだよね?」

「さすがに、こんな嘘を吐いたら人間性を疑うだろ」


 全部本当だ。

 それはまぎれもない真実である。


「でも、それが本当なら、こんなに淡々たんたんとしてるはずがない。絶対嘘だ」

「元々こういう喋り方だよ。心臓はバクバクいってるからな。痛いくらいだ」

「信じられない」

「まあ、信じてくれよっていうには、俺は日常的に嘘を吐き過ぎてる。でも、本当の事なんだよ」

「じゃあ、いつから? いつから、私の事が……好きなの?」

「七原の告白からか、それより前からか。自分でも、どの時点をそう言うかは分からない。でも、こうやって一緒に行動していく中で、七原への気持ちが抑えきれないくらいに強くなっていっているのは事実だよ。今更、信頼なんて言葉では片付かないくらいに」

「本当に?」

「ああ。本当だよ。七原の事が好きだからこそ、七原を巻き込みたくなかった。もう七原の泣き顔を見たくなかった。小深山兄の件だって、俺といなけりゃ、あんなに傷つく事はなかった。司崎の件だってそうだ。あんなに危険な目に合わせてしまった」

「まあ、理屈としては納得できるよ。でも、まだ信じられない。先週までは、私の事を何とも思ってなかったでしょ。何で私なんかを好きになってくれたの?」

「古手の排除能力者なんてものをしてると、元能力者に好意を持たれるのは、よくある事なんだよ。元能力者は『救って貰った』なんて事を思うからな。でも、七原は俺が排除をする前から好きだったと言った」

「うん。だって、本当にそうだったから」

「そんな事を言われたのは初めてだったんだよ。そりゃあ、ノックアウトされるだろ。こんなに魅力的な人が純粋に俺を好きだって言ってくれたんだ」

「じゃあ何で、そう言ってくれなかったの?」

「さっきも言った通り、優奈達の事がある以上、浮かれた事は考えてられなかったというか……まあ、考えてられないんだよ。正直なところ。俺の中で一番優先すべき事は優奈達の排除だ。俺が投げ出してしまえば優奈も麻里奈も失う物が大きすぎる。始めたからには最後までやる責任があるんだよ」

「そっか……そうだね」

「ストーカーと恋愛の両立は無理だろ?」

「まさか、ストーキングを優先されて振られるとは思わなかったよ」

「振ってないから、待ってくれるのなら、待って欲しいと思ってる」

「……何度も言ってるけどさ、戸山君。私は待つつもりはないよ。私は戸山君と一緒に頑張りたい。一緒に頑張って、優奈ちゃん達の力を排除しよう。それで、もう一度気持ちをフラットにしてから、告白して欲しい」

「俺がすんのかよ」

「うん。今みたいな伝わらない告白は納得できない。無しだよ。無し」

「わかったよ。でも、優奈達の排除の終わる頃には、俺に嫌気が差してると思うけどな」

「心配しなくても大丈夫だよ。私は前より、もっともっと戸山君が好きになってるから」


 そう言って七原は微笑む。

 そして、俺達は惹き付けられるように見つめ合った。

 数分だったか、数時間だったか。

 七原から目が離すのが恐いと思うほど、心が満たされていた。


 だが、浮かれてはダメだと、必死に自分に言い聞かせる。


 俺達は再び遠田の家へと歩き始めた。


「でも、七原が代役を引き受けるとなると、結局、楓の思い通りだな」

「そうだね。楓さんが許せないって感覚、私も分かって来たよ――で、この連絡先はどうしたらいい?」

「とりあえず、中を見てみよう。楓の事だ。まったく関係ない事が書かれてるかもしれないしな」


 七原はその手紙を開くと、引きつった顔で俺に手渡す。

 それを見ると、そこには汚い字で『ノゾミとお幸せに』とだけ書かれていた。


 ……完全にやられた。

 手の平の上で踊らされていたようである。


「俺が七原への気持ちを抑えられなくなってる事に気付いてたみたいだな」

「だとしても、こんな手紙を寄越よこす必要ある? こんな事されたら、今の告白が茶番に思えてくる――戸山君、今度楓さんに会う時は私の分のバットも用意しておいて」

「だな。顔面二連突きだ」


 そんな事を言ってると、告白から続いている緊張感も少しは和らいだ。

 その面では楓も役に立ったという事だろう。


「それより、遠田の排除の前に代役の話を詰めておかないとな。俺と七原が違う説明をしたら目も当てられないだろ」

「そうだね……まだまだ夜は長くなりそうだね……って、そういえば戸山君の家族は大丈夫なの? 毎日のように、こんなに遅くまで出歩いてたら、いくら男の子でも注意くらいされるでしょ?」

「大丈夫だよ。二人ともロンドンにいるから」

「は?」

「海外赴任ふにん中だよ。俺だけ日本に残ったんだ。優奈達を残して海外なんて行けないだろ」

「待って待って。聞いてない」

「言ってないから」

「いつから?」

「もう半年以上前からだよ。最初の頃は慣れなかったけど、遠田や楓が世話を焼いてくれたから助かったよ。本当に一人だったらどうにもならなかった」


 七原は立ち止まり、口を開く。


「ちょっと待って。何その中学生の妄想みたいな生活――ってか、それ以上に許せないのは私だけが知らなかった事だよ。何で言ってくれなかったの?」


 一体いつになれば遠田の家に辿たどり着くのだろう……。

 そんな事を思いながら、七原をなだめるのだった。



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[良い点] 鈍感ヒロイン、ヨシ!(※指差し確認
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