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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第五章
123/232

真実


 先に玖墨の家から出て待っていると、七原がミツヤに挨拶を済ませ、追いついて来た。


「これからどうするの?」

「今日はここらにしておこう。遠田の家まで送るよ」

「うん。ありがとう」


 しばらく無言で、玖墨の家からの急坂を下って行った。

 山の上から吹き下ろす風が冷たい。

 周囲を気にしてみるが、たぶん尾行は付いていないだろう。今の時点で、ミツヤに俺の尾行をする意味はないはずだ。


 さて、七原に話さないといけない事が山ほどある。何から話すべきだろうか……。

 そんな事を考えていると、気付けば七原がこちらをじっと見ていた。


「……可愛い子だったね」

「そんな感想かよ」


 俺が突っ込んでも、七原は至極しごく真面目な顔である。


「いや、何であんな可愛い子が排除能力者をやってるのかなって思って」

「ああ……そうなると割と良い感想だな」

「どういう事?」

「新手は人工的なものである以上、人材を確保するのは古手より簡単だ。でも、新手になる潜在能力者をどこから調達するかが問題になってくるんだ。排除なんて面倒な事をやりたがる奴なんて、そうはいないだろ」

「そうだね」

「新手の実情は、そのほとんどが更生施設に入れられてる元能力者なんだよ」

「本当?」

「ああ。本当だよ。ミツヤも、おそらくその一人だ。ミツヤ達は自由を制限され、施設の管理下におかれながら、外に出る為に排除能力者になるんだよ。そうすれば、施設の中にいるより多少は自由があるし、社会復帰までの期間が短くなったりする」

「元能力者は安全だと判断されるまで社会に戻れないって話だったよね。その期間を短くしたり長くしたりするなんて事が許されるの?」

「いや、そういう事じゃなくてさ、外に出て色々なものに触れる事で、能力の危険度合いが減じたりするんだよ。それが何故かも解明されてないんだけど」

「じゃあ、元能力者をどんどん外に出していけばいいんじゃないの?」

「いや、元能力者が問題を起こしてしまう可能性もあるからな。洗脳で得た能力ってのは何かの切っ掛けで本物の能力に塗り変わってしまったりするんだ。だから、能力者の発生状況によって、外に出される元能力は調整されている」

「という事は、任務の成果が悪ければ、チャンスを貰えなくなる事もあるって事?」

「ああ。その通りだよ。だから、あいつらは必死なんだ」

「なるほど。そんな事情があったんだ……」

「ミツヤが古手に嫌悪感を抱いてるってのも分かるだろ? 古手に排除されていれば、施設送りになる事は無かった。だから、俺はミツヤに『能力者を施設送りにしたくないから排除しないでくれ』と言ったんだよ。そう言うのが新手には効果的だって、楓から聞いていたからな」

「そういう事か……」


 七原はうつむき立ち止まる。


「……ねえ、戸山君」

「何だよ」

「私がもし新手に排除されてたら、どのくらい施設にいなきゃいけなかったの?」


 七原は顔を上げると真っ直ぐと俺を見た。俺が誤魔化そうとしていないか見定めようとしているのだろう。


「そんな事、知らねえよ」


 俺が再び歩き始めると、俺の顔を覗き込みながら七原が付いて来る。


「嘘は駄目だよ、戸山君。その顔、その声、その息づかいで戸山君が嘘をついてるって事が分かるんだからね」

「いや知らないってのは本当だよ。そもそも俺がどうやってそんな事を知り得るんだ?」

「楓さんに聞いたとか?」

「楓もただの排除能力者だぞ」

「でも、さっき楓さんが博学だって話を聞いたよ」

「そうだけどさ」

「例えば五年……とか?」

「だから知らねえから」

「じゃあ、三年……あ、ちょっと近づいたっぽいね」

「それを明確にする事に何の意味があるんだよ」

「……知っておきたいから」


 本気の七原を騙し通すのはほぼ不可能だ。

 ここまで来たら、下手に憶測されるより、話した方がいいのかもしれない。


「……あくまでも楓の見解だけど、少なくとも高校卒業は施設の中だっただろうって話だよ」

「そっか……そうだったんだ」

「別に俺に恩義を感じる必要なんてないからな。俺は目の前に現れた能力者なら、中谷みたいなクズでも排除するから」

「でも……戸山君には改めて言いたいよ。本当にありがとう。出会えたのが戸山君で良かった」

「だから、七原がそんな事を思う必要は無いよ。そもそも七原が能力者になったのは七原の所為じゃない。この街では能力者が生まれやすい状況にあったんだよ」

「さっき言ってた能力者の坩堝るつぼって話?」

「ああ。楓はメルティングポットって呼んでたから、坩堝と言われてもピンと来なかったけどな」

「やっぱりそういう事だったんだ。能力者が大量発生するって、まさに今の状態だよね――いつから、こんな事になってたの?」

「楓によれば、何年も前から、それに近い状態にあったんじゃないかって事らしい」

「そんなに前から?」

「ああ。そんなに前からだよ。じゃないと、七原や遠田は能力者になってなかったはずだ」

「そっか……って、ちょっと待って。遠田さんも能力者なの?」

「気付いてなかったのか?」

「いや、確かに遠田さんは特別だと感じてたけど……じゃあ、もしかして守川君の怪力も?」

「いや、あれはただの怪力だよ」

「そっか。そうだよね。保育園からだもん」

「あいつだけは常識とかそういうものから除外して考えてくれ」

「わかった――で、遠田さんにはどんな力があるの?」

「『触れた者を自分のとりこにする』って感じかな」

「なるほど。魅了系って事だね」

「ああ。系統で分けると、そうなるかもしれないな。ヤンキー時代、遠田が何故それ程までに強かったのか――それを考えてみたんだよ。確かに遠田は生まれつきの運動能力も高いが、それだけじゃ説明出来ない。そして、遠田の力の本質はその拳にあるという答えに行き着いたんだ。遠田の手が触れるだけで、相手は虜にされ、戦意が削ぎ落とされる。それを見た周囲は遠田に警戒し、腰が引ける。その間に遠田は拳で次々とヤンキー達を魅了していった。それが遠田劇場の仕掛けだよ」

「遠田さん本人に力を使ってるという意識はあるの?」

「いや、遠田は無自覚で能力を使ってるよ。自分が能力者だという意識は全く無い」

「だよね。そんな感じがした」

「ヤンキーを卒業した今でも、女子生徒同士の何気ない接触、廊下を歩いていて手がぶつかる――そういう偶発的な接触により信者を増やしているんだ。タチが悪いのは、遠田は何かに感動した時や喜びを分かち合う時に握手を求める。もちろん、俺はそんなのには引っ掛からないが、普通なら勢いに負けて応えてしまうだろう。おそらく、一番接触の多い藤堂がCSFCの筆頭となっている。CSFCの実態は藤堂のイカれた思い付きに、他の遠田信者が振り回されているという構図なんだと思うよ」


 青髪の男こと辻平が、あんな風になってしまったのは遠田への歪んだ愛情の結果なのだろう。自分を認めて欲しいという欲求があんな行動に繋がってしまっているのだ。


「何で戸山君は遠田さんの能力に気付きながら、排除をしてなかったの?」

「さっきミツヤと話してただろ、俺が古手としては修行中だって話を」

「うん」

「古手は排除を重ねるほど、その力が強化されていくんだ。俺がやってるのは、いわばボスを倒す為にザコキャラを倒してレベル上げをするような工程なんだよ。遠田の力を残したのは遠田をにする為だ。遠田の力に引き寄せられて来る能力者を、俺が排除している」

「何で遠田さんだけ? 私や小深山さんも戸山君に協力するって言ったけど」

「ああ、協力的な能力者は他にもいたよ。だけど、遠田を選んだのは遠田本人が自分の力に気付いてなかったからだ。能力を自覚している能力者は危険度が高い。それと、遠田の能力の発動条件が『触れる』という分かりやすいものだったってのもある。この発動条件なら、俺が不意に掛けらてしまう心配がない。さらに、この種の能力は効果を分かってれば、意識次第で耐える事が出来るというのも都合が良かった」

「なるほど」

「他にも理由は沢山あるよ。遠田の力がはたから見て分かりづらいものである事。接触をしばらく行わなければ、効果が切れるという期限付きの能力である事。それらを加味すると、これ以上無いくらいに好条件だった。もちろん、後ろめたい気持ちはあったよ。だけど遠田以外にいなかったんだよ」

「私にこの話をしたって事は……」

「ああ、その通りだよ。これから遠田の家に行って、力を排除するつもりだ。新手がこの街に来た以上、遠田を放置できない。遠田の気持ちを無視して巻き込んだ分、せめて遠田の力は俺が責任を持って排除する。俺に出来る事はそのくらいしか無い。真実なんて話せないからな」

「なるほどね」

「最低なやり方だろ?」

「うん、そうだね。確かに最低だと思う。でも、ミツヤさんとの話を聞いて分かったよ――そこまでしなきゃ大切な人は守れなかった。戸山君は優奈ちゃんの力を排除する為に排除能力者になったんだよね?」

「そうだな……正解に近づいてきているって感じかな」

「何? その言い方」

「これから説明するよ、今まで七原に隠してきた事を。だけど、その前に一つ約束して貰いたい。今夜、見聞きした事は他言しないでくれ。特に優奈達には絶対に言わないで欲しい」

「うん」

「ミツヤが言った事も全部だよ。排除能力者には新手と古手ってのがいるって話も含めて」


 その事に関しても口止めされるのは想定外だったのだろう。七原がいぶかしげな表情を浮かべる。


「ちょっと待って。優奈ちゃん達はその事実を知らないの?」

「ああ。優奈達には、そういう事は一切何も伝えてないんだ」

「そうなの? 優奈ちゃん達は全部知ってるものだと思ってたけど」

「違うよ。俺が一番に騙さないといけないのは優奈達なんだ」

「どういう事?」

「その話を、これから話すよ。長い話だから、順を追って説明していいか?」

「……うん、わかった」


 七原は幾つも思い浮かんだ質問を喉の奥に押し込むといったような顔で頷いた。


「じゃあ話すよ――俺と双子の付き合いは彼女達が隣に引っ越して来てからだって話はしたよな」

「うん」

「あの時は省略したが、実際は双子が越してきた当初は挨拶でさえしないような関係だったんだよ。母親の蓮子さんに街を案内してくれと頼まれたり、親同士が仲良くなって交流が出来ても、俺と双子は一歩でさえ歩み寄ろうとしなかった」

「本当に?」

「ああ。俺達はお互いに全く干渉しなかった。俺と双子の間柄は無関心から生まれた関心だったんだよ。ここまでお互い無関心でいられる相手は好ましい。そんな感じで徐々に打ち解けていったんだ」

「結局、打ち解けはしたんだね」

「そうだな。でも、その間には長い時間が必要だった。俺が双子を見分けられるようになったのでさえ、隣に越してきてから三年経ってからだった。ちょうど、そんな頃に楓が現れたんだよ。偶然、双子の家から出て来る楓に出会でくわした。なんせあんな異様ななりだろ? どうしようもなく気になって、双子に聞いてみた。だが双子は答えない。だから蓮子さんに聞いてみたんだ。それで分かったのは、蓮子さんが内向的な双子を心配して、知り合いのスクールカウンセラーである楓に相談し、以前から定期的に家に来て貰ってるって事だった。俺的には『おかしいだろ。何でスクールカウンセラーの髪が真っ赤なんだよ』なんて事を思ったよ」

「確かにそう思うよね」

「でも、俺は何も言えなかった。俺もただの内向的な中学生だったからな。俺は少しもやもやとした気持ちを抱えながら、俺には関係ない事だと日常を送っていた。そんなある日、いきなり楓がウチに訪ねて来たんだ」

「いきなり?」

「ああ。楓はいつだって何もかもが唐突だった。楓はインターホン越しに言ったんだ――ノゾミ、君に真実を話す時が来たよ」




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