ミツヤの目的2
「あまり面倒な事を言わないでくれ。俺は他人を巻き込むのも、他人に巻き込まれるのも嫌いなんだよ」
「ですが、戸山さんは七原さんの力を借りてますよね?」
「いや、正直困ってるんだよ。危険だから付いて来るなと言っても、七原が聞かないから」
「そうなんですか? 七原さん」
ミツヤは七原に視線を移す。
「うん。私は私の意思で戸山君に付いて行ってるんだよ。戸山君の手助けがしたくて……」
「そうだったんですか。こんな事に好き好んで首を突っ込むなんて、相当な物好きですね」
「違うから!」
「戸山さん、七原さんにきちんと排除の危険性を説明してますか?」
「ああ、もちろんしてるよ。それでも聞かないんだ。まあ、今は好奇心の方が勝ってるだけだろう。そのうち、必ず音を上げるよ」
「……でも、戸山君と一緒にいて不安を感じた事は、まだ一度も無いからね」
七原は自然な口調で、そう言った。
そんなはずは無い。
発火、洗脳、暴力。
七原も能力者達の危険性は十分に感じ取っているだろう。
それでも七原がそう言うのは、話の流れを汲んでの俺へのアシストなのだろう。
発言の趣旨もタイミングも適切で、非常にありがたい。
「まあ、七原にはこんな感じで付き纏われてるんだよ。だけど、俺はやっぱり一人が良いんだ。それが一番身軽でいい。何の責任も無いからな。なのに、七原にミツヤも加わるとなれば、重荷だと思うのも当然だろ?」
「私は排除能力者ですよ。一緒にしないで下さい。背が小さいので嘗められがちですが、私の経験値は戸山さんよりずっと上ですからね」
ミツヤの目に静かな怒りが宿る。
彼女は実力を低く見積もられるのを相当に嫌うらしい。
「わかってるよ。そういう意味で言ったんじゃないから。ミツヤの実力は、この状況下で、ここにいること自体が証明してるだろ」
「そう思って頂けているなら、なぜ私を邪険にするんですか?」
「そういうのが面倒なんだよ」
「なんなら黙ってましょうか?」
「それだって気を遣うだろ」
「では、どうしろっていうんですか?」
「俺の事は放って置いてくれ。要求はそれだけだ」
「私も任務ですから、それは出来ません――必ず役に立ちますよ。そばに置いて下さい」
「まあ、役には立つだろうけどさ、いつもそうだとは限らないだろ? 新式が苦手とするタイプの能力者だっているはずだ」
「そうですね。でも、私達が苦手な能力者は、もれなく古手にとっても戦いづらい相手だと思いますけどね。古手が優位な状況なんてありますか?」
「具体的には思い浮かばないけど……」
「ですよね」
「……じゃあ、まあいいよ。気は進まないけど、今はこの状態を受け入れるしかない」
「本当ですか? 受け入れてくれるんですか?」
「ああ――ただし一時的なものだけどな」
「どういう事ですか?」
「さっきの話が本当なら、俺の実力がミツヤより上だと認めさせれば、放って置いて貰えるようになるって事だろ?」
「ああ、そうですね。だけど、そう簡単には認める事はできませんよ」
「認めて貰えるように努力するしかないなら、そうするよ。面倒だけど仕方ないだろ」
「そうですか。戸山さんがその気持ちなら、それほど遠くない内に、そういう日が来るかもしれませんね。戸山さんは、少なくとも排除の手際においては破格に優秀だと思います――今朝の時点では、能力者探しの状態だったのに、そこから小深山さん、玖墨さん、司崎さん、陸浦さんが能力者である事を突き止め、小深山さんと司崎さんをたった一日の間に排除した。そして更に、玖墨さんと陸浦さんまで排除しようと、ここまで乗り込んで来た――そういう流れですよね?」
「――ってか、ミツヤに情報を流したのは岩淵で確定だな」
その事を知っているのは岩淵しかいないはずである。
「それは言えません。情報提供者のプライバシーを守らないといけませんから」
「いや、言ったも同然だろ。岩淵以外考えられない」
そう言っても、ミツヤは眉一つ動かさなかった。
プライバシーを守るってのは形式だけのもので、大した問題じゃないという事なのだろう。
「岩淵さんの持ち物に盗聴器を仕掛けた犯人がいるって事は考えられませんか?」
「いや結構な無茶を言ってるだろ」
「まあ、情報提供者が分かったとしても問題は無いはずですよ。その方は何も悪くありません。能力者が現れたら報告するという責任を果たしただけですから」
責任を果たした……か。
「まあ、そうだな。そんな事に引っ掛かってるほど暇でもない」
「そうですよ――話を戻しますけど、戸山さんの活躍は本当に目覚ましいものだと思います。それは認めます。いや、それどころか末恐ろしいとさえ感じますよ。ですが、まだ私達が戸山さんの噂を聞くほどに、排除を熟してる訳ではない。ですよね?」
俺が排除した能力者は、どこにも報告していない。
楓が知っているくらいだ。
ミツヤに知られていなくても当然である。
「そうだな」
「こういう風な慣れ始めの時こそ、危険なものです。慢心が大惨事を引き起こしてしまう。古手の方が命を落とす事なんてザラなんですからね」
「そうだな。気をつけるよ」
「戸山さんの実力はまだ測りきれていませんが、私には経験がある分、戸山さんに負けてないと思います。そう簡単に実力が上だと認める事は出来ませんからね」
「ソッカ。ワカッタヨ」
これは、しつこく付き纏われそうだ。
少々いびったところでは帰らないだろう。
「……ああ。それと、もう一つだけ戸山さんに言っておくべき事がありました」
「まだあんのかよ」
「はい。私がここに来たのは、この街に能力者のるつぼが出来上がっていないかを調べるという目的もあるんですよ」
「るつぼ? それは何だよ?」
「さすがに、これは知らないですか。英語で言うとmelting potです。熱狂の坩堝とかの『坩堝』ですよ」
「ああ、それか――で、能力者の坩堝ってのは何なんだよ?」
「能力者同士が引かれ合うという性質はご存じですよね」
「ああ」
「引かれ合った能力者は、さらに他の能力者と引かれ合う。そういう事が繰り返され、長い年月を掛けて一カ所へと集まって行く」
「まあ、そうなるよな」
「そこには大きな渦が出来上がります。その渦は内側に猛烈なスピードで能力者を引き寄せるようになる。そして、能力者の密度が異常に高くなったその地域では、潜在能力者が能力者に感化され、それほど大きな葛藤も無いのに能力者になってしまうというような状態になる」
「なるほど。その現象が起こっている場所を能力者の坩堝って呼んでるんだな」
「そうです。この街で、そういう事が起きている。または、起きる可能性があるという事なら、早めにその芽を摘んでおく必要があるんです……まあ、これに関しては、それほど心配はしなくてもいいと思いますけどね。単に戸山さんが短い期間の内に基準値以上の能力者を見つけたから、調査の必要が出て来たというだけですから」
「なるほど、一日に四人だもんな」
……今日一日の事では無いが、俺の周りには他にも能力者がわんさか湧き出している。その事をミツヤに知られる訳にはいかない。排除能力者に居座られるのは困るのだ。
七原がうっかり動揺を顔に出してしてしまってないかと冷や冷やしたが、ミツヤが七原の反応を指摘してないという事は、七原もポーカーフェイスを貫いているという事なのだろう。
ここにいるのが七原で良かった。
「もし坩堝になっているという判断が為されたら、どうなるんだ?」
「大量の排除能力者が動員されます。看過できる状態じゃ無いですからね」
「新手が街に押し寄せて来るって事だな」
「そうですね。まあ、能力者が起こした問題が騒ぎになってるとか、そういう事ではないので大丈夫だとは思いますよ。単に戸山さんが能力者を見つけるのが相当に上手いというだけなのかもしれませんし。偶然の要素も多分に関係する――ああ、そうだ。ちなみに、七原さんの排除はいつですか?」
「先週だよ」
「最近ですね。一週に五人だとしても多いのは多いんですよ」
「確かにそうだな。だけど、その内の三人は、一つのグループを作って訳だから、一度に見つかるってのも当然の話だけどな」
「そうですね。まあ、それでも調査する必要はあります。ルールですからね。戸山さんを守るという任務で、しばらくこの街に滞在するので、その調査を行う時間は十分にあると思います」




