新手と古手
「私達の排除は所詮能力者の記憶を消すに過ぎません。記憶と共に能力が消えたとて、その人の能力を生み出す潜在的な力まで消す事は出来ないんです」
「……という事は、能力が復活してしまう可能性があるって事?」
「まさにその通りです。元能力者がその後の人生で、どうにもならない壁にぶつかった時、再び能力者になってしまう場合があるんですよ――これらの事は、よく一本の樹木に例えられて話されます。能力者の中には能力を芽生えさせる種子があり、絶望や失望の記憶が幹や葉となり、能力という果実を実らせる。新式の排除は、その木をただ切り倒すようなものです。そのままにしておけば、切り株から新たな芽が出てしまう」
「なるほど……」
「誤解して欲しくないのは、私達が雑な仕事をしている訳では無いという事です。新式の力は『能力に関する記憶』という限られた範囲にしか適用できません。仮に、もっと根元から記憶を抹消する事が出来れば、あるいは完全な排除が可能かもしれません。ですが、それも無理な話です。有機的に結びついている記憶を根こそぎ消すなんて、オリジナルの能力者でも出来ないような事ですから」
「人に作られた能力者には到底無理な話って事ね」
「はい。そして更に問題なのは、しっかりと根を張っている分、二度目は一度目よりずっと簡単に芽吹いてしまうって事です。二度目は往々にして、より攻撃性の高い能力が形作られます」
「衝動的に生まれる力だからって事?」
「そういう事です。一度目は自分を守る為の能力を身に付け、二度目は人を傷付ける為の能力を身に付ける。そういうパターンが多いですね。まあ、自分を守る為の力も悪用すれば惨事になるので、どちらの方が脅威であるかについては様々な議論がありますけどね」
とうとうと喋り続けるミツヤ。
ずっと黙っているのも何なので、俺も一つ口を開く。
「七原、今の話で何の為に更生施設なんてものが必要なのか分かっただろ?」
楓が司崎を連れて行った更生施設の話である。
「二度目の発症を抑える為に……って事だよね?」
「そうです。さすがですね、七原さん」
七原の問いに、いち早くミツヤが返答した。
私に喋らせろという事なのだろう。
まあ、それなら黙っていよう。余計な事まで喋って墓穴を掘りたくは無い。
「二度目が起きたら、もう一度排除ってのは出来ないの?」
「出来ない事も無いですよ。ただし、記憶の抹消が脳に与える負担は大きい。しかも、能力者の力が強くなる分だけ、負担は更に大きくなります。繰り返せば精神に歪みを生じ、強い能力と破綻した人格の手が付けられないモンスターを生み出してしまう。だから能力の再発なんて事は絶対に許してはいけないんです。その為の施設なんですよ」
「施設からはどのくらいで出られるものなの?」
「その能力者次第です。社会復帰しても安全だと判断されるまでという感じですね。大抵の人はすぐに出られますよ」
「長く出られない能力者もいるって事?」
「はい。私は、その判断がどのようなプロセスで為されているのを知らないのでハッキリした事は言えませんが、基本的に力が強いほど長くなる傾向があります。正直な事を言えば、そんなに時間を掛ける必要があるのかと疑問に思うような事例も沢山あります。しかし、実際に再び能力者化してしまえば、当人にとっても、周囲の人にとっても取り返しのつかない事になる。だから、慎重に慎重を重ねてという事なのでしょう」
「なるほど」
「もちろん、私達もこのやり方が全て正しいとは思っていません。しかし、現状において、これが新式の限界なんですよ。もっと抜本的な対策が取れないかと色々な研究が進められていますが、芳しい結果は出てないようです。この点で、新式は古式に絶対に敵いません。古式は再発の可能性がゼロですから」
「そういう事だったんだ……」
「はい。こういった事情から、古手の方は言うんですよ――新式は排除能力じゃない、とか。不完全な排除だ、とか――まあ、私が言われた訳ではないんですけどね」
「直接言われたんじゃないのなら別に良いだろ」
と口を挟む。
「でも、やっぱり許せないですよ。文句があるなら自分達が排除すればいいって話です。でも、古手の方は危険だからとか、報酬が安いからとか、そんな事を言って中々排除をしてくれません。やっと重い腰を上げたと思っても、排除に相当な時間を要する」
「そうなの? 本当?」
七原が、俺とミツヤの間で視線を彷徨わせる。
「俺は他の古手に会った事が無いから断言できないけど、その話には誤解が含まれてると思うよ」
「そんな事はありません。きっと戸山さんだって変わってしまいますよ。古手は希少なので、戸山さんが排除能力者を続けていくのなら、すぐに戸山さんの名前は売れるでしょう。そして瞬く間に戸山さんの元に沢山の依頼が舞い込んで来るようになります。そうなれば、戸山さんは必然的に危険が少なく報酬が高い仕事を選ぶようになります。条件に満足いく仕事じゃないと渋るようになります。結局、貧乏クジを引くのは、私達や能力者なんです。私達は危険な能力者達に対処しないといけなくなるし、その危険な能力者こそ、古手の排除を必要としているんです。それなのに……って、すいません。個人的な感情が出てしまいました。戸山さんが、そんな風になってしまうとは限らないのに」
どうやらミツヤには、思ってる事を口に出さずにはいられない、という性質があるようだ。
本音を隠されるよりは、これはこれで扱いやすいって事で納得しておこう。
「別にいいよ。ミツヤが言うのなら、そういう古手がいるのも事実なんだろう。まあ、そうなる気持ちも分からないでもないしな、古手は圧倒的に弱いから」
「弱い?」
「そうだよ。さっきも言ったけど、新手と古手にはそれぞれに利点欠点がある――新手は能力者との戦闘という面において非常に優れているんだよ。排除は瞬時に終わるし、強力な能力者には複数人で対応する事が出来る。そして何より一番の利点は、戦略的に人員を増強できる事だ。それに対して古手はいつだって人手不足だし、複数人になったところで戦力が上がる訳では無い。それなのに力の強い能力者を相手にしろって言うのは中々の理不尽だろ」
「確かに……」
「新手の排除では能力者が更生施設に入らないといけないという話にしても、結局トレードオフなんだと思うよ。負担を能力者自身に支払わせるか、俺達が命の危険という形で背負うかという事だ。古手に言わせれば、何で俺たちが能力者の為に危険な目に遭わないといけないのかって話だよ。本来なら能力者自身が支払うべき代償だ」
「……まあ、筋は違えてないとは思いますけど」
「だろ。ミツヤの言うように古手の報酬は高いし。古手になら高い報酬を支払ってもいいって奴は幾らでもいる。それでも古手が減り続けているのは、やはり古手の排除が難しいからだよ。古手は排除には時間と手間が掛かり過ぎる。そして、その分だけ能力の脅威に晒され続ける。司崎の件だって、俺の説得が見当違いなもので、あの場で排除出来なかったら、俺達はどうなってたか分からない。一つの過ちが死へと繋がりかねない。そりゃあ古手なんて減って当然だと思うよ」
「確かにそうだとは思いますけど……」
ミツヤはそう言った後、俺に向けていた視線を初めて逸らした。
「けど、何だ?」
「それでも私は古手の方が羨ましいです。私も古手の力を持って生まれて来たかった……」
ミツヤのその表情の奥には深い悲しみが見え隠れした。
この少女に何があったのか。何故そんな顔をするのか。
だが、その理由を聞こうとは思わなかった――いや、聞く訳にはいかなかった。ミツヤと馴れ合うつもりは無いのだから。
「まあ、新手にしろ古手にしろ、満足できなくて当然だよ。どっちにしたって結局は不完全なものだからな。とにかく、両者は全く違う排除能力者なんだ。そもそも比べる事が間違ってるって話だよ」
俺はそう言って話を纏める事にしたのだった。




