エピローグ
玖墨の家に到着する。
ケースから出したバットを握りしめ、楓の車から降りた。
「楓。司崎さんの事、後は頼んだぞ」
「わかってるよ。任せておけ。施設まで連れて行ったら、戻ってくるからな。それまでに終わったら、連絡をくれ」
楓はそれだけ言うと、俺の返事も聞かず車を発進させ、轟音と共に去って行った。
頭の中が罵詈雑言で満たされるが、楓の事を考えている暇は無い。
今は玖墨の事だ。
玖墨の家は全ての部屋に電気が付いており、暗闇の中で明るく浮き上がっている。
玖墨は当然こちらの行動に気付いているだろう。
もう逃げた後かもしれないし、逃げる必要は無いと高をくくってるかもしれない。
俺はポケットから携帯を取り出し、カメラアプリを起動させた。これに陸浦が映るかもしれないと思ったからだ。
まあ、全くの無駄かもしれないが、やるに越した事は無い。
七原も俺が何の為に携帯を出したか理解したのだろう。同じように携帯を出して、俺とは別の方向を映してみている。
「周囲にはいなそうだな」
「そうだね」
「じゃあ、行くか」
「うん」
なんていうか、七原がいると本当にやりやすいなと思う。
何があるかは予想も付かない状態だが、俺達は堂々と正面から行く事にした。
策なんて無いが、そんな事を考えている時間は無い。
こっちが時間を掛けるという事は相手にも時間を与えるという事だ。
俺が先に立って、玄関のドアを開ける。
――すると、廊下の電灯の下、女が一人倒れていた。
髪で隠れて顔は見えない。
「戸山君、どうしたの? って何? 人が倒れてるよ」
「微かに肩が動いてる。呼吸はしてるな」
この女が陸浦一華なのだろうか。
ってか、何故倒れてるのだろうか。
近付いても良いものだろうか。
そんな事考えていると、少女が一人、二階から降りてきた。
中学生くらいだろう。
凜としたその表情からは、感情が読み取れなかった。
「あなたが戸山望さんですか?」
「あ、ああ」
「そうですか――玖墨さんは荷物をまとめている所でした。展開次第では街を出るつもりだったんでしょう。間に合って本当に良かったです」
「間に合って良かった?」
「はい。今し方、玖墨さんの能力を排除して来た所です。口喧嘩をしている最中だったので、容易に排除できました。『一華が同窓会で変な事を言うからだ』とか何とか。相当激しく罵り合ってましたよ」
「そうか……」
そりゃあ仲間割れもするだろう。
陸浦には明らかに落ち度があったし、玖墨も利口に立ち回れたとは言えない。
しかし、そんなことより。
「君は排除能力者なのか?」
少女は頷く。
俺は溜息を吐くしかなかった。
恐れていた事が起こってしまった。
ついに、この街にも他の排除能力者が現れてしまったのである。
「戸山さんの方の排除は終わったんですか? 確か、司崎肇さんと言いましたよね?」
俺の名前を知っている。
司崎の事も知っている。
そして玖墨の家に辿り着いている。
これらの事から考えれば、この少女に情報を提供した奴がいるという事なのだろうと思う。
そんな事があるなんて思いもしなかった。
あちらこちらでべらべらと喋りすぎだようだ。
まあ、そうやって情報収集する以外に排除する事は出来なかっただろうから後悔はない。
しかし、その情報提供者は誰なのだろうか。
岩淵だろうか。
統計上、一番能力を発症してしまい易いのは学生時代だ。能力者の情報を得る為に、排除能力者が教師の岩淵とパイプを持っていても不思議では無い。
何より、俺は今日岩淵と玖墨の事を話している。
符滝という可能性もある。
符滝は医者であり、能力者に接する可能性も高い。岩淵と同様に排除能力者との繋がりがあってもおかしくない。
符滝は昨夜が司崎との初対面だったと言ったが、司崎は一年前に符滝に助けられたと言った。あの状況で司崎が嘘を吐いたとは思えない。となれば、符滝の方が嘘を吐いたと言う事だ。何故? 何の為に? それも気になっていた所だ。
今思えば符滝が委員長の同人誌を集めていたのも、あれが拡散するのを防いでいたという事なのかもしれないと思えてくる。
他に可能性があるのは誰か。雪嶋か、逢野姉か、中谷か、小深山兄か。
その誰もが絶対に違うとは言い切れない。
まあ、いずれにせよ、面倒な事になったのは間違いないのである。
第四章 完




