一時退避
「ある程度の距離は稼げた。もう歩こう」
「ああ」
「そうだね」
俺の提案に、二人は息を上げながら返事をした。
「でも、やっぱり今のはおかしいだろ。あんなのは正義じゃない」
と、遠田。
「自分でも汚い事をやってると思うよ。だけど俺に出来るのは、こういう事しかない。これが俺の限界なんだ。分かってくれよ」
「……分かった。今はそうする事にする」
遠田はそう呟くと、外していた視線を俺へと戻した。
「――で、雪嶋さんは本当に大丈夫なのか?」
「確認の為に、しばらく様子を見てただろ? 司崎は雪嶋に何も出来なかった。大丈夫だよ」
「鉄パイプ軍団みたいなのが現れたらどうするんだ?」
「それは相当に運が悪いな……まあ、そうなったとすれば司崎は雪嶋を守ると思う。そうでなければ、何があっても雪嶋に手を上げられないなんて事にはならない。さすがに、危機が迫れば雪嶋も司崎に協力するだろうし」
「そうか……でも、やっぱり私だけでも残った方が良かったんじゃないか?」
「策があるって言っただろ。それには遠田が必要なんだ――大丈夫。雪嶋の犠牲は無駄にしないから」
「いや、犠牲って言っちゃってるからな」
「今はそんな事を議論してる場合じゃない。こっちも、うかうかしてられないんだよ」
「何故だ?」
「どうやら玖墨には俺達がいる場所がわかるらしいからな。雪嶋が振り解かれた瞬間、司崎はあのスピードで俺の所に向かってくるだろう」
「なるほど……そういう事か」
「だから、その前に最大限準備をしておきたい」
「排除できそうなのか?」
「そんな事、やってみないと分からないよ」
「そんな適当な」
「適当でも何でも、今は動くしかない――ところで、遠田。受験の前日に辻平と揉めたと言ってただろ? あの時はどんな服装だったか覚えてるか?」
「は? 服装? 制服だったと思うけど、それがどうしたんだ?」
「その制服は残ってるか?」
「ああ。家のどこかに」
「じゃあ、家に帰って、それに着替えてくれ。それから辻平もいた方がいいな。呼んでくれないか?」
「なぜ辻平を?」
「詳しい事情は後で説明する。どうせ遠田の事だから、辻平とはきちんと話をつけるつもりなんだろ?」
「まあな。あんな企みをしてたんだ。しかも、約束を破って夏木に近付いた。あいつの事は絶対に許せない」
「じゃあ、今日でも良いじゃないか。『お前が今夜やっていた事は全部知ってる』とでも言えば、辻平は大慌てでやって来るだろ?」
「そうだろうな。わかったよ」
「あと、受験前日の時の事を出来るだけ思い出しておいて欲しい。再現できる事は再現したいから。例えば辻平の髪色とか」
「あの頃、辻平の髪は黒かったよ」
「それなら黒染めスプレーが必要だな。俺達はちょっとドラッグストアに行って来るよ」
「わかった」
「じゃあ、俺は今から逢野姉に電話しないといけないから、ここから別行動って事にしよう」
「ああ。じゃあ、後でな」




