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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
107/232

岩淵

「でも、司崎先生と早瀬先生が不倫してたってのは本当に驚いたね」


 と、七原。


「ああ、そうだな……だけど、司崎先生があんな風になったのは、不倫だけが原因だとも思えないよな」

「そうだね」


 七原が深く頷く。

 不倫なんてものが、あの能力に結びつく理由が分からないのである。

 司崎は何故、あんなに暴力に特化した能力を身に付けたのだろうか。


 頭の中で、あれやこれやと推測するが、どれもしっくりいかない。

 雪嶋がいなければ、こういう事も普通に七原と議論できるのだが……。


「そもそも不倫って言葉だけじゃ、どういう事があったのか分からないよな」

「そうだね。その詳細が分からないと、どうしようもないよね」

「じゃあ、聞いてみるか」

「誰に?」

「不倫の話が岩淵の耳に入ったって言ってただろ。だったら、岩淵に聞けばいい」

「でも、そんな事、教えてくれるかな?」

「さあ」

「さあって」

「じっくり考えている暇なんて無いよ。その場その場で思い付く事をやってみるしかない」

「でもさ、そもそも戸山君は岩淵先生の連絡先を知ってるの?」

「今朝司崎と話した時、早瀬の所為で、ここのところ残業ばかりだと言ってた。ってことは、まだ学校にいるかもしれない」

「ああ、確かに。昨日も学校の前を通った時、電気がついてたもんね」

「学校の電話番号は……」


 学校の番号を調べ、電話を掛ける。

 さすがに少し緊張して、一つ深く息を吐いてから通話ボタンを押した。

 電話はすぐ切ってしまえる分、シビアだ。岩淵を怒らせてしまわないように注意を払わないと。


「もしもし」


 電話口の、その特徴的な高い声で、岩淵だとすぐに分かった。


「岩淵先生、二年C組の戸山望です」

「ああ、君か。こんな時間に何の用だ?」

「岩淵先生に聞かせて頂きたい事があるんですけど、いいですか?」

「ああ。言える事ならな」

「じゃあ、早瀬先生と司崎先生の不倫について聞きたいんですけど」


 電話口から『ぶしゃっ』と音がする。

 コーヒーを噴き出した音だろう。

 さすがに、こんな事を唐突に言われれば驚いて当然である。


「おいおい、いきなりな質問だな! 今朝は小深山と玖墨がどうとかの話だったろ」

「その件は無事に解決しました」

「そうか。それならそれでいいが……で、何で君がそんな事を知ってるんだ?」

「早瀬先生の主治医の樋口ひぐち先生と話をしたんです」

「何で君が早瀬先生の主治医なんて知ってるんだ?」

「実は僕、早瀬先生の従弟いとこなんです」

「は?」

「母方の方なので、名字は違いますが。家も近くて、昔から仲良くして貰ってたんですよ」

「そうだったのか。知らなかった」


 遠田と七原があきれたというような表情を浮かべている。


 こんな嘘を吐いて、内部事情を聞き出そうとしている事がバレたら大問題になるだろうが、そんな事も言ってられない。

 躊躇ちゅうちょしたら終わりだ。

 この機会をふいにする訳にはいかない。


「樋口先生も色々と手を尽くしてくれてるらしいんですが、繭香まゆかお姉ちゃんは良くない状態が続いているみたいで……」

「そうなのか……」

「はい。そんな最中さなか、繭香お姉ちゃんが樋口先生との会話の中で、司崎先生と不倫していたって事を口走ったらしいんです。だけど、樋口先生が、それについて突っ込んで聞こうとしても、かたくなに話そうとしないらしくて」

「なるほど。早瀬先生もあの件に関しては相当に責任を感じていたようだからな」

「樋口先生は言いました――こういう事は本来なら粘り強く対応して、本人の口から穏便おんびんに聞くことが出来るのが一番望ましい。だが、それは難しい状況にある。だからといって無理矢理、口を割らせる訳にもいかない。そうすれば築いてきた信頼関係もなくなってしまう――だから、樋口先生は俺に事情を知らないかと聞いてきたんですよ。知らないと言ったら、そういう噂が無いか周りで聞いてみてくれと言われたんです」

「なるほどな」

「それで、色々な伝手つて辿たどっていったら、二人の不倫の話が岩淵先生や司崎先生の奥さんの耳に入っていたという情報が入ってきたんです。それで岩淵先生に電話したという訳です」

「そうか。でも、そんな事、誰に聞いたんだ?」

「一昨年の三年A組だった先輩です」

「名前は?」


 陸浦むつうらの名前を出すべきか――色々と迷ったが、こういうとき嘘や誤魔化しは最小限にした方が良い。あとにどんな問題が生じようとも、今ここで情報を聞き出すのが先決である。


「陸浦一華さんです。ご存じですか?」

「ああ。覚えてるよ。大人しい生徒だったが、何を考えているか分からない感じだったな」

「そうですか」

「話の概要は理解したよ。よくここまで調べたな。だけど、これ以上この問題を蒸し返すのはやめなさい。そんな探偵みたいな事をしていたら、恨みを買う事だってあるだろう。俺が知ってる事は全て話して協力するから、それで終わりにしなさい」

「わかりました」

「それと、この事は絶対他言たごんするなよ」

「わかってます。樋口先生以外には話しません」

「じゃあ、話すが――あの二人の間にそういう事があったのは事実だ。確認を取ったら、本人達も認めたよ。あの時は本当に驚いたものだ。二人とも真面目で、真面目すぎるくらいだと思ってた。逆に真面目すぎて融通ゆうづうがきかないからこそ、あんなことになってしまったのかもしれないな」

「どういう経緯で、そういう事になったか分かりますか?」

「それは聞いてないよ。何で不倫したかなんて聞いたって仕方ないだろ」

「じゃあ、岩淵先生はどういう対応をしたんですか?」

「とりあえず、口頭で注意しただけだよ。保護者や他の先生に知られたら問題にもなっただろうが、幸いにも、その話が広まる事は無くて、対処する必要は無かった。全て中谷先生のおかげだよ」

「中谷先生のお陰?」


 中谷と言えば、発火事件の際に呼び出された時に指導室にいた中谷だ。

 あの筋肉ダルマが、この件に何の関係があるのだろう?


「中谷先生は、この事実が露見ろけんする前に、俺に二人の不倫を報告してくれたんだ」

「中谷先生は何でそんな事を知ってたんですか?」

「司崎先生に相談を受けたって言ってたよ。中谷先生は司崎先生と同じ歳で、私生活でも付き合いがあるほど、仲が良かったらしい」

「そうだったんですね」

「あとから、司崎先生に聞いた時に言っていたんだが、司崎先生は中谷先生以外に不倫の事を話してないらしい。だから、奥さんや他の生徒が知っていたというのは初耳だよ」

「そうですか。何でなんでしょうね?」

「さあな。まあ、こういうのは隠しても隠しきれるものじゃないって事だな」

「そうですね……ところで、岩淵先生。中谷先生がこの件に詳しいというのなら、中谷先生にも話を聞きたいんですけど、いいですか?」

「ああ、わかった。話をするように言っておくよ。中谷先生がどう判断して、どこまで話すかは分からないが。早瀬先生の為だと言ったら、重い口も開くだろう」


 早瀬がからんでることで、一気に突破口が開けてきている。

 これは幸運だったというべきか……。


「ありがとうございます……それで、中谷先生は今どこに?」

「ああ。今日は中谷先生にも残業して貰ってたんだが、体調が悪いと言って早めに帰宅したよ。その所為せいで、こっちはこんな時間まで残業だ」


 岩淵は溜め息交じりに、そう言った。


「そうですか……事情が事情だけに、早く話を聞きたいんですが」

「じゃあ、中谷先生に君に連絡するように言っておくよ。体調が悪いと言えども、そのくらいなら出来るだろう」

「ありがとうございます」

「ああ……じゃあ、君の携帯番号を聞かせてくれるか?」


 俺は岩淵に携帯番号を伝えて電話を切った。


「どういう話になったの? 中谷先生がどうとか言ってたけど」


 と、七原が言う。

 早瀬の話だとか、樋口の話だとか、七原に話してない事が気になっているだろうに、こっちの事情を推し量って、それに触れないでいてくれる七原はパートナーとして非常に優れていると思うのである。


「中谷が詳しい事情を知ってるかもしれないって話だ」

「何で中谷先生なの?」

「司崎先生と私的にも仲が良かったらしい」


 俺がそう言うと、横で話を聞いていた雪嶋が目を見開いた。


「え? そうなの?」

「はい。司崎先生は不倫の事も中谷先生に相談したらしいです」

「そうだったんだ……先生同士の関係って、あんまり分からないからね」

「そうですね……まあ、そういう事で、中谷先生に話を聞きたいと思ってます」

「それで、今、中谷先生は?」

「体調が悪いと言って、帰宅したらしいです。岩淵先生から中谷先生に連絡を取って貰って、俺に電話するように言って貰ってるところです」

「そうなんだ。すごいね」

「何がですか?」

「ブチは生徒の話なんて一切聞かないからね。どうやって攻略したの?」

「いやいや、攻略って。俺も分かりませんよ。何か理由があるんでしょうけど、俺のうかがい知れないことです」


 そんな事を言っていると、電話が鳴り出す。

 俺は応答ボタンを押して、携帯を耳に当てた。


「俺だ」


 と、岩淵の声である。


「どうでした?」

「残念だが、中谷先生は電話に出なかったよ」

「そうですか」

「一応、電話するようにメールで君の携帯の番号を伝えておいたよ。取りあえず、これでいいだろ? この件はもう明日以降にしなさい。急いでいるのかもしれないが、焦りすぎも良くないぞ」


 明日以降になんて出来はずもないのだが、岩淵に中谷の家を教えろと言ったところで、教えてはくれないだろう。

 岩淵に、これ以上の事を聞くのは諦めるしかない。


「わかりました。色々とありがとうございます」

「ああ、それじゃあな」


 電話を切ると、七原が既に落胆した顔で口を開く。


「駄目だった?」

「ああ。中谷は電話に出なかったらしい。でも、中谷には何とか話を聞かないと」

「じゃあ、どうする? 家に押し掛けるしかないのかな?」

「そうだな。それで話をしてくれるとは思えないけど……まあ、とりあえずは住所を調べて……」

「どうやって?」

「こういう事はCSFCに聞いてみるのがいいと思う。遠田、いいか?」

「ああ、わかったよ」


 黙って話の流れを見守っていた遠田がうんと頷き、携帯を取り出す。


「ちょっと待って」


 そこで雪嶋が声を上げた。


「何ですか?」

「CSFCってのが何だか分からないけど、中谷先生を探してるんでしょ? それなら、中谷先生の行きつけの店、知ってるよ。行ってみる?」

「雪嶋先輩、中谷先生は体調を崩しているって話だったじゃないですか。そんなところ探しても見付かりませんよ」


 と、遠田が言う。


「いや、遠田。確かに、その案は悪くないかもしれない。先に行きつけの店に行ってみよう」

「は? どういう事だよ、戸山」

「冷静に考えてみろ。あのタンクトップ筋肉ダルマが体調を崩すと思うか? きっと残業が嫌で仮病を使ったんだよ」

「教師が仮病?」

「教師だって人間だ」

「まあ、確かにそうだけどさ」

「そして、そういう時こそ、羽を伸ばしたくなるもんだ」

「私も、それ無くは無いと思う。何となく中谷先生って、そういう事しちゃいそう」

「で、仮病を使ったって事実を掴んでしまえば、割とすんなりと話が聞けるんじゃないかな」

「本当に悪知恵が働くよな、戸山は」


 遠田が呆れた顔で俺を見た。


「それで、雪嶋さん。中谷先生の行きつけの店ってどこですか?」

「私の知る限りだと繁華街で一軒と、南町の方で一軒。これが一番のお気に入りみたいね。他にも何軒か候補はある」

「そんなに何軒も?」

「中谷先生って、結構遊んでるみたいだよ。うちの店にも来て、私も接客した事があるの。私が生徒だったって事には気付かなかったけどね」

「ああ、そういうことですか。それで行きつけの店を知ってたんですね」

「うん。これが地元でバイトしてる強みだよ。今まで役に立った事ないけどね――まあ、取りあえず、近くの繁華街の方から行ってみる?」

「はい。そうしましょう」



 そして、俺達は雪嶋と歩き始めた。


 この時間、高校生がおおっぴらに表通りを歩く事は出来ない。必然的に人通りの少ない裏通りを選んだ。

 こうなると、玖墨の予言が頭をかすめるのである。

 繁華街の裏通り、いくつもの路地。

 増していく緊張感の中で、周囲に気を配りながら、歩みを進めた。


 雪嶋はほどなくして立ち止まり、雑居ビルの一階の店を指差す。


「あの店だよ」


 そう言って、雪嶋は店に入って行ったが、すぐに出て来た。


「残念。ここじゃなかったみたい……」

「そうですか。じゃあ、南町の方を、お願いします」

「うん。わかった」


 移動中に遠田の携帯でCSFCに確認を取り、中谷の家が南町の近くだという事が分かっている。雪嶋が言う店にいなければ自宅に行ってみればいいだろう――そんな事を考えながら、歩き始めてすぐの事だった。


 狭い路地から、少し広めの道に出るその時――俺達は司崎に行き会ってしまったのである。



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