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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
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辻平

「辻平は中学の同級生だ。今は進学も就職もせずフラフラしていると聞いている。まさか司崎さんの取り巻きの一人になっているとは思わなかったけどな」

「中学って事はヤンキー時代の知り合いか?」

「そういう事だよ」


 符滝ふたきが興味深そうに遠田を見る。


「……へえ。やっぱり君はヤンキーだったのか。あの目はヤンキーにしか出来ない目だもんな」


 なんて事を言う符滝は、司崎の事を話し終えて肩の荷が下りたようで、元の胡散臭いオッサンに戻っていた。


 その発言を流し、俺は遠田に問い掛ける。


「じゃあ、その辻平って奴が遠田に害意を持っているって事になると思うんだけど、心当たりはあるのか?」

「ああ、あるよ。今、辻平の名前を聞いて思い当たった事がな。辻平の事は、思い出したくもなかったから、今まで思い付かなかったんだ」

「何があったんだ?」

「辻平は夏木の事件にからんでるんだ。夏木の家出は辻平が原因だと言っても過言かごんじゃない」

「辻平が原因って?」

「夏木が、あんな事になるほど、避けたかった人物ってのが辻平なんだ。夏木は辻平に付きまとわれていたんだよ」

「つまり、あの時、夏木にそれを聞いた遠田が辻平をシメた。だから、遠田は辻平に逆恨さかうらみされてるって事か?」

おおむねその通りだよ。辻平には『夏木の周囲100キロ以内に立ち入らない』と約束させたんだ」

「事実上の引っ越し強要だな」

「そうだな。夏木がどれだけ恐怖を感じたかを考えると、それくらい言ってやらないと気が済まなかった」

「じゃあ、そもそも何で辻平は夏木に付き纏っていたんだ?」

「……それは私の所為だよ。辻平とは中学時代から色々と揉めていたんだ」

「どんな事があったんだ?」

「昨日も言った事だが、私が入学した時、私の中学は荒れていてな。ドラマや漫画みたいに表立って暴力が横行してる――なんて事は無いが、陰で色々な問題が起きていたんだ。校舎内でバイクを乗り回す生徒がいたりな」

「それって思いっ切りドラマでありがちな奴だろ。思いっ切り表立ってるし」

「まあ、本当に色々な事があったんだよ。そろいも揃って陰湿な奴ばっかりでな。私は、そういう奴らを許せなかった。だから、そういう連中をシメて、校内を平和にしようとした――揉め事ばかりで、時には力でぶつかり合わなければならない場面もあったが、私の友人達は理解を示してくれ、私をリーダーと呼び、力を貸してくれた。そして、やっとのことで学校の平和を実現したんだが、私はそういう生活に嫌気が差していた……私はヤンキーなんて呼ばれたくないし、学生として勉学にいそしみ、平穏な生活を送りたかった。だから、そういう環境がしっかりとした高校に進学したいと思って、受験勉強を頑張る事にした。それを話したら友人達も分かってくれて、色々とバックアップしてくれたよ――そうやって、私が勉強に没頭する中で、私達のグループはリーダーの座が空席という事になった。そこで動き出したのが辻平だ。辻平はリーダーの座を射止めようと暗躍あんやくした。だが、私の友人達は辻平を受け入れなかった。辻平は身勝手で暴力的で、それまでも散々揉めていたからだ――そして、その争いは大きくなり、結局、辻平は彼を支持した連中を連れて独立したらしい」

「それで、何で遠田がうらまれるんだ?」

「いや、私が恨まれたのは、その後の出来事によるものだろう」

「その後の出来事?」

「――その連絡があったのは高校入試の前日だった。辻平達がホームレスの人を取り囲み因縁をつけていたらしい。それを目撃した友人からSNSで連絡が来たんだ」

「受験前日って、そんな大事な時に?」

「後で聞いたんだが、私の友人達は私が受験に集中できるように、そういう事が耳に入らないようにしてくれていたそうだ。実際、私は辻平との間に争いが起きているとは知らなかった。だけど、その日は間違えて私も入ってるグループのSNSで情報を流してしまったらしい」

「なるほどな」

「私は偶然近くにいたので、そこに一番に駆けつけた……それで、辻平におきゅうえてやったんだ。それを機に、辻平の求心力は低下し、独立したグループは一気に自然消滅となった。そして、辻平は私を恨み、それが夏木の事件につながったんだ」

「二度も遠田にヘコまされた辻平は、錯乱状態の司崎さんを使って、遠田に復讐しようとしているって事だな。革紐を切った事からも分かるように、辻平は刃物まで用意している」

「そういう事だ」


 俺は符滝の方へと向き直り、問い掛ける。


「……という事なんですけど、符滝先生。辻平が今の司崎さんに遠田を狙わせる事は可能だと思いますか?」

「コントロールするのは無理だろうが、強い相手がいるとでも言って、目標へと誘導する事は可能だと思うよ。その後に、どういう事態が起こるかは分からないけどな」

「予言者の言う通りになっていってるな」

「さすがに予言者を名乗っているだけあるよね」


 七原が眉根まゆねを寄せながら言った。


「まあ、遠田と辻平の事情は分かった。とにかく今は司崎さんをどうやって止めるかを考えないとな」

「……だけど、辻平さんが遠田さんを探してるというなら、今どこにいるんだろう?」


 七原の言葉に、遠田がハッとした顔になる。

 そして、それと同時に遠田の携帯が鳴り始めた。

 遠田は物凄い勢いでポケットから携帯を取り出すと、画面をタッチして耳に近づける。


「夏木、大丈夫か!?」


 遠田は辻平達が遠田の家に向かったと考えたのだろう。

 場の緊張感が一気に高まる。


「……ああ……そうか。大丈夫だったか。良かった……うん……で、何があったんだ? ……そうか。やっぱり辻平が来たのか」

「遠田、スピーカーフォンにしてくれ」

「ああ、わかった」

「夏木?」

「はい。戸山さんですか?」

「ああ。何があったんだ?」

「さっき辻平さんって人がウチに来たんです」

「ああ、今、辻平の話を聞いていたところだよ」

「そうだったんですか」

「ああ。で、辻平は何て?」

「お姉ちゃんを探してると言ってました」

「具体的には、どんな事を言ってたんだ?」

「『居留守を使ってるんじゃねえだろうな。出てこいよ、遠田! 俺は今、夏木の半径100キロ以内に入ってるぞ!』って感じです」

「絵に描いたように調子に乗ってるな」

「半径100キロって言うのなら、この街にいる限りずっと入ってるよね」

「姉は出掛けてるんですと伝えると、『そうだろうな。あのブラコンが弟に任せて隠れてる訳が無い。じゃあ、遠田が今どこにいるか知らないか?』と聞いてきました。僕が知らないですと答えると、『そうか。じゃあ仕方ねえな』と言って。それで僕に聞くのはあきらめたみたいでした」

「そんなにあっさりと?」

「うん」


 遠田は首をかしげる。


「辻平はネチネチした奴だ。もっと面倒な事を言って来るはずなんだが」

「僕もそう思ったよ。でも本当にそれだけで辻平さんとの話は終わったんだ」


 俺は夏木に問い掛ける。


「ちなみに、辻平の他に誰かいたか?」

「はい。辻平さんの後ろに大柄おおおがらな男の人がいました」

「その人は何か喋ったか?」

「はい。その人はお姉ちゃんの高校で教師をしてると言ってました。司崎肇というお名前だそうです。だけど、何となく司崎さんは先生だとは思えなくて……」

「その感覚は間違ってないよ。司崎さんは今は教師じゃない」


 俺は符滝の方に向き直り、問い掛ける。


「符滝先生、司崎さんは遠田の弟をだまそうとしたんですかね?」

「どうかな。そんな事をする必要も有るとは思えないし……昨日も司崎は自分が教師だと名乗っていた。つまり、教師を辞めてからの記憶が抜け落ちている状態なんだろう」

「何故、そんな事に?」

「受け入れがたい現実から逃避してるんだよ。司崎はまだ教師でありたかったという事なのかもしれないな」

「となれば、今の司崎さんは内面的には普通の教師って事になりますか?」

「いや、それは違う。今の司崎はあくまでも錯乱状態だ。危険性がげんずる事はない。むしろ増してると思うよ。人間は弱っている時にこそ、攻撃的になる。今の司崎は触れるもの全てを傷付けるだろう」

「……そうですか」


 あの腕力とスピードで、精神的にも攻撃性が増している。

 それはもう絶望としかいえない状況に思えた。


「あの……戸山さん」

「夏木、何だ?」

「気のせいかもしれないですけど、司崎さんからは微かに血の臭いを感じたんですよ」


 符滝は怪訝けげんな顔をしながら口を開く。


「まあ擦り傷もあったからな。ちゃんと処置しておいたんだが」

「いえ、一人の血の臭いじゃないです。色々な人の血の臭いがしたんです」

「君は血を嗅ぎ分けられるのか?」

「……何となく、そう思っただけで、確かでは無いんですけどね」

「……ああ、そうなのか。わかった」


 さすがの符滝も少し引いているようである。


「夏木が言うのなら、本当にそうかもしれないな。今夜も、もう既に何度かやりあってるのかもしれない」

「司崎さんは、真っ直ぐ見ているようで、どこか焦点が合っていなくて……凄く危険な感じがしました……ということで、お姉ちゃん。司崎さんは、まだ近くでウロウロしていると思う。だから、今は帰ってこないで。それを伝える為に電話したんだ」

「……いや、駄目だ」


 そう言って、遠田は俺の方を向く。


「戸山、ここからは別行動にしよう。私は一旦、この場を離れる」

「やめとけよ」

「いや、私は帰るよ。辻平は卑怯な男だ。夏木を人質にするかもしれない。そうしたら、私は……」

「人質にするつもりがあったら、すでに行動に移してるだろ。辻平は自分で遠田を見つけ出そうとしているんだよ」

「何で、そんな面倒な事をするんだ?」

「単純に楽しんでるんだと思う。狩りみたいなもんだ。獲物を見つけ出して、仕留しとめる。その過程を楽しみたいんだろう。それだけ復讐心が強いんだよ――それに、辻平は司崎の取り巻きだったような奴だ。司崎を引き連れて歩くのは、さぞ気持ちいいだろう。今は無敵感に酔いしれながら夜の散歩と洒落込しゃれこんでるんだよ」

「……なるほど。そうかもしれない。辻平はそういう奴だ。だが、それに飽きたら、人質を取らないという保証は無いだろ? 何なら、夏木もここに連れてくれば良い」

「そうすれば、今度は親を人質に取るかもしれないぞ」

「夏木よりはマシだ」

「そうか……でも、とにかく今、家に近付くのは危険だ。やめておけ。辻平が人質を取らないのは俺が保証するから」

「何故だ?」

「単純だよ。別に人質なんかいなくても、遠田は呼べば来るからな」

「は?」

「何だかんだで、遠田は曲がった事を許せない。逃げるような奴じゃない。みんな分かってる事だ。だから、辻平も、人質なんて取るまでもなく、遠田はやって来ると思ってるはずだよ」

「だけど……」

「もし夏木が人質に取られたら、その時は俺も行く……いや、俺が行く。だから、今は動くな」


 ……そうでも言わないと、遠田の気持ちは治まらないと思った。だから、そう言うしかなかったのである。

 遠田が行ったところで司崎に敵うはずもない。

 司崎の能力を排除する以外に遠田が生き残る道は無いのだ。


「わかったよ。戸山が、そこまで言うなら信じよう」

「ありがとう――じゃあ、夏木。そういう事になったから。辻平が来ても、もう応対しなくていい。それと一応、戸締まりはしっかりしておけよ」

「わかりました。お姉ちゃんの説得ありがとうございます……それと、お姉ちゃんを宜しくお願いします」


 そう言って、夏木は電話を切った。

 溜め息を付きたい気分だが、そんな事をしている暇も無い。


「不安な事は色々とあるが、今は司崎の問題をどうにかしないと、どうにもならない。とにかく逢野姉に電話してみるよ」


 そう言って、携帯をポケットから出すと、携帯は既に振動を始めていた。


 画面に番号が表示されているのは登録してない番号だ。

 誰からだろうと思いながら、通話ボタンを押した。


「もしもし」

「もしもし。さっきの――」


 通話相手が、そう言いかけたところで、それが誰だか分かった。


「……ああ。雪嶋さんですか」

「うん。君に話そうと思って」

「話す気になってくれたんですか?」

「君の真剣さを信じてみようかなと思う……司崎先生の事を話すよ」


 あれから、ほとんど時間が経ってないと思うのだが、心変わりしたらしい。

 一旦引き揚げたのが正解だったのだろうか。


「もうバイトも終わったから、さっきの公園で待ってるよ。今すぐ来て」


 そう言って、雪嶋は一方的に電話を切った。


「どういう電話?」

「雪嶋が司崎さんの事を話してくれるらしいよ」

「ああ、そうなんだ。良かった」


 雪嶋と絡むのは面倒だ。

 あんまり気が進まないが、雪嶋しか知らない情報を得られるかもしれない。

 行かない訳にはいかないのである。


「雪嶋が、さっきみたいな調子だったら逃げよう。ここでの時間のロスは痛すぎるからな」




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