玖墨2
「まあ、今の僕の予言の影響で、また未来が変わってしまってたかもしれないけどね。戸山君や七原さんが遠田さんを守ろうとして代わりに司崎に殺されるとか、そういう事が起こるかもしれない。だから、戸山君と七原さんも安心してられないからね」
「すいません、玖墨先輩。一つ聞いて良いですか?」
遠田が玖墨に問い掛けた。
遠田の方を見ると、遠田は拳をぎゅっと握りしめていた。
「ああ。答えられる事なら、答えるけど」
「私は、占いとか霊感とか、そういうインチキで人心を惑わす輩が絶対に許せないんです。玖墨先輩は本当に能力者って事で間違いないんですよね?」
「ああ、間違いないよ」
玖墨は遠田の迫力に気圧されるでもなく、はっきりと返答をした。
「そうですか。疑ってすいません」
そして、遠田は一呼吸置いてから、再び口を開く。
「先輩、助言ありがとうございます。自分で何とかして見せますよ。今のを聞いて素直に殺されるほど、馬鹿ではないです」
遠田は闘志を漲らせている。遠田は得体の知れない物を苦手とするが、それに屈する事はないらしい。
「私も一つ気になってたんですけど、聞いて良いですか?」
今度は七原が問い掛けた。
「いいよ。答えられる事なら」
「未来が予知できる能力があるのなら、何故、司崎さんが獣化する前に対処しなかったんですか? この未来は予測できなかったんですか?」
「七原さんは痛い所を突くね……っていっても、別に作為があるわけじゃないよ。たまたまさ。四六時中未来を見てる訳じゃないし。つい見逃したってところかな。それに関しては反省してるよ。僕は未来を予知できて、未来を変える事が出来るのに、今回の事に能力を役立てる事が出来なかった。色々な兼ね合いの中、未来を選択していった結果、こんな事態を招いてしまった。君達には本当に申し訳ない事をしたと思うよ。ごめんね」
「別に責めてる訳では……」
「いや、実際、僕の怠慢だよ。責められて然るべきだ。しかし、今更何を言ったところで、過去は変えられない。これからの事を考えようよ。遠田さんの未来の為にね」
「……そうですね」
そして、俺も玖墨に質問する。
「玖墨先輩。何故、遠田なんですか? 遠田が狙われる理由があるんですか? それとも、ただの偶然なんですか?」
「そうだな。ただの偶然では無さそうだとだけ言っておこうかな。何かの因縁があるらしい。遠田さんも自分がしてきた事をもう一回考え直してみるといい。今まで恨みを買うような事は無かったか、とか」
「恨み……ですか」
遠田が深く考え込む。
それを横目で見ながら、俺は更に一つ問い掛けた。
「じゃあ、司崎に襲われる時の詳しい状況を聞かせて貰えませんか?」
「詳しい状況か……うん、いいよ。普段は、こんな事は言わないんだが、今回だけ特別だからね――その件は夜中に起こるんだよ。時間は分からない。場所は繁華街の裏通りあたりかな。駅側から歩いてきた司崎。そして、司崎の隣には高校生くらいの男がいる」
「高校生くらいの男?」
「僕の知らない人だよ。多分、それくらいの年齢だ」
「どんな身なりをしてますか?」
「晴天のような真っ青な髪だよ」
「ああ、それだけ聞けば十分ですね」
「そうだね。中々いないから、そんな人――じゃあ、話を戻すね。その二人が歩いている所に、路地から君達三人が出て来たんだ。君達の驚きっぷりからは、この出会いは偶然だったんだと思う。そして、君達を見つけた司崎が、遠田さんを目掛け、一直線に走る。戸山君達は更に驚いていたよ。何故、遠田さんを狙うのかと思ったんだろうな。全くそんな事は想定していなかった様子だった。戸山君達は必死に司崎を止めようとするが、獣化した司崎を止める事なんて出来ない。遠田さんはただ殴られるだけで……という感じだよ。これ以上は描写したくない感じだね」
「そうですか……」
「そんな暗い顔しないでよ。さっきも言った通り、僕の予言で、未来は変わるから――多分、未来はもう変わり始めてるしね。だって君達は司崎が遠田さんを狙っている事を知ったから、遠田さんが襲われたところで、それほど驚いたりはしないよね?」
「確かに、それはそうですけど」
「でも、やっぱり、このくらいじゃあ、それほど未来は変わらないんだよ。細かい事を気をつけたって、ほとんどの場合意味はないからね」
「細かい事って?」
「繁華街の方に近付かないようにするとか、安全そうな場所に隠れておくとか、そういう事は意味が無いって事だよ。それより大事なのは、何で司崎がそういう行動を取るのかの原因を突き止める事だ。それを突き止めて、根本から直さないと、ほとんどの場合、時間や場所だけが変わって、同じような事が起こってしまう……まあ、それより何より、司崎が能力者になった理由を突き止めて排除するってのが一番だと思うよ。そうすれば、遠田さんは、あんな事にならないから」
「そうですね」
「ということで、、頑張って司崎の能力を排除してね――じゃあ、伝える事は伝えたし。僕はこの辺で」
「協力って言ったのに、もう手を引くんですか?」
「そんなつもりはないけど」
「じゃあ、聞かせて下さい。司崎が能力者になった経緯について何か知ってる事はありませんか?」
「僕は司崎が何故能力者になったかについては全く知らないし、興味も無い。過去に関しては僕の専門外だ。司崎の過去を語るのは、もっと適任者がいるはずだよ。僕は僕で忙しいから、この辺で」
「玖墨さんは、これから何を?」
「さっきも言った通り、僕にも反省する気持ちがあるんだよ。だから、僕は僕なりに動いて、事件を回避する手段を探ってみる事にしてあげる。何か分かったら、また君達に連絡するよ。それが僕が出来る手助けなんだ。それじゃあ、もう電話を切るね」
「待って下さい。まだ聞きたい事が……」
「まだ、ある?」
「もう少しだけ情報をくれませんか。玖墨さんは司崎さんと協力関係にあったんですよね。そうなった経緯とかは玖墨さんしか知らない情報ですよね」
「それは教えられないよ」
「何故ですか?」
「あくまでも、能力者と排除能力者は敵同士。今は利害が一致しているだけで、僕たちは敵同士なんだから、そこら辺も弁えて貰わないと、こっちだって君達を守る気持ちがなくなるよ。僕の協力がなかったら君達に待っているのは死だ。それに対して僕は、君達の協力がなかったら、しばらく街を離れなければならない。それだけだ。これで対等な関係だと思う? 基本的に僕に主導権があるって事を覚えておいていてね。じゃあ、僕は本当にこの辺で。君達も精々頑張るんだよ。バイバイ」
「玖墨先輩、待って下さい。まだ他にも――」
玖墨の返答を、しばらく待ってみたが、呼びかけに応じなかった。
「まだ聞きたい事があったんだけどな……」
俺は溜息をつく。
「仕方ないよ。玖墨さんは肝心な事は話す気が無いようだし」
「そうだな……じゃあ、とりあえず、この家を出るか」
そして玄関まで出て、靴を履こうとした時だった――
ドタドタドタドタドタ。
二階から激しい足音が響いてくる。
一歩一歩が重たい。こちらに気付かせたいとする意図が感じられた。
「何だよ。泥棒か?」
遠田が一番に反応する。
「さっき玖墨さんが『誰もいないはずなのに足音がする』って言ってたよね?」
と、七原。
「そうだな。あれだな」
「玖墨さんが何かを仕掛けて来てるって事だよね」
「ああ、そういう事だと思うよ」
「じゃあ、確かめに行ってみない?」
「そうだな」
これに好奇心を持てる七原は凄いと思う。
二階への階段の前で、遠田に待機してもらう事にした。
何かあっても遠田なら一人で対処できる可能性が高い。
素手で向かうのも何なので、何か無いかと探し、ゴルフクラブを見つけた。
今日はゴルフクラブに縁がある日だなと思う。
「じゃあ、行くぞ」
「うん」
二階に上がると、廊下には灯りがついていた。
物音が無いかと耳を澄ませながら、一つ一つの部屋を開けていく。
がらんとして殺風景な部屋ばかりだった。家族が引っ越したというのは本当なのだろう。
人が隠れられそうな場所は、どこにも無い。
「全部の部屋に灯りがついてるね」
「だな。さっき外から見た限りだと、二階の部屋に灯りはついていなかったよな」
「うん」
そして、突き当たりの最後の部屋。
ドアを開けると、二階では一番広い部屋だった。
ベッドや机、パソコン……他の部屋とは違い、この部屋には住人がいるのが、すぐにわかった。
クローゼットがあるので、それを開けてみる。
並んでいる服を見ると、同世代くらいだなという服が並んでいる。
玖墨に兄弟がいない限り、ここが玖墨の部屋なのだろうと思う。
部屋の奥には、ベランダへ出られる窓がある。
カーテンと窓の鍵を開けて、ベランダへと出た。
玖墨家の裏は高台になっていて、街の夜景が一望できるようだ。
かなり眺めが良い。
遠くからやって来る電車の音が聞こえた。
「綺麗だね」
「ああ」
この景色を見れば、この家を手放したくないという気持ちも少し理解できる。
「全ての窓に鍵が掛かってた。となると、二階から庭へと飛び降りたってのは考えにくい。さっきの足音は、能力者って事で間違いないな」
「家を消す力、自分の姿を消す力……一人の能力者がやってるのかもしれないね」
未来予知系の能力者である玖墨と、存在を認識させない能力を持つ能力者。
少なくとも、二人の能力者がいる。
「面倒だよな。能力者同士のタッグか」
「能力者は基本的に心に問題を抱えてる人達だから、衝突する事も多いって、前に優奈ちゃんが言ってたけど」
「まあ、それでも我慢すればいいだけの話だ。何か一つの目的があるなら、一緒に行動できないという訳でもないだろう」
「そうだね。能力者同士は惹かれ合うって話もあるし。本当に何なんだろう、能力者って」
「自分も能力者だったろ」
「そうだったね」
「遠田も待ってし戻るか」
「うん」
そして階段を降りる。
遠田は一階から、じっと階段の上を睨み付けていた。
「遠田」
「何だ?」
「じっと上を見てたのか?」
「ああ、誰かが降りて来ても、すぐに対処できるように」
「後ろを見てみろよ」
「やめろよ! そういうの!」
遠田が少し狼狽える。
「いや、リビングのドアが全開だよ。俺達は締めて出てきただろ?」
「あ。たしかにな」
リビングの前まで行き、中を覗く。
すると、机の上にあったコーヒーのカップが片付けられていた。
「やっぱりいるね、誰か。もう一度、他の部屋も探してみる?」
「無駄だろ、多分」
「そうだね。これだから」
俺と七原は息を合わせて幽霊のジャスチャーをする。
「やめろよ!」
やはり遠田は、これが苦手なようだ。
そして俺達は玖墨の家を出たのだった。




