97.あなたが行けばいいんじゃないかしら?
急いでベルを鳴らし、女官を呼ぶ。
何故! 呑気に湯浴みなんてしてたんだ私!
マッタリ食事をとってる場合か!
寧ろ何故夜着に着替えた!
目の前にあった便箋に、もしラヴィニアが鍵を握っているのなら、ラヴィニアの身が危険なのではと走り書きをし、目通りを願う旨認めて、やってきた女官に至急アイザック殿下に渡して欲しいとメモを渡し、夜着の上にショールを巻いて、かなりはしたないとは思うものの、もう一度ビアンカの部屋へと案内をして貰った。
ビアンカの部屋には、お父様達が戻っていなければ、まだカシー兄様がいらっしゃるはず。
困惑気味の女官は、すぐに騎士をベルで呼び、メモをアイザック殿下に届けるように指示を出し、足早にビアンカの部屋へと付き添ってくれる。
案内がなくても行けるけど、王族の居住区を一人で好き勝手に歩き回るのはご法度だ。
致し方ない。
ノックをすると、少し待ってから扉が中から開けられた。
きょとんと眼を丸くしたカシー兄様と視線が合う。
「アリー? なんだ。もう休んだんじゃなかったのか? またお前はそんな恰好で……」
声を潜め、呆れたように言うカシー兄様の言葉を遮って、腕を引っ張り廊下に連れ出す。
女官さんには少し離れて貰ってから、小声で早口でまくし立てた。
「兄様、私うっかりしていたんです。ビアンカを落としたアメリアの主はラヴィニア様、怪しいユーヴィン様の婚約者もラヴィニア様、逆らったらまずい『あの方』を知っているのもラヴィニア様っ。私達が追い詰めていると気づかれたら、ラヴィニア様の身が危険なんじゃないかって!」
「あ。……いや、でも、ん――っ」
「なんです?」
「いや、父上達がその辺はもう動いているんじゃないかと思って。良いや。確認してこよう。アリーはビアンカについていてくれ。僕は父上のところへ行ってくる」
「お願いします、急いで、兄様! お目通りを願うとアイザック殿下に使いを出しています!」
「わかった」
前にアイザック殿下の悪評をばら撒いたネイド・シラーは、逃げ込んだ小屋で破落戸に襲われていた。
なんでもっと早くに気づかなかったんだろう。
扉の前で見張りをしていた騎士に声を掛け、カシー兄様が足早に去っていく。
私は息を吐きだして、ビアンカの部屋の中に戻った。
ビアンカは、すやすやと寝息を立てている。
私はビアンカのベッド脇の椅子へ腰を下ろし、ベッドの脇に肘をついて、ひたすらに祈った。
どうか杞憂で終わりますように。
***
どれくらい、時間が経っただろうか。
控えめなノックの音にハっとなる。
急いで立ち上がり、足音を立てないように扉に向かった。
そっと開けると、扉の向こうにお母様。
「お母様……」
「アリー、お疲れ様。入っていいかしら?」
「あ、はい。ビアンカはまだ眠っています」
扉を開けて、お母様を促した。
お母様は、まっすぐにビアンカの元へ行き、寝顔を窺ってから、ほっと安堵の息をついた。
それから私の手を取って、ベッドから距離を取り、窓際の小さな応接セットのところへと誘った。
小声なら、眠りを妨げないだろう距離だ。お母様と向かい合って座る。
「さっき、カシーが来たわ。お父様は陛下と宰相閣下とお話中よ。わたくしはあなたに伝えておく方が良いと思って、席を抜けたの」
「そう、ですか。それで、今、どんな状況なのでしょう?」
お母様は、小さく笑みを浮かべてから、ゆっくりと聞かせてくれた。
まず、私が気になっていたラヴィニアだが、屋敷の周囲は既に手が及んでいるらしい。
ただ、ラヴィニアの身に危険が迫っている可能性を考慮し、ラヴィニアを王宮で保護することになったようだ。
宰相閣下は、自宅の騎士に命じ、ユーヴィンの動向を見張っているらしい。
次期王妃殺害未遂の可能性もあるということで、王宮の影も派遣されたとのこと。
ラヴィニアの所へも同様の理由で影が派遣されているらしい。
ヴァイゼ殿下は現在王宮の客間を与えられ、こちらも影が見張りに付けられている状態だそうだ。
アメリアは、地下牢に入れられた。こちらも監視対象となっている。
「そう……」
話を聞いて、ほっとしたのと、うっかりしていた不甲斐なさと、何も出来なかった悔しさで、何とも言えない気分になる。
ちゃんと、大人が動いてくれた。子供の私には、出る幕がない。
それが、何だか悔しい。
「――それで……。わたくし、考えたのよ」
お母様は、にっこり笑ってぽん、と小さく手を叩いた。
「あなたがパルエッタ伯爵家に行けばいいんじゃないかしら?」
――はい?
投稿遅くなりました!><;
いつもご拝読・いいね・ブクマ、有難うございます!
明日は土曜日、朝の投稿は少し遅くなるかもしれませんが、2~3本、上げようかと思います。




