83.これから先も、その道を選びます。
暫く、睨みあうような二人に、皆動けずにいた。
ビアンカが、ため息をつく。
「ストムバート様。あなたは、何がしたいのですか? わたくしがあなたの贈り物を受け取ったとして、あなたは何をしたいのですか」
「僕は……」
ユーヴィンは、空いていた椅子にぽすりと力なく腰かけた。
「僕はただ、思い出して欲しかった。あなたはもっと、天真爛漫で、明るく笑う人だ。手入れの行き届いた庭園に咲く薔薇よりも、野原に咲く小さな花が似合う、煌びやかな宝石よりも、ガラス玉を愛する人だ」
「――つまり。あなたはわたくしを否定したいのですね」
「違う! 僕は――」
「違いませんわ。あなたはあなたの理想と違うわたくしが不満なのでしょう? わたくしが貴族として生きることが不満で、わたくしが平民らしくないのが気に入らないのでしょう?」
「それは――」
「ですが、わたくしの人生はわたくしのものです。あなたに口出しはさせません。過去は過去。わたくしは自分で貴族になる道を選んで生きてきました。これから先も、その道を選びます」
ユーヴィンは、泣き出しそうな顔で項垂れた。
口を、挟もうかと思って。でも、やめた。
ビアンカは今、戦っているところなんだ。
王族に名を連ねる為に。
それに水を差すのは、何か違う気がした。
「わたくしに何を贈ろうが、わたくしは受け取ることはできません。あなたが贈ったものは皆、施設の子供たちが大事に使ってくれるでしょう。はっきりと申し上げておきますわ。わたくしはこの国の第一王子、アイザック・フェロー・ド・メルディアの婚約者であり、次期王妃です。これ以上の無礼は不敬と受け取ります。努々お忘れなきように」
きっぱりと言い切ったビアンカは、顔色があまりよくない。
きつく握った指先は、小刻みに震えている。
アイザック王子がそっとビアンカの手を握る。
ビアンカは、それだけでふわり、と柔らかく微笑んだ。
ユーヴィンは、心あらずな様子で、ぼんやりとビアンカを眺めている。
「――今回は、ビアンカがどうしても自分でお前と向き合いたいと言った。だから、今までは傍観していたが、これでもまだビアンカを困らせるつもりなら、私も容赦はしない。だが、お前が改めるというのなら、学園の中のこととして、これまでのことは、不問にするつもりだ」
アイザックの言葉を、ユーヴィンは黙って聞いていた。
「ユーヴィン」
ぽん、とヴァイゼがユーヴィンの肩を叩く。
一度ヴァイゼ殿下を見上げたユーヴィンは、しゅん、と項垂れた。
「申し訳、ありませんでした……」
小さな声で謝罪を述べ、頭を下げるユーヴィンに、ビアンカはほっと力を抜いて、笑みを浮かべた。
「いいえ。分かって下さればそれで。謝罪を受け入れますわ」
***
それから、ユーヴィンのプレゼント攻撃がピタリとやんだ。
ユーヴィンの方から、話しかけてくることもなくなった。
時々、無表情でじっとビアンカを見つめていることもあったが、基本、一学年の時のように、ヴァイゼ殿下に寄り添って、静かに微笑んでいる。
私達も、極力気にしないように努めた。
できれば、クラスメイトとして、禍根は残したくは無かった。
ユーヴィンは、今回のことを抜きにすれば、優秀だった。
アイザック王子の臣下とするには不安が残るが、外交などには力を発揮すると思う。
ヴァイゼ殿下の側近として、隣国に渡るのも手だろう。
幸い、ユーヴィンがビアンカにプレゼントを渡したりするのは、教室の中だけだった。
外には、まだ漏れていないはず。
貴族は、些細なことが傷になる。
それがアイザック王子や次期王妃となるビアンカの不興を買ったとなれば、あっという間に人は離れて行ってしまう。
ビアンカは、それを望まなかった。
私達は、ビアンカの意思を尊重した。それが正しいのか、間違っているのか。
その時は、まだ判らずにいた。
何事もないまま、月日は流れ、やがてそのことも風化し始めたある日、事件が、起こった。
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残業ですっかり遅くなりました…;
ちょっと今日は余力が尽きてしまったので、明日の朝はお休みします。
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