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80.面倒くさいやつでした。

 ビアンカに、伝えたいとは思うものの、中々二人きりになれない。

 親しくなったとはいえ、流石にフローラやヴェロニカには言えない。

 私はこっそりと時間の合間を縫ってビアンカに手紙をしたため、帰り際に渡すことにした。


 授業が終わると、王妃教育の為、ビアンカはアイザックと共に王宮の馬車で帰っていく。

 私は二人が馬車に乗り込む際に、ビアンカへと手紙を渡した。


「昼休みに話した内容が書いてあるわ。王宮に着いたら目を通して頂戴」

「ありがとうございます、お姉様」


「なんの手紙だったんですか?」


 走り出した馬車を見送りながら、フレッドが首を傾ける。


「ビアンカに横恋慕をしているクラスメイトがいるの。少し心配で、彼とお昼休みに話をしたから、そのことを書いたのよ」

「……お嬢様。まさかと思いますが、その彼と二人きり、なんてことは無いですよね?」


 ……ぎく。

 や、でもさ、内容が内容だったんだよ。

 他の人に聞かれたら、私もサイコパスの仲間入りしちゃうじゃん。


「えーと、そのー……」

「……。二人きりだったんですね?」

「……。ごめんなさい」


 ……そりゃそうだ。

 何もないとはいえ、私だってフレッドが知らない女の子と二人きりでいた、なんて聞いたら、信じていても嫉妬はしてしまう。

 ちょっと考えが足りなかった。

 しゅん、と項垂れると、フレッドが困ったように苦笑する。


「幼い頃から、お嬢様……アリーはビアンカお嬢様の事ばかりでしたからね。俺の言いたいことは、分かって下さっているようなので、今回だけは許して差し上げましょう。でも、気をつけて下さいね?」


 フレッドは私がしょぼくれると、少し冗談めかした口調でそういって、ぽん、と頭を撫でた。

 大丈夫だよというような、優しい笑み。

 ほっと心が解けていく。


「うん。考えが足りなかったわ。今度から、気を付けるから」

「はい。さ。帰りましょう」


 ふっと笑みを浮かべ、フレッドが手を差し伸べてくれる。

 こんな時、ほんとに大人だなぁって思う。

 フレッドは、懐が深い。


***


 翌日、教室に着くと、いつものようにフローラが挨拶をしてくれる。

 まだ来ていないのは、ビアンカとアイザック王子だけ。

 ヴァルターはすでに教室に荷物を置いてから、アイザックを出迎えるからと、発着場に迎えに行っている。

 イグナーツは一人読書中。ヴァイゼ殿下の傍には、ユーヴィンの姿。

 ユーヴィンは私の視線に気づいたらしく、こちらをちらりとすると、目を細め、小さく会釈をした。

 その目はどこか挑戦的だ。

 ……やだなー。コイツとは正直関わりたくない。

 なんていうか……。コワイ。


 程なくアイザックとビアンカが、ヴァルターを伴い登校してきた。

 ビアンカは私を見ると、にこっと笑って挨拶をしてきた。


「お早うございます。お姉様」

「おはよう、ビアンカ。……手紙は読んでくれた?」

「はい。でも、そういう事なら、大丈夫ですわ」


 ビアンカはにっこり笑って頷いた。

 強がっている風でもない。本気で心配していない、そんな顔。

 隣にいたアイザックも、ニコニコとしている。が、こっちは、絶対本心は笑ってないなー。

 笑顔が怖い。


「お早うございます。ビアンカ様」

「ご機嫌よう、ストムバート様。ご機嫌よう、ヴァイゼ殿下。ご機嫌よう、イグナーツ様」

「やぁ。お早う、ユーヴィン・ストムバート」


 こちらに歩み寄りながら、ビアンカに声を掛けるユーヴィンに、ビアンカは微笑を浮かべ挨拶をし、すぐ、その向こう側にいるヴァイゼ殿下とイグナーツへ、挨拶をする。アイザックはビアンカの隣にピタリとつけて、にっこりとユーヴィンへ一ミリも笑ってない目で笑みを向けた。


「ああ。お早う、ビアンカ嬢。アイザック」

「お早うございます。アイザック殿下。ビアンカ嬢」


 挨拶を受け、ヴァイゼ殿下とイグナーツも挨拶を返す。

 ユーヴィンは一瞬傷ついたような顔をしたが、すぐにまた穏やかな笑みを浮かべた。

 ふっとビアンカとアイザックが顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

 二人は当たり前のように手を繋ぎ、ビアンカはユーヴィンへと視線を向けた。


「わたくしに何かご用でしょうか?」

「あ、いえ。その……」

「……」


 言葉に詰まったユーヴィンに対し、ビアンカは静かな微笑を浮かべたまま、美しい姿勢を保ち、静かにユーヴィンへ視線を向けている。

 ユーヴィンは少し困ったように視線を彷徨わせ、ふと思い出したように自分の席へと戻った。すぐに手に何かを持って戻ってくる。


「貴女に、これを」

「これは?」


 ユーヴィンが差し出したのは、素朴な野の花を押し花にした栞だった。

 ビアンカはそれを一瞥した後、まっすぐにユーヴィンへと視線をうつした。


「頂けませんわ」


 きっぱりと断ったビアンカに、ユーヴィンは眉を下げた。


「……何故ですか? これがみすぼらしい雑草だからですか? 確かにこれは雑草ですが、あなたには温室に咲く花よりもずっと――」


 言い聞かせるように言うユーヴィンの話を無視するように、ビアンカは鞄を開き、本の間から一枚栞を抜き取った。それを手の中に乗せ、ユーヴィンへと見せる。


「――……」


「これは、殿下がわたくしにと下さったものですわ」


 ビアンカの手の中にあったのは、そちらも素朴な野の花の栞だった。

 ヨレヨレとした、少し不格好な栞を、ビアンカは慈しむように、愛しいものを見るように眺め、そっと大事そうに本の間へと戻す。


「野の花も温室の花も、わたくしは等しく美しいと思います。受け取れないと申し上げたのは、わたくしがアイザック殿下の婚約者であり、他の殿方からの贈り物は何であっても受け取るつもりが無いからですわ」


「……」


「どうぞ、ご配慮下さいませ」

「ユーヴィン」


 いつの間にか、こちらに近づいてきていたヴァイゼ殿下が、ユーヴィンの肩に手を置く。

 ずっと黙って見守っていたアイザックが、静かな口調で問いかけた。


「ユーヴィン・ストムバート。ビアンカは私の婚約者だ。お前もそれは分かっているだろう?」

「……そうですね」


 ハラリ、とユーヴィンの手から、栞が落ちる。

 栞に興味を失ったように、ユーヴィンはにこりと笑みを浮かべた。


「ですが、『まだ』婚約者というだけですよね。現にアウラリーサ嬢もアイザック殿下と婚約を解消しているわけですし。ビアンカ嬢。次はあなたに気に入って頂ける贈り物をご用意することに致します」


 うわぁ……。


 呆気に取られるアイザックとヴァイゼ殿下を残し、ユーヴィンは落とした栞を踏みつけて、すたすたと歩いていく。


 ふっとビアンカの表情が曇った。


 何がしたいのかわからん……。

 ただ一つ分かるのは、ユーヴィンが多分シャーリィよりもめんどくさそうなやつだってことだけだった。

いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価・誤字報告、有難うございます!

ちょっと体調不良の為、明日は様子見。大丈夫そうなら明日の朝、無理そうなら、明日の夜には投稿します;

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