77.横恋慕は、お断りします。
二学年に上がると、選択科目が増える。
午前は今まで通り、座学だったりダンスだったりの共通の科目だが、午後はそれぞれ、進む道によって変わってくるのだ。
私とビアンカ、ヴェロニカとフローラの女子組は、淑女科。お茶会主催や使用人の管理、金銭管理に手紙の書き方といった、貴族の夫人に必要なスキルを身に付ける。
アイザックとヴァイゼ、ヴァルターは騎士科。剣術を学ぶ。
イグナーツは魔導科。主に魔道具の開発を学び、ユーヴィンは法務科。文官となる知識を学ぶ。
アイザック達は騎士科の棟へと向かうのだが、私達淑女科とイグナーツの魔道具科、ユーヴィンの法務科は、同じ本棟の中にある。
アイザックは不服そうに鼻の頭にしわを寄せた。
「アウラリーサ。ユーヴィンをビアンカに近づけるなよ?」
「無茶を言わないで下さいな。節度を守らないようであれば口は出しますが」
「ビアンカ、何かされそうになったら助けを求めるんだぞ」
「心配いりませんわ。お姉様達もご一緒ですもの」
「アイザック殿下。遅れましてよ」
中々行こうとしないアイザックに、ヴェロニカがツンっと澄まして突っ込みを入れる。
扉の所では、ヴァイゼとヴァルターが待っていた。
「ちっ。今行く」
アイザックは一度チラリとユーヴィンをにらむように見てから、走って教室を出て行った。
私達も準備を終えて、教室を出る。
すぐにユーヴィンとイグナーツも付いてきた。
向かう方角が途中まで一緒だから、皆で話しながら移動をする。
「――ビアンカ嬢は、いつから公爵家に?」
「六歳からですわ。わたくしの侍女として雇い入れておりましたの」
声を掛けられたビアンカが、わずかに肩を揺らすのを見て、ずぃっと間に割り込み、ビアンカの代わりに返事をする。
アイザックじゃないけど、どうもユーヴィン、ビアンカに横恋慕してそうなんだよね。
「そうなのですね。 公爵家の養女には、いつ?」
私の方ににこりと笑みを向け、頷いた後、話しかけたのはやっぱりビアンカに向けて。
「入学の前ですわ」
これまた私が答える。
「ユーヴィン様は宰相のご子息でしたわね。入学時よりヴァイゼ殿下と行動を共にされていらっしゃいましたが、何故アイザック殿下ではなく、ヴァイゼ殿下のお傍にいらっしゃるのかしら?」
ずぃずぃ。ヴェロニカも私とユーヴィンの間に入る。察してくれたらしい。
「ビアンカ様、王妃教育は順調でして?」
「ええ」
ずぃずぃずぃ。フローラも、私とビアンカの間に入り、歩調を緩め、私達の後ろを歩きだす。
イグナーツが苦笑した。因みにイグナーツは、ビアンカたちが少し下がってきたため、ビアンカを挟むようにフローラの反対側を歩いている。
「……随分と警戒なさるんですね」
ユーヴィンが微笑を浮かべる。
「貴方の態度が今までと違いすぎますもの。あからさまにビアンカに近づこうとなさっておいででしょう? 可愛い妹は念願が叶って漸く殿下の婚約者となったのですもの。横やりは入れて頂きたくありませんの」
お分かり? というように、扇で口元を隠し、視線だけを向ける。
勿論この扇は、鉄扇だ。
「話すくらいは良いでしょう? 私はビアンカ嬢に憧れていたのですよ」
「ストムバート卿、わたくし、アイザック様の婚約者ですの。クラスメイトとして仲良くして下さるのには感謝致しますわ。ですが――」
「似合いませんね」
「――は?」
ぼそっと呟いた声は、私の耳に届いた。
「――いえ。ビアンカ様は、本来もっと明るく快活な方でしょう? 淑女然とした振る舞いは、似合わないと感じまして」
にっこり、と笑ったまま、ユーヴィンが私に視線を向ける。
――あ。なんか、分かったかも。
何となく、ユーヴィンとは一歩距離を置いてしまっていた理由。
笑っているのに、目の奥が冷えているんだ。
素のビアンカを、知っている?
この人も、転生者なのだろうか。
「ユーヴィン。あなたは法務科でしょう? 通り過ぎてしまいますよ」
イグナーツの声に、ユーヴィンが微笑を浮かべ、振り返った。
「大丈夫ですよ。それでは、また教室で」
長い髪を揺らしながら、ユーヴィンが離れていく。
「……ビアンカ。次のお休み、少し公爵家に戻れるかしら? 少し、お話がしたいわ」
「今日、王妃教育が終わりましたら、一度屋敷へ戻りますわ。少し遅くなってしまうかもしれませんが……お待ちいただけますか?」
「勿論よ。待っているわ」
私は、ユーヴィンルートを知らない。
何かがまた、始まろうとしているのかもしれない。
胸の奥が、ざわざわとした。
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次は夜、21時頃、投稿予定です。




