74.謎は、謎のまま。
謁見を終え、ひとまず王宮の一室で、私達は久しぶりに一緒にお茶をすることにした。
私はまだ、夢でも見ているんじゃないかと、何度も頬を抓る。
そんな私を、皆がニコニコと見つめていた。
因みに、今ここにいるのは、私とフレッド。アイザック殿下とビアンカ。ヴァイゼ殿下とヴェロニカ。フローラとヴァルター。それから、シャーリィ。
「皆様、この事ご存じでしたの?」
私が熱を持った頬を両手で押さえ、じとりと見やると、ヴェロニカがくすくすと笑った。
「ええ。陛下から王宮に来るようにと言われた際に、アイザック殿下から」
「え!? わたし何も聞いてないよ!?」
「君はAクラスで無いからな。級友である彼らと違い、別に報告するほどこの二人とかかわりがあるわけでもないだろう?」
「あんまりです王子様ぁっ!」
「寧ろ何故あなたが当然のようにこの輪に混ざっているのか謎でしかありませんわ」
「え、だってわたし王子様とかアウラリーサ様のお友達だよ!?」
「え。初耳ですわ」
「初耳だな」
「ひどいっ!」
あんなことの後なのに。楽しいと思ってしまう私は、薄情なのかもしれない。
胸は痛まないわけじゃないけれど、こうして、笑うこともできてしまう。
ヴェロニカが優雅にお茶を口に運んだ。
「随分とあなたが傷心していると聞いて、心配しておりましたのよ。フレッド様もご無事でよろしゅうございました」
「ええ。本当に一時はどうなることかと。皆さまはお変わりなくて?」
「ええ。あの日、何があったのかお聞かせ願えまして?」
……どうしよう。
ここには、ヴァイゼ殿下もいる。
ヴェロニカは、公爵令嬢だ。
殿下とビアンカが攫われたことは、既に知られているからいいとして、ラザフォード殿下の事はどうしよう。
ヴァイゼ殿下とヴェロニカは信じたいが、これって国家機密なんじゃないだろうか。
私が口を噤むと、暫し考え込んだアイザック殿下が、真剣な面持ちで、皆を見渡した。
「本来なら、話すことはできない。だが、私は、君たちには、真実を話しておこうと思う。それが、尽力してくれた君たちへの誠意だと思うから」
アイザックが、静かに語りだした。
「あの日、一時限目が終わってすぐ、王宮から使いが来たと、担任に呼ばれた。連れて行かれたのは、学園長室だった。学園長から、叔父上がお待ちだと、私を案内するように言われたと連れ出されたんだ」
「わたくしも、すぐに担任が呼びに来まして。殿下がお呼びだと連れ出されましたわ。向かった先は応接室の一つでした。担任が扉を開けたので中に入るとどなたもいらっしゃらなくて。振り返ろうとした途端、布を口に当てられて、気を失ってしまいましたの」
その後の事は、私が説明した。
殿下とビアンカの行方が分からなくなったこと。
すぐに王宮に知らせて貰ったこと。
公爵家に戻り、ヴァルターに、シャリシールがビアンカを追えないかと提案され、シャリシールに追わせたこと。
「そうしたら――。この子、わたくしの屋敷の前で中に入れろと騒いでおりまして。ついてくると聞かなかったものですから、連れて行ったのですが……」
「見張りは居なかったのですの?」
「すっごいいっぱいいた!」
「かなり人はおりましたが、この子が――」
「王子様が捕まってるなら助けなきゃって思うじゃない」
「……と、こんな調子で敵陣に突っ込んでしまいまして……」
「あれは驚いたな。けど、アウラリーサ嬢にもかなり驚いたぞ? まさか扇に武器を仕込んでいるとは」
「「武器?」」
綺麗にヴェロニカとフローラがハモる。
へぇ?とヴァイゼ殿下も楽しそうに目を輝かせた。
「ね! アウラリーサ様、ちょーかっこよかった! こう、ひらっひらって」
それはヒラヒラというよりくねくね。
タコじゃないんだから。思わず苦笑を浮かべてしまう。
「これですわ」
私は扇を取り出して、テーブルへ置いた。
「あら……。随分と重いのですね……」
私の扇を手に取ったヴェロニカは、その重さに驚いたようだ。
「ええ。この軸の部分は鉄でできておりますの。ここをこうすると……。刃を隠しておりまして」
「まぁ……!」
ふふふふふっ。ヴェロニカがいたくお気に召したようだ。目がキラッキラしてる。
「鉄扇と申しますのよ。入学前に特注で作らせましたの」
「へぇ……。扇に刃とは、面白いことを考えるなぁ」
ヴァイゼ殿下も興味を持ったらしい。
鉄扇はロマンだと思うんだ。いいでしょ!
ふと、あの時の事を思い出し、私はシャーリィに視線を向けた。
「ですが、わたくしはシャーリィ様にも驚きましたわ。あなた、どうやって避けていたのかしら?」
「な。結構な人数に追い回されてんのに全部避けて突っ走っていくんだぜ? すげぇ焦った」
「昔っから逃げるのは得意なの!」
一体何から逃げていたのか。
アイザック殿下が、話を戻す。
あの屋敷に連れて行かれ、王位継承権を放棄しろと詰め寄られたこと。断ればビアンカの命は無いと脅されたこと。
「ここから先は、絶対に口外しないでくれ。シャーリィ嬢。約束を守れるか?」
「守ります!!」
あの後の事を、アイザック王子は、淡々と、話して聞かせた。
あえて事務的に言っているのは、感情を揺さぶられない為かもしれない。
話を聞き終えたヴェロニカが嘆息する。
「そう、でしたの。……決して口外しないと誓いますわ。あなた方が居ない間に、学園の方でも動きがありましたの。当然ですが、学園長は代替わりをすることになりました。例の謎の女生徒ですが……。学園の記録にも、あのパーティの参加者名簿にも、該当する人物はおりませんでしたわ」
「わたしも、あの後は、教科書とかに悪戯もされなくなったし、誰かに突き飛ばされたりもしなくなったの」
――結局、その女については、謎のまま、か。
「何はともあれ、明日には殿下とビアンカ様、アウラリーサ様とフレッド様の事は、学園中に広まっていると思いますわ」
「これで堂々とビアンカと一緒に居られるな」
「わたくしも、殿下のお隣を歩けるようになるなんて、夢のようですわ」
にこにこ笑うアイザックとビアンカ。
対して私は、顔を赤くしながらも、じとんっとフレッドをにらんでしまう。
「フレッドは、傷が治るまで残っているのよ?」
「それは聞き入れられません。お嬢様をお守りする役目は誰にも譲らないと申し上げたでしょう」
貴方も大概融通の利かない人ね。
嬉しくないとは、言わないけれど。
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次は、明日の朝、8時頃、投稿予定です。




