51.エスコートをお願いします。
ぐったり気味の殿下と、ぷりぷり怒るビアンカと別れ、教室に入ると、すぐにフローラがにこにこと近づいてきた。
「ご機嫌よう、アウラリーサ様!」
「ご機嫌よう、フローラ様」
私も笑って挨拶をすると、フローラはにこにこしたまま首を振った。
「いいえ、フローラ、とお呼び下さいませ。昨日はそう呼んで下さいましたでしょう? わたくし、嬉しくて」
え? 呼んでた? 無意識か。
「では、わたくしの事は、アリーと呼んで? わたくしもフローラと呼ぶわ」
「では、アリー様と呼ばせて頂きますわ!」
私とフローラが話し込んでいると、ヴァルターが近づいてきた。
「よう。昨日、リベルタ商店に行ってきたんだろう? 大丈夫だったか?」
ヴァルターの問いかけに、フローラが目を丸くし、すぐにふんわり微笑んだ。
「あら。ヴァルター様はご存じでしたの? ええ、びっくりしましたわ」
「詳しくは知らないんだが、何か騒ぎがあったらしいな」
「大したことではありませんの。店を出たら、シャーリィ・バーシルがいて大騒ぎをしていたので……」
「あー。あの子か。なんだ。騒ぎと聞いたから、何か事件でもあったのかと思った。ところで……ピアスは買ったのか?」
「ええ、まぁ……」
「わたくしは髪飾りだけですわ」
私は頷いて、フローラは苦笑を浮かべて首を振る。
ヴァルターは私を見た後、フローラに視線を向けた。
「ふーん。フローラ嬢はパートナーは見つかったのか?」
「兄に頼もうかと思っておりますわ」
「ねぇ、フローラ。良かったら――」
兄にパートナーを頼んでみましょうか?
そう言いかけた私の顔の前を、にゅっと腕が横切った。
ヴァルターがフローラの前に、小さな袋を差し出している。
お?
「これは?」
「ピアス」
「ふぇッ!?」
フローラの白い肌が見る見る朱に染まっていく。
頬を両手で抑え、伸ばしかけた手を引っ込めてオロオロしてる。
ぅはー! フローラ可愛い!
表情を変えていないけど、耳が赤いです! ヴァルター様!!
私はドッキドキで目の前で繰り広げられる甘酸っぱいやり取りを見守った。
「良かったら俺がエスコートしてやろうか?」
「え。あの、えと……」
えーいこの不器用さんめ!
ツンデレかよ!
耳赤いんだよコノヤロー!
素直にエスコートさせてくださいって言えんのか!
んもぉ、甘酸っぺぇ――!
真っ赤になったまま、助けを求めるように私を見てくるフローラ。
思わずこくっと頷きサムズアップ。
フローラは真っ赤になったまま、こくっと頷き返すと、視線をヴァルターに合わせた。
「その、わた、わたくしで、宜しければ……ぜひ……」
「ん。じゃ、迎えに行ってやる。当日つけて来いよ」
片手でフローラの手首を握り、ぽすっと袋をその手に乗せると、ヴァルターはヒラヒラと手を振って、男子達の方に歩いて行った。
イグナーツとヴァイゼ王子にバシバシ叩かれてる。
ぷしゅぅ、と音が出そうなほど真っ赤になって、ぷるぷるしながらピアスの袋を握りしめて、硬直しているフローラ。
案外、お似合いかもしれない。ニヨニヨ。
***
新入生歓迎のパーティーは、明日。
生徒会主催のパーティは、上級生達だけで準備をするらしく、新入生は、今日は半日で終了。
帰りも突撃してくるかと思ったシャーリィは、姿を見せなかった。
ほっとしたような、拍子抜けしたような。
早々に王宮へと帰り、自室に戻って数分後、アイザック王子がビアンカと数名の侍女を伴い、訪ねてきた。
「アウラリーサ。入学パーティ用のドレスを持ってきてやったぞ」
ドヤ顔のアイザック殿下。
通常は、デビュタント前の歓迎パーティのドレスは、親が用意するものらしいから、てっきりドレスはお父様とお母様が用意してくれていると思っていたから、びっくりしてしまう。
デビュタントは流石に建前で送ってくれるかな?って思ったけれど、今回は贈るにしてもビアンカだけだろうと思ってた。
「え、わたくしにもご用意頂けたんですか? 宜しいんでしょうか」
「今はお前が婚約者だし、ビアンカを妃に迎えることが出来たら、お前は姉上になるからな。このくらいは、当たり前だ」
え、ちょっと嬉しい。殿下ったらいい子……!
「優しい義弟で姉はとても感激ですわ」
冗談めかして言ったら、ビアンカとアイザックが嬉しそうに笑う。
「お姉様、わたくしもまだ見ていないんです! 一緒に見たいと思いまして!」
「そうなのね? 殿下。開けてみても?」
「ああ。勿論だ。母上と一緒に選ばせて貰った。気に入ると良いのだが」
箱を開けて、思わずビアンカと感嘆の声を上げる。
少女らしい、可愛らしいデザイン。だけど、リボンは小ぶりで、色味が少し落ち着いていて、可愛さの中に上品さがあり、ちょっとだけ背伸びした感じ。
布はとても軽くて柔らかく、とても良い手触りで、施されたレースは繊細で、まるで芸術品のよう。
学園で行われるパーティーというのもあって、夜会のような華美さでは無いけれど、シンプルだけど、細部までこだわった作りがとても素敵なドレスだった。
「素敵!!」
二人でドレスを手に取って、体に当てて、ビアンカと顔を見合わせ笑う。
きゃっきゃと燥いでいると、殿下が満足そうに鼻を鳴らした。
「なかなか選ぶのに苦労したぞ。ビアンカは愛らしいけれど、アウラリーサは美しい。どちらにも似合うそろいのドレスにしたくてな。だが、喜んでくれたようで選んだ甲斐があった」
「「ありがとう存じます!!」」
リティとオーサに、ドレスをトルソーにかけて貰う。
「……そうだわ。殿下。明日のエスコートはどうなさいます?」
ふと、王子に尋ねてみる。
ビアンカと王子が顔を見合わせた。
「私は……。今は、アウラリーサ。君が婚約者だ。それに、私は君の事も友人として好ましく思っている。君のエスコートをさせて欲しい」
「わたくしも、殿下にエスコートして頂けたらとは思いますわ。でも、殿下はまだお姉さまの婚約者です。……大丈夫ですわ!わたくしはお兄様にお願いをしようかと思います!」
無理に明るく振舞おうとするビアンカが痛々しい。
ふと扉の方を見ると、フレッドが壁際で控えていた。
何を考えているのか、その表情からは読み取れない。
でも。私はそっと耳に触れた。コロンと丸い、ピアスの感触。
「それなら……。ビアンカ。わたくしの為に、フレッドにパートナーをお願いしてもいいかしら?」
「フレッドに、ですか?」
きょとんとするビアンカと、壁際で息を呑む気配のフレッド。
私は顔が赤くなるのを誤魔化しながら頷いた。
「エスコートは、アイザック殿下にお願いいたしますわ。でも、わたくしもフレッドとダンスをしてみたいの」
「まぁ!!」
「お嬢様……」
「ですから、わたくしも、二人には楽しんで頂きたいわ。寂しい思い出にしてほしくありません。わたくしも、楽しい思い出を作りたいです」
「フレッド! お願いしてもいいかしら?」
ビアンカが、目をキラキラさせながら、フレッドに向き直る。
フレッドは暫し呆気に取られた顔をしていたが、深く頭を下げた。
「喜んでエスコートをさせて頂きます。ビアンカお嬢様」
顔を上げたフレッドの、私へ向けられる視線は、妙に熱を帯びているようで、私は恥ずかしくて、誤魔化すように視線を逸らした。
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