両片想いの距離
ソアラのディランへの涙ながらの吐露は、騎士達が暴漢の男達を引きずって戻って来た事で終了した。
カールが騎士達を引き連れて駆けて来た事もあって。
騎士達よりも速い速度で走る走る。
「 殿下ー!殿下ーっ!!」
騎士達から暴漢が現れた事を聞いて、その暴漢の後を追った己の主君を探して駆けて来たのである。
「 ソアラ嬢!無事ですか? …………えっ!? そんな所で何をやってますか? 」
カールはソアラとディランの前で立ち止まった。
膝に手をやり腰を屈めてハァハァと息を吐きながら、ソアラの後ろに視線をやっている。
「 ? 」
カールの視線を辿れば……
自分の座っているベンチの直ぐ後ろで、跪いているルシオと目が合った。
「 えっ!? 」
ルシオの横にはシリウスもいた。
バツの悪そうな顔をしながら、やあ!とばかりに掌を胸元に上げる。
「 シリウス……様?………えっ!?でんかぁ!? 」
ソアラが令嬢らしからぬ素頓狂な声を上げた。
立ち上がったルシオは、直ぐにフレディからソアラの手を奪還した。
バリッと。
フレディはずっとソアラの手を握っていて。
最早我慢の限界だった。
ついでにソアラが反対の手で握りしめていたハンカチも取り上げて、自分の上着のポケットから取り出したハンカチをソアラの手に押し付けた。
取り上げたハンカチはフレディに返そうと思ったが、ソアラの綺麗な涙がこのハンカチに付いているから渡したくは無い。
なので自分の上着の内ポケットに入れた。
この一連の動作を無言で。
ルシオの瞳はずっとフレディを睨み付けたままで。
ディランがクックと笑い出した。
「 お初にお目に掛かりますわ。わたしはディランと申します。ダンスの講師をしております 」
ベンチから立ち上がって……
ドレスの裾を持ってカーテシーをするディランはやはり背が高い。
ガタイも良い。
初めて見るディランの立ち姿にルシオは目を見張る。
ヒールを履いているから、背の高い自分と同じ位の背がある。
ソアラはどうしてこれを女だと思ったのかと。
まだディランの正体を知らないカールは、目の前のでかいディランに目をまん丸くしていた。
ダンス講師であるディランの名前は勿論知っている。
背が高いとは聞いていたが、まさかこれ程とはと。
「 フレ……ディランだったな。そなたには聞きたい事がある。シリウス! ディラン嬢を連れて謁見室に来い! 」
ルシオが怒気を孕んだ声で、シリウスを睨みながら言った。
「 仰せのとおりに 」
シリウスが肩を竦めながらディランに目配せをした。
バレているのだと。
ルシオはソアラの手首を掴んで歩き出した。
「 カール! そいつらを尋問せよ! 手足の1本や2本切り落としても構わない。王族を愚弄した報いを受けさせろ! 」
「 ……御意 」
麗しの王太子ルシオならぬおどろしい発言に、カールや騎士達も驚いていた。
ルシオはかなりイラついていて。
こんなルシオは珍しい。
……が、ソアラはそれどころでは無かった。
聞かれてた?
何処から?
それは自分の中の一番醜い感情だった。
その醜い感情を、誰よりも知られたく無かった婚約者に、知られたのだと思うと……血の気が引いた。
それに……
ディランはフレディ王太子殿下。
結局は友達の悪口を……
隣国の王太子殿下にワァワァ泣きながら喚いただけで。
ソアラはクラクラした。
自分のあり得ない醜態に。
ルシオの手はソアラの手首を掴んだままだったが、その無表情な顔は何を思っているのかと思う位に怖かった。
きっと呆れているんだわ。
私の為にルーナを侍女養成学校まで通わせていたのだから。
そう全ては私の為に。
なのに有り難迷惑みたいに言っちゃって。
余計な事をと思っちゃって。
それに……
友達の悪口を言う奴なんて、軽蔑されても仕方が無い。
きっと嫌われた。
私の事を嫌になった筈。
元々は王命で結ばれただけの2人の縁なのだと、ソアラは項垂れるのだった。
騎士達が縛り上げた項垂れる男達を引っ張って行く。
そして……
ルシオに手首を掴まれ、引っ張られて歩く項垂れたソアラも……
罪人みたいだった。
***
犯人の男達はルシオの剣幕に震え上がり、襲撃した理由を正直に話した。
フードを被った男に大金を渡され、ガゼボにいる若い令嬢を一発殴打するだけで言いと言われたのだと。
たったの一撃で大金が貰えるのならやらない理由は無い。
博打で大敗した彼等は一文無しになっていたのだから。
「 ソアラ嬢なら分かりますが、何故ルーナ嬢なのでしょう? 」
「 おいっ! 」
あの場にいた者達からの情聴取を終え、ルシオはカールと共に自分の部屋に戻って来ていた。
「 ソアラなら分かると言うのはどう言う意味だ? 」
怪訝な顔をするルシオに、カールが何か言おうとした時に……
「 わたくしは今までに、何度も危ない目に遭いそうになりましたのよ 」
お茶を持って来たルーナが、2人の会話に割って入って来た。
壁際に立っているバーバラが一瞬怪訝な顔をした。
侍女は……
聞かれもしないのに、主達の話に割って入ってはならないのだから。
「 その度にソアラがグーパンで助けてくれて…… そうそう。ブライアン騎士がわたくしを守るようにと、ソアラにグーパンを教えましたのよ 」
「 !? ……そなたを守る為? 」
ルシオの問いに、ルーナは軽く微笑んだだけで何も言わなかった。
「 ソアラは恐くないのね。わたくしはダメだわ。あんな時は恐くて震えるだけしか出来ないわ 」
ルーナは肩を竦めながら、可愛らしく両の腕を抱き締め震える真似をした。
ルシオはイラッとした。
恐くない筈が無いじゃないか!
グーパンを食らわした後は、ソアラは何時もガタガタと震えているんだぞ!
ブライアンの奴……
か弱い令嬢のソアラに何故そんな事を。
ルシオは……
ソアラの勇気をそんな風に言うルーナと、自分の婚約者を守る為に、ソアラにそんな危険な事をさせたブライアンに怒りを感じるのだった。
その時……
カールが唐突にルーナに聞いた。
「 マーモット騎士が、ソアラ嬢の初恋の相手と言う事を知ったのは最近ですか? 」
ルーナがソアラの初恋の相手をバラした時には、カールもその場にいた事からなんとなく気になっていた事もあって。
「 違いますわ。学園に入学してすぐだったかしら? わたくしがまだブライアンを知らない時よ 」
「 !? 」
ソアラの初恋の人だと知った上で、ブライアンと婚約をしたと言うのか?
「 気が付いたらブライアン騎士と婚約をしていて ……親同士が決めた婚約ですわ 」
ルーナは親同士が決めた婚約だと言う事を強調した。
ルシオとカールにとっては、親同士が決めた婚約であろうが無かろうがどうでも良い事だったが、悪びれる事も無くペラペラと喋るルーナに呆れていた。
勿論、貴族間ではよくある話だが。
勝ち誇ったような顔をして話すルーナは、醜い顔をしていた。
***
「 ルーナ嬢。今からお祖母様の所へ行ってくれないか? 」
「 ?……どうしてですか? わたくしは……ルシオ様の側で……侍女の勉強を…… 」
「 事件の後だから、動揺しているお祖母様を励まして上げて欲しいんだ 」
お祖母様は、ルーナ嬢の事をかなり気に入られておられるからと付け加えて。
わたくしが気に入られている?。
ルーナはそれを聞いて満面の笑顔になった。
確かに可愛い。
顔だけは。
「 まあ!? 王太后陛下が……嬉しいですわ。分かりました! わたくしが陛下をお慰め致しますわ 」
「 そうしてくれたら、お祖母様も喜ぶよ 」
ルシオは壁際に立っているバーバラに申し付けた。
ルーナを直ちにお祖母様の所へ連れて行くようにと。
ルーナはいそいそとビクトリアの部屋へ行き、それを見届けたルシオは、ふぅぅと大きなため息を吐いた。
ソアラが思っているように、ルーナが自分の事を好きなのかどうかは分からない。
彼女にはブライアンと言う婚約者がいるのだから。
だけど……
ソアラがそう思っているのなら、ルーナを自分の側には置くわけにはいかない。
ルシオは体良く自分の側からルーナを追い払った。
取り敢えずは、ルーナがすんなりとビクトリアの元へ行った事に安堵した。
やはりルーナはソアラの友達で、邪険に扱う訳にはいかないのだから。
ショックだった何もかもが。
ソアラが話していた事も。
たった今、ルーナから聞いた話も。
この旅の間のソアラの具合の悪さは、自分とルーナが決めたサプライズから来ていたのだと思うと、いたたまれ無かった。
喜ぶと思ったから。
喜ばそうと思っただけで。
だけど……
その友達こそがソアラのトラウマだったとは。
それでも……
ソアラは僕にそれを打ち明けるべきだった。
フレディ殿にでは無く。
ソアラは、ディランがフレディ殿だと言う事を知っていてその話をしたのだ。
ならば……
フレディ殿に打ち明けた理由は何なんだ?
僕よりも彼の方が良いと言うのか?
ソアラは……
フレディ殿が好きなのかも知れない。
フレディ殿も……
ソアラの事を好きなのかも知れない。
ルシオはその後直ぐにシリウスを呼び出した。
同じ頃。
ソアラはビクトリアに呼び出されていた。




