追い掛けた先にあるもの
このアップルパイならば……
ソアラも食べてくれるかも知れない。
初デートの時に、ソアラと2人で食べたのだ。
ソアラにあ~んで食べさせて貰ったのである。
またあ~んをして食べさせて貰いたい。
いや、やはり僕がソアラにあ~んをして食べさせてあげたい。
などと思いながら、ルシオはお茶会をしている小高い丘の上にあるガゼボに向かって歩いていた。
突然ガゼボの方から、男達の怒号と女性の悲鳴が聞こえた。
騎士達が剣を抜きガゼボに駆けて行く姿も。
何があった!?
ルシオは慌ててガゼボに向かって駆け出した。
ソアラ、ソアラ……ソアラーっ!
ルシオがガゼボに到着すると、何人かの騎士がビクトリアの側にいた。
ソアラが丘を見て立っていたが、無事なようで先ずは安堵した。
「 殿下! 」
騎士達がルシオの前に立ち敬礼をした。
ビクトリアを見れば、大丈夫だと軽く片手を上げている。
良かった。
皆が無事なようだ。
「 何があった!?」
「 暴漢2人による襲撃がありました。今、騎士達が男達を追っております 」
「 お前達はお祖母様を連れていけ! 」
「 御意 」
ソアラを見れば……
騎士達が追って行った方向を見ているのか、後ろを向いたままで。
「 ソアラ! 無事か?…… うわっ!?」
ルシオがソアラの元へ行こうとした時に、ルーナがルシオに抱き付いて来た。
ガタガタと震えている。
「 暴漢……が……わたくしを……狙って…… 」
「 ルーナを狙ったのか? 」
ルーナは涙声になった。
「 ………それで何かされたのか? 」
「 わたくしを……棒で殴ろうとして…… 」
怖かったですと言って、ルーナはルシオの胸に顔を埋めた。
その時……
ソアラが振り返った。
「 !? 」
ソアラの目が見開いて行く。
ルシオの横にはブライアンがいた。
ルーナは先に駆け付けて来たブライアンよりも、後からやって来たルシオに抱き付いたのである。
ルーナは……
殿下の事を好きなんだわ。
この時初めてソアラはルーナの気持ちを知った。
いや、薄々は気が付いていたのだ。
ただ……
ブライアンと言う婚約がいるからと、無理矢理否定していただけで。
「 ソアラ! 無事か!?」
ルーナに抱き付かれたままの体制だったが、ルシオはソアラに聞いた。
刹那。
ソアラは踵を返して丘の向こうに駆け出した。
ディランさん、ディランさん……ディランさん!
心の中でそう叫んで。
もう嫌だ。
ルーナが嫌だ。
殿下が嫌だ。
やがて……
何処まで駆けたのかは分からないが、ディランが木の陰から現れた。
立ち止まってディランを見ているソアラに気付くと、彼女は笑った。
「 ドレスって走りにくいわ。騎士達が抜かして行ったから任せちゃったわ 」
ディランはドレスの裾をブンブンと左右に揺すった。
ディランがソアラの前まで来ると……
ソアラの瞳からは大粒の涙がポロポロと溢れた。
「 えっ!? どうしたの? さっきのパワーは? 」
フレディはソアラのグーパンを目撃した。
シリウスに呼ばれたフレディは、庭園をブラブラしていた。
「 王太后陛下にダンスを教えて欲しい」と、言われたので。
明日の夜に予定しているパーティーでは、ビクトリアが久し振りにダンスを踊りたいと言っていたので、シリウスがウエスト領地に来ていたディランを呼んだのだ。
フレディはあの後報告の為に一旦は帰国をしたが、直ぐにこのドルーア王国にやって来ていた。
シリウスがウエスト公爵家の当主になると聞き、彼が領地に帰ったからで。
ウエスト公爵領地は、フレディの国のマクセント王国と近い位置にある。
王都からの距離よりもかなり近い距離だ。
そもそも、今回の鉱山の採掘事業も、鉱山がウエスト公爵領地に近い事から、ウエスト政権の時代にその話が始まったのだから。
フレディは男達が木陰から出て来たのを見かけた。
見るからに怪しい奴らだった。
直ぐにソアラ達の元へ走ったが、ドレスの裾が邪魔をして上手く走れなかった。
男は既に棒を振り上げていて。
ソアラのグーパンが無ければ、誰かが怪我をしたのは間違いない場面だった。
間一髪だった。
「 もう……燃料切れ……です 」
ソアラは両手を顔に当ててその場にしゃがみ込んだ。
エグエグと泣きながら。
怖かっただろうに。
フレディは、皆を守ろうとして1人で頑張っていたソアラに胸が締め付けられた。
「 ………素敵なドレスが汚れるわよ 」
ディランはため息を一つ吐いて、ソアラの肩に手をやってソアラを立たせた。
ソアラの瞳からは、大粒の涙がポロポロと頬を伝っている。
シクシクと声を震わせて泣く女は、今までも沢山見て来た。
しかし……
今のソアラを見れば、どの女も嘘泣きだったのかと思うのだ。
こんなに辛そうに泣く女は知らない。
全身の力が抜けて今にも倒れそうで。
これ程泣く理由は他にもありそうだ。
何かあったのか?
肩を震わせ、声を押し殺して泣くソアラを見ているとフレディは胸が痛くなった。
抱き締めたくなるのをぐっと堪えていた。
ディランとしてなら抱き締める事も出来るのだが。
自分の正体を知っているソアラにはそれは出来ない事だった。
もう2人は……
他国の王太子と、この国の王太子の婚約者と言う関係なのだから。
「 話してみて? ソアラの心の中を。私達は友達でしょ? 」
ディランがそう言ってソアラの手を握った。
その手はやはり大きくて剣を握る男の手だった。
ダンスのレッスンの時は、何時も白や赤や黒のお洒落な手袋をしていたが。
ディランは隣国の王太子殿下が女装した姿だ。
それは分かってはいるが。
友達だと言われた事がソアラは嬉しかった。
ソアラの唯一の友達がルーナで。
そのルーナに対しては劣等感しか無かった。
周りの者の態度や言葉が、ソアラに諦める事を覚えさせ、これ程までに優秀な人材でありながらも、自己評価の低い令嬢に追いやったのである。
それがルーナのせいでは無いのは分かっている。
分かっているからこそソアラは苦しんで来たのだ。
良い子のルーナを嫌いにはなれなくて。
***
涙が止まった頃に、ソアラはポツリポツリと話し出した。
誰かに聞いて欲しかった。
誰にも言えなかった長年に渡る泥々とした思いを。
友達だと言ってくれたディランに……
打ち明けたかった。
「 私にはルーナと言う幼馴染みがいて、彼女はずっと友達で女官の仕事場まで一緒で…… 」
ルーナって……
あのクリスマスパーティーの時に、ルシオ殿と庭園から一緒に出て来た令嬢だったな。
確か……
元婚約者候補であったサウス公爵令嬢から、ルシオ殿が戒められていた。
どこぞの男爵令嬢と同じだとか何だとか。
彼女が婚約者がいるとも言っていたが。
「 ルーナが殿下の事を好きだと言う事が分かって…… 」
ソアラは今見た光景の事も、ルーナが侍女になる事になった経緯も話した。
話ながらソアラは思った。
ルーナは殿下の事を好きだから私の侍女になろうとしたのかと。
殿下の側にいたいから。
それなら……
私の侍女になろうとしているのに、殿下の側で侍女の勉強をしたいと言った事にも納得がいく。
「 ルーナには婚約者がいるのに?……それは許せないわね 」
フレディはあくまでもディランとして聞いていた。
ソアラが話をしやすいようにと。
「 でも……一番嫌だったのは……私に知らない所で2人で会って、2人で相談して……私の事なのに、私を無視して2人で勝手に決めた事なの… …」
ソアラはまたポロポロと涙を溢した。
ディランがハンカチをソアラに渡した。
「 さっき手洗いで手を拭いたハンカチだけど 」と、言って。
ソアラはクスクスと笑いながらハンカチで涙を拭った。
ディランの香りがした。
***
「 でも……一番嫌だったのは……私に知らない所で2人で会って、2人で相談して……私の事なのに、私を無視して2人で勝手に決めた事なの… …」
「 それは…… 」
「 殿下! 」
違うと言おうとして、2人の前に出て行きそうになったルシオに、シリウスが首を横に振って静かに止めた。
「 今は……邪魔をせずにソアラ嬢に話をさせてあげましょう 」
2人は、ディランとソアラの座るベンチの直ぐ後ろに潜んでいた。
ソアラが丘に向かって駆け出して直ぐに、ルシオはルーナの肩を掴んでバリッと自分から離した。
「 抱き付く相手が違うだろ! 」
横にブライアンがいるのにと、ルシオは不愉快さを露にした。
あの瞬間のソアラの悲しそうな顔を思うと、ルシオを更に不愉快にした。
何時も柔らかな優しい王子然としているが、ルシオの怒気のはらんだ声や顔は、やはり威圧的なオーラがある。
「 そんな…… 」
暴漢に襲われそうになったわたくしに、そんな怖い顔をするなんて。
殿下はわたくしの事を好きなんじゃないの?
「 僕はソアラを追う。誰かその間にカールを呼んで来てくれ! 」
「 御意 」
ルシオはここにいる騎士達に命令した。
既にビクトリア達は騎士達に連れられ、宮殿に向かって歩いている。
ルシオは、ソアラが駆けて行った丘の上に向かって駆け出した。
きっと暴漢にグーパンを食らわしたのだ。
皆を守ろうとして。
ルシオは泣きそうになった。
どれだけ恐くて、どれだけ勇気を出したのか。
誰よりも先にソアラを抱き締めたかった。
よく頑張ったなと。
そこで泣いているソアラと、女装したフレディを見たのである。
ルシオは一目でソアラといる女性がフレディだと分かった。
女装をしていても、フレディ自身を知っているのだから当然で。
そして……
ソアラに付いていた香水の謎も、一瞬にして解けたのである。
ディランと言うダンス講師は女装したフレディ殿だった。
同一人物ならば同じ香水がしたのも頷ける。
……と言う事は……
やはりフレディ殿がソアラにダンスを教えていたのか?
どうりで……
2人のダンスが息ぴったりな筈だ。
いや、納得している場合ではない。
ルシオが考えあぐねている時にシリウスが現れた。
「 殿下! 詳しい話は後から致します。このままここでソアラ嬢の話を聞きましょう 」
ベンチに座ったソアラがポツリポツリと話をし出したのだ。
「 泣いている訳をか?だったら僕が聞く!」
「 殿下、分かりませんか? 今、ソアラ嬢はディランに心を打ち明けているのです 」
「 だが……ディランはフレディ殿だ 」
「 ソアラ嬢の体調がずっと悪かったと聞いてます。それには何か理由があるのでは? 」
ソアラはこの旅の間中元気が無かった。
食欲も無く、吐いてしまう程に。
ルシオはシリウスの言うとおりに、ここでソアラの話を聞こうと思った。
盗み聞きはどうかとは思ったが。
ソアラが何か思い悩んでいる事があるのならば、その理由を知りたいと思って。
ソアラがずっと何も言ってくれなかったから余計に。
ルシオとシリウスは2人が座るベンチの直ぐ後ろに移動をした。
声が聞こえるようにと。
思い詰めて話をしているソアラは気付いてはいないようだが、フレディは気付いている筈の至近距離だ。
***
話し出したら止まらなくなった。
きっとディランは、何が何だかよく分からないのだろうと思いながらも。
小さい頃に受けたルーナと自分に対する大人達からの仕打ちも。
可愛くて明るいルーナが側にいた自分が辛い思いをした事も。
ルーナといるとそこに自分の存在が無かった事を話した。
それは……
誰にも言えなかった事。
そんな惨めな所為をされたなどとは、誰にも知られたく無かった事なのである。
ルシオはソアラの話を聞く内に、どんどんと指先が冷たくなっていくのを感じていた。
ソアラの話を聞いていたのはフレディ、ルシオ、シリウス。
そして……
直ぐ近くの木の陰で、ブライアンも聞いていた。




