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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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格の違い




 この日もソアラは調査に没頭した。

 いや、没頭したかった。


 朝から色々あって、色々と考えてしまい、頭がパンクしそうになっていて。


 文字や数字を見ていたら、モサモサとしていた気持ちが落ち着くあたりは、自分の居場所はここなのだと改めて思うのだった。



 明後日には帰城する事になっている事から、残るは今日と明日だけで。

 何か成果を出したいとソアラは懸命になっていた。


 ただ……

 まだ何も怪しい所は見付かってはいない。


 ルシオは言う。

 最悪、この部屋の全ての物を持ち帰ったら良いのだと。


 昨年の視察でも、あちこちの領地から書類を持ち帰っていて。

 王太子が動けば問答無用なのである。



 ソアラは部屋を見渡して考えていた。


 この執務室は細部まできちんと整理されていて、ブロア・モーリスと言う執事がいかに几帳面な男なのかを物語っている。


 経理部もこんな感じだったから、財務部に行った時の部屋の乱雑さに絶句したものである。


 優秀だと言われるお金を扱う者は、几帳面さがあればこそで。



 モーリスから渡された帳簿もそれはそれはきっちりとしていた。

 但し書き欄には日記のような文も書いてあった。


 もしも……

 彼が横領をしているのであれば……

 必ずや裏帳簿がある筈だと。


 ただ……

 部屋にいるブロア・モーリスはずっと平然としているのが気に掛かる。

 やはり……

 裏帳簿など存在しないのかと思ってしまう。



 几帳面な人にとっては、他人に部屋を荒らされる事はとてつもなく嫌な事なのである。

 ルシオがいるから神妙にしているが。



「 何もやましい事はありませんよ。お願いですから部屋を乱雑にしないで下さいね 」

 彼は部屋の中を見渡して、自分の椅子を部屋の隅に置いて座った。


 時折何かを確認するように部屋の中を歩き回っていると、モーリスを監視する役目のルシオが言っていた。


 椅子に座るモーリスはゆっくりとお茶を飲み、少しほくそ笑んでいたのをソアラは見逃さなかった。



 絶対に何かある。


 それは経理部の女官故の勘だ。



 渡された帳簿のチェックはソファーに座り格闘しているカールに任せて、ソアラは書棚のチェックをしているシリウスの所へ行った。

 裏帳簿を探す為に。


 ふとモーリスを見ると……

 書棚がある所からはモーリスが見えない。

 少し奥ばった所にあるからか、椅子に座るモーリスからは死角になっているようだ。



「 シリウス様、裏帳簿が何処かに隠されているかも知れません 」

 モーリスに聞こえないように小声でシリウスに伝えた。


「 裏帳簿か……それって数字が書かれてあるんだよね? 」

 ルシオがソアラとシリウスの間にスッと入って来た。

 何だか当たり前の事を言いながら。


 ルシオが座るモーリスの大きな執務机からは、奥ばった所にある書棚も見えていて、ルシオは横にいるシリウスを睨んだままで静止している。



 ルシオはシリウスには聞きたい事があった。

 フレディ王太子とソアラの関係だ。

 フローレン邸で一体何があったのかを確認しなければならない。


 しかし……

 プライベートで話す時間が無いので、中々聞くチャンスは今まで無かったが。



「 数字…… 」

 しかし……

 ルシオの言った意味の無い言葉にソアラは閃いた。


「 シリウス様! 外国語で書かれた冊子や本を取り出して下さいますか? 」

 わたくしはこっちの棚から調べますと、2人の間にいるルシオを押し退けている。


 押し退けられたルシオは嬉しそうな顔をしていて。


「 分かった。それは僕がやるよ 」

「 殿下はモーリス様を見張るお役目でしょ? 」

「 僕はソアラと一緒に仕事をしたいんだ 」

 ソアラは甘い顔をするルシオを怪訝な顔をして見つめている。


 シリウスはそっと2人から離れた。



 成る程。

 カールが言っていた。

 2人を見ているのが面白いと。

 両片思いの微妙なすれ違いが面白過ぎるのだと。


 殿下も以前はこんな感じでは無かった。

 もっと理路整然としていて、駄々を捏ねるような事を言うような王子では無かったのだ。


 こんな風に……

 甘えられる婚約者(ひと)が出来たのだと、シリウスはちょっと羨ましくなったのだった。




 ***




 お昼の時間になりモーリスは執務室から出て行った。


 食事はこの部屋に運んで貰う事にして、手で持てるサンドイッチをオーダーした。



「 殿下……ソアラ嬢は仕事の時は随分と印象が変わりますね 」

「 そうだろ? 」

 そこがまた萌えるのだとルシオは目を細めていたら、横にいるシリウスも目を細めていた。


 サンドイッチ片手にカールと熱心に話すソアラを見ながら。


 貴族令嬢としてかなりお行儀は悪いが、時間が無いのでそうも言ってられない。


 月末の経理部では何時もこんなだったと言って、ソアラはちょっと恥ずかしそうに肩を竦めた。


 可愛らしい。



「 おい! シリウス!ソアラを妙な目で見るなよ! 」

「 ……見てませんよ 」

「 殿下こそ妙な事を言うのは止めて下さい 」

 ルシオとシリウスの会話が聞こえたのか、ソアラが顔を上げてルシオを睨んだ。


「 いやいや、殿下は何時も妙ですよ。最近は特に何をやってもポンコツだし 」

「 カール! 失敬な事を言うな!」

「 いや、殿下は昔から妙でしたね 」

「 シリウス? お前まで…… 」


 3人がワチャワチャと言いながら昔話を始めた。

 王宮で遊んでいた頃のあれこれを。


 初めて木登りをした事から、騎士団での練習に参加した時の事など、皆が興奮気味に。



 ルシオとカールとシリウスは小さい頃は遊び友達だった。

 ルシオ王子の遊び相手として、歳の近い公爵令息であるカールとシリウスが、王宮に程にやって来ていたのだ。


 まだ前政権下での事で。

 シリウスの父親が、当時の王太子であったサイラスの側近をしていた頃の話だ。



 ソアラは嬉しそうに3人の昔話を聞いていた。


 殿下の別の過去がちゃんとあったのだわ。

 アメリア様やリリアベル様以外の過去が。


 王太子ルシオの今までは……

 婚約候補であったアメリアとリリアベルの事だけがクローズアップされて噂にあったが。



 ソアラは……

 ギシギシになっていた心が少し軽くなるのを感じていた。


 アメリアとリリアベルは、伯爵令嬢であるソアラにとっては凄過ぎる立場の公爵令嬢。


 比べる事さえ出来ない程の。



 だからといって……

 ルシオと彼女達の事が気にならない訳でも無かった。


 王太子宮にいるスタッフ達の中には、未だにアメリアとリリアベルの信者がいて。

 彼女達との接点が多かった分仕方が無い事なのだが。


 ソアラが知らなくても良い事や、知りたくない事までも知る事になると言う。




 ***




 その日の午後に、急遽ビクトリアからお茶会のお誘いがあった。


 本当は調査の続きをしたかったが……

 本来の目的はビクトリア王太后への婚約の挨拶なのである。


 この調査の事はビクトリアも理解してくれてると、ルシオは言っていたが。 


 お茶会を断る訳にはいかない。

 


 ソアラは急いで自分の部屋に戻った。

 お茶会用のドレスに着替える為に。


 部屋ではサブリナ達がドレスを用意して待ち構えていた。

 離宮の侍女が先にここに知らせに来たと言って。


 そう。

 王族には謁見や来客、お茶会や晩餐会や舞踏会があり、毎日毎日目紛るしい程に様々な人々と会う事になる。


 TPOに合わせて、その都度着替えなければならないのである。

 王族に絶対に侍女が必要なのはその為でもあった。



 着替えたソアラは庭園に向かった。

 離宮の侍女から案内されて。


 向かったのはガゼボ。

 淡いピンクのクロスの掛かったテーブルの上にあるケーキスタンドには、美味しそうなケーキやクッキーが用意されていた。



 直ぐにビクトリアの腕に手を絡めたルーナがやって来た。


 鮮やかな黄色のドレスを着たルーナがビクトリアと歩く姿は、まるで()()()()()()()()()のように見える。


 淡い水色の控えめなデザインのドレスを着たソアラが、2人にカーテシーをしているから余計だ。


 そうしてルーナも席に着き、3人でのお茶会が始まった。



 お喋り上手なルーナが中心になり始終場を盛り上げて。

 

 どう?

 昨夜もソアラはただ黙っていただけだったわ。

 社交的なわたくしの方が、王太子妃に相応しいと王太后陛下も思っている筈。


 これからの我が国は、外交に力を入れて行くと文官のお父様がおっしゃっていたわ。


 わたくしとソアラの()()()()は明らかだわ。


 皆が楽しそうにしているのを見て、ルーナは満足感でいっぱいだった。




 その時……

 ガゼボの横の木の間からいきなり2人の男が現れた。


 1人は庭師を羽交い締めにして、もう1人は手に棒を持っていた。



「 叫ぶなよ!叫ぶとこいつをブッ殺す! 」

 庭師の口には布が押し込まれていて、苦しそうにウーウーともがいている。



 男達はガゼボの陰に上手く隠れていて、少し離れた位置にいる騎士達は、この異変にはまだ気付いてはいない。



「 何が目的なの!? 」

 立ち上がったソアラが皆の前に出て交渉を始めた。


 ソアラが前に出ると、棒を持った男が目を眇めた。


「 あんたには用は無いんだよ! そっちのネーチャンにちょっと痛い目にあって貰いたいだけさ 」

 棒を持った男は、その棒の先をルーナに向けた。



「 あーん? 随分と可愛らしいネーチャンだな?言われていたのとは、随分と違うぞ? 」

 薄ら笑いをした男は、ルーナを見て舌舐めずりをした。


「 おい! 余計な事はするなよ! 怪我をさせるだけだと言われたろ? 騎士達に気付かれる前に、ずらからなければならないんだからな! 」

 庭師を羽交い締めにしている男が怒鳴った。


 それを聞いたルーナは更に青ざめた。

 ガタガタと震えている。



 目的はルーナ。

 彼等はずっとルーナを凝視している。

 ならば王太后陛下達を逃がす事が出来る。


 ()()()()()!!



「 私があの男にグーパンを食らわしますので、その隙に侍女達を連れて逃げて下さい。きっと騎士達が異変に気付く筈 」

 ソアラが小声でビクトリアに告げた。


「 ……グーパン? 」

 当然ながらビクトリアはグーパンなどは知らないが。


 流石は元王妃だ。

 肝が据わている。

 こんな状況でも堂々としている。


 庭師がフガフガと騒いでくれているからか、男達に気付かれてはいない。

 ソアラは右手の拳に力を込めた。



「 青ざめてガタガタ震えてる姿がそそるじゃねぇか 」

「 おい! 早いことやっちまいな 」

「 こんな可愛子ちゃんに傷を付けるのは忍び無いがな。悪く思わないでくれよ! 」

「 キャアーっ! 」


 男がルーナに棒を振り上げた瞬間に、ソアラが男の鼻っ柱にグーパンを食らわした。



 ガツッ!!


「 うわーっ!! 」

 鼻を押さえて男は後ろにヨロヨロと下がった。


「 き……きさまーっ!! 」

「 女のくせに何しやがる! 」

 男の悲鳴と怒号とで、異変に気付いた騎士達が駆け付けて来る。


「 曲者だー!? 」と剣を抜いて叫びながら。



 鼻血を吹き出した男がソアラに向かって棒を振り上げた。


 殴られる。


 そう思った瞬間……

 棒を持った男が横にふっ飛んだ。


 誰かが男にドロップキックをかましたのだ。


 間一髪だった。


 そして……

 ソアラの前には背の高い背中が現れた。



 紫のドレスを着た女性だ。

 髪は金髪で長い巻き毛を揺らしている。


「 なんじゃこいつはーっ!?」

 男達はガタイの良い女性を見て怯んだ。


「 あわわ……騎士が来る!ずらかるぞ!! 」

 庭師を羽交い締めにしていた男は、庭師を投げ捨てワタワタと逃げ出した。


 地面に転がされていた男も、転がるように逃げて行く。



「 逃がすかっ! 」

 男達が逃げるのを、ガタイの良い女性が追い掛けて行く。


 ドレスの裾を両手で持って。


「 オラオラオラー!!お前ら待ちやがれーっ! 」

 ……と低い声で叫びながら……


 凄い勢いで男達の後を駆けて行く。



「 この女!?マジ、何なんだー!!」

 男達と、それを追い掛けているドレスを翻した女性の姿は、小高い丘を乗り越えて見えなくなった。


 そして……

 ワァワァと言う声も聞こえなくなった。



「 ………ディラン……さん? 」




 ***




 この時ルシオは……

 ガゼボに向かって歩いていた。


 お茶会に合流しようと思って。


 食欲の無いソアラに食べて貰おうと、シェフに頼んでアップルパイを焼いて貰っていた。

 以前にソアラが美味しそうに食べていた事を思い出して。



 焼きたてのアップルパイを持ったご機嫌なルシオは、尻尾をフリフリさせながらガゼボに通じる小道を歩いていた。











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― 新着の感想 ―
[一言] ソアラのお相手はポンコツルシオじゃなくても、 シリウスかディランさんでもいいのかな…と 思い始めています。 婚約者の(ルシオは恋人っていうけど)苦悩に まぁぁぁったく気付かないなんて。 そん…
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