格の違い
この日もソアラは調査に没頭した。
いや、没頭したかった。
朝から色々あって、色々と考えてしまい、頭がパンクしそうになっていて。
文字や数字を見ていたら、モサモサとしていた気持ちが落ち着くあたりは、自分の居場所はここなのだと改めて思うのだった。
明後日には帰城する事になっている事から、残るは今日と明日だけで。
何か成果を出したいとソアラは懸命になっていた。
ただ……
まだ何も怪しい所は見付かってはいない。
ルシオは言う。
最悪、この部屋の全ての物を持ち帰ったら良いのだと。
昨年の視察でも、あちこちの領地から書類を持ち帰っていて。
王太子が動けば問答無用なのである。
ソアラは部屋を見渡して考えていた。
この執務室は細部まできちんと整理されていて、ブロア・モーリスと言う執事がいかに几帳面な男なのかを物語っている。
経理部もこんな感じだったから、財務部に行った時の部屋の乱雑さに絶句したものである。
優秀だと言われるお金を扱う者は、几帳面さがあればこそで。
モーリスから渡された帳簿もそれはそれはきっちりとしていた。
但し書き欄には日記のような文も書いてあった。
もしも……
彼が横領をしているのであれば……
必ずや裏帳簿がある筈だと。
ただ……
部屋にいるブロア・モーリスはずっと平然としているのが気に掛かる。
やはり……
裏帳簿など存在しないのかと思ってしまう。
几帳面な人にとっては、他人に部屋を荒らされる事はとてつもなく嫌な事なのである。
ルシオがいるから神妙にしているが。
「 何もやましい事はありませんよ。お願いですから部屋を乱雑にしないで下さいね 」
彼は部屋の中を見渡して、自分の椅子を部屋の隅に置いて座った。
時折何かを確認するように部屋の中を歩き回っていると、モーリスを監視する役目のルシオが言っていた。
椅子に座るモーリスはゆっくりとお茶を飲み、少しほくそ笑んでいたのをソアラは見逃さなかった。
絶対に何かある。
それは経理部の女官故の勘だ。
渡された帳簿のチェックはソファーに座り格闘しているカールに任せて、ソアラは書棚のチェックをしているシリウスの所へ行った。
裏帳簿を探す為に。
ふとモーリスを見ると……
書棚がある所からはモーリスが見えない。
少し奥ばった所にあるからか、椅子に座るモーリスからは死角になっているようだ。
「 シリウス様、裏帳簿が何処かに隠されているかも知れません 」
モーリスに聞こえないように小声でシリウスに伝えた。
「 裏帳簿か……それって数字が書かれてあるんだよね? 」
ルシオがソアラとシリウスの間にスッと入って来た。
何だか当たり前の事を言いながら。
ルシオが座るモーリスの大きな執務机からは、奥ばった所にある書棚も見えていて、ルシオは横にいるシリウスを睨んだままで静止している。
ルシオはシリウスには聞きたい事があった。
フレディ王太子とソアラの関係だ。
フローレン邸で一体何があったのかを確認しなければならない。
しかし……
プライベートで話す時間が無いので、中々聞くチャンスは今まで無かったが。
「 数字…… 」
しかし……
ルシオの言った意味の無い言葉にソアラは閃いた。
「 シリウス様! 外国語で書かれた冊子や本を取り出して下さいますか? 」
わたくしはこっちの棚から調べますと、2人の間にいるルシオを押し退けている。
押し退けられたルシオは嬉しそうな顔をしていて。
「 分かった。それは僕がやるよ 」
「 殿下はモーリス様を見張るお役目でしょ? 」
「 僕はソアラと一緒に仕事をしたいんだ 」
ソアラは甘い顔をするルシオを怪訝な顔をして見つめている。
シリウスはそっと2人から離れた。
成る程。
カールが言っていた。
2人を見ているのが面白いと。
両片思いの微妙なすれ違いが面白過ぎるのだと。
殿下も以前はこんな感じでは無かった。
もっと理路整然としていて、駄々を捏ねるような事を言うような王子では無かったのだ。
こんな風に……
甘えられる婚約者が出来たのだと、シリウスはちょっと羨ましくなったのだった。
***
お昼の時間になりモーリスは執務室から出て行った。
食事はこの部屋に運んで貰う事にして、手で持てるサンドイッチをオーダーした。
「 殿下……ソアラ嬢は仕事の時は随分と印象が変わりますね 」
「 そうだろ? 」
そこがまた萌えるのだとルシオは目を細めていたら、横にいるシリウスも目を細めていた。
サンドイッチ片手にカールと熱心に話すソアラを見ながら。
貴族令嬢としてかなりお行儀は悪いが、時間が無いのでそうも言ってられない。
月末の経理部では何時もこんなだったと言って、ソアラはちょっと恥ずかしそうに肩を竦めた。
可愛らしい。
「 おい! シリウス!ソアラを妙な目で見るなよ! 」
「 ……見てませんよ 」
「 殿下こそ妙な事を言うのは止めて下さい 」
ルシオとシリウスの会話が聞こえたのか、ソアラが顔を上げてルシオを睨んだ。
「 いやいや、殿下は何時も妙ですよ。最近は特に何をやってもポンコツだし 」
「 カール! 失敬な事を言うな!」
「 いや、殿下は昔から妙でしたね 」
「 シリウス? お前まで…… 」
3人がワチャワチャと言いながら昔話を始めた。
王宮で遊んでいた頃のあれこれを。
初めて木登りをした事から、騎士団での練習に参加した時の事など、皆が興奮気味に。
ルシオとカールとシリウスは小さい頃は遊び友達だった。
ルシオ王子の遊び相手として、歳の近い公爵令息であるカールとシリウスが、王宮に程にやって来ていたのだ。
まだ前政権下での事で。
シリウスの父親が、当時の王太子であったサイラスの側近をしていた頃の話だ。
ソアラは嬉しそうに3人の昔話を聞いていた。
殿下の別の過去がちゃんとあったのだわ。
アメリア様やリリアベル様以外の過去が。
王太子ルシオの今までは……
婚約候補であったアメリアとリリアベルの事だけがクローズアップされて噂にあったが。
ソアラは……
ギシギシになっていた心が少し軽くなるのを感じていた。
アメリアとリリアベルは、伯爵令嬢であるソアラにとっては凄過ぎる立場の公爵令嬢。
比べる事さえ出来ない程の。
だからといって……
ルシオと彼女達の事が気にならない訳でも無かった。
王太子宮にいるスタッフ達の中には、未だにアメリアとリリアベルの信者がいて。
彼女達との接点が多かった分仕方が無い事なのだが。
ソアラが知らなくても良い事や、知りたくない事までも知る事になると言う。
***
その日の午後に、急遽ビクトリアからお茶会のお誘いがあった。
本当は調査の続きをしたかったが……
本来の目的はビクトリア王太后への婚約の挨拶なのである。
この調査の事はビクトリアも理解してくれてると、ルシオは言っていたが。
お茶会を断る訳にはいかない。
ソアラは急いで自分の部屋に戻った。
お茶会用のドレスに着替える為に。
部屋ではサブリナ達がドレスを用意して待ち構えていた。
離宮の侍女が先にここに知らせに来たと言って。
そう。
王族には謁見や来客、お茶会や晩餐会や舞踏会があり、毎日毎日目紛るしい程に様々な人々と会う事になる。
TPOに合わせて、その都度着替えなければならないのである。
王族に絶対に侍女が必要なのはその為でもあった。
着替えたソアラは庭園に向かった。
離宮の侍女から案内されて。
向かったのはガゼボ。
淡いピンクのクロスの掛かったテーブルの上にあるケーキスタンドには、美味しそうなケーキやクッキーが用意されていた。
直ぐにビクトリアの腕に手を絡めたルーナがやって来た。
鮮やかな黄色のドレスを着たルーナがビクトリアと歩く姿は、まるでルーナの方が婚約者のように見える。
淡い水色の控えめなデザインのドレスを着たソアラが、2人にカーテシーをしているから余計だ。
そうしてルーナも席に着き、3人でのお茶会が始まった。
お喋り上手なルーナが中心になり始終場を盛り上げて。
どう?
昨夜もソアラはただ黙っていただけだったわ。
社交的なわたくしの方が、王太子妃に相応しいと王太后陛下も思っている筈。
これからの我が国は、外交に力を入れて行くと文官のお父様がおっしゃっていたわ。
わたくしとソアラの格の違いは明らかだわ。
皆が楽しそうにしているのを見て、ルーナは満足感でいっぱいだった。
その時……
ガゼボの横の木の間からいきなり2人の男が現れた。
1人は庭師を羽交い締めにして、もう1人は手に棒を持っていた。
「 叫ぶなよ!叫ぶとこいつをブッ殺す! 」
庭師の口には布が押し込まれていて、苦しそうにウーウーともがいている。
男達はガゼボの陰に上手く隠れていて、少し離れた位置にいる騎士達は、この異変にはまだ気付いてはいない。
「 何が目的なの!? 」
立ち上がったソアラが皆の前に出て交渉を始めた。
ソアラが前に出ると、棒を持った男が目を眇めた。
「 あんたには用は無いんだよ! そっちのネーチャンにちょっと痛い目にあって貰いたいだけさ 」
棒を持った男は、その棒の先をルーナに向けた。
「 あーん? 随分と可愛らしいネーチャンだな?言われていたのとは、随分と違うぞ? 」
薄ら笑いをした男は、ルーナを見て舌舐めずりをした。
「 おい! 余計な事はするなよ! 怪我をさせるだけだと言われたろ? 騎士達に気付かれる前に、ずらからなければならないんだからな! 」
庭師を羽交い締めにしている男が怒鳴った。
それを聞いたルーナは更に青ざめた。
ガタガタと震えている。
目的はルーナ。
彼等はずっとルーナを凝視している。
ならば王太后陛下達を逃がす事が出来る。
グーパンで!!
「 私があの男にグーパンを食らわしますので、その隙に侍女達を連れて逃げて下さい。きっと騎士達が異変に気付く筈 」
ソアラが小声でビクトリアに告げた。
「 ……グーパン? 」
当然ながらビクトリアはグーパンなどは知らないが。
流石は元王妃だ。
肝が据わている。
こんな状況でも堂々としている。
庭師がフガフガと騒いでくれているからか、男達に気付かれてはいない。
ソアラは右手の拳に力を込めた。
「 青ざめてガタガタ震えてる姿がそそるじゃねぇか 」
「 おい! 早いことやっちまいな 」
「 こんな可愛子ちゃんに傷を付けるのは忍び無いがな。悪く思わないでくれよ! 」
「 キャアーっ! 」
男がルーナに棒を振り上げた瞬間に、ソアラが男の鼻っ柱にグーパンを食らわした。
ガツッ!!
「 うわーっ!! 」
鼻を押さえて男は後ろにヨロヨロと下がった。
「 き……きさまーっ!! 」
「 女のくせに何しやがる! 」
男の悲鳴と怒号とで、異変に気付いた騎士達が駆け付けて来る。
「 曲者だー!? 」と剣を抜いて叫びながら。
鼻血を吹き出した男がソアラに向かって棒を振り上げた。
殴られる。
そう思った瞬間……
棒を持った男が横にふっ飛んだ。
誰かが男にドロップキックをかましたのだ。
間一髪だった。
そして……
ソアラの前には背の高い背中が現れた。
紫のドレスを着た女性だ。
髪は金髪で長い巻き毛を揺らしている。
「 なんじゃこいつはーっ!?」
男達はガタイの良い女性を見て怯んだ。
「 あわわ……騎士が来る!ずらかるぞ!! 」
庭師を羽交い締めにしていた男は、庭師を投げ捨てワタワタと逃げ出した。
地面に転がされていた男も、転がるように逃げて行く。
「 逃がすかっ! 」
男達が逃げるのを、ガタイの良い女性が追い掛けて行く。
ドレスの裾を両手で持って。
「 オラオラオラー!!お前ら待ちやがれーっ! 」
……と低い声で叫びながら……
凄い勢いで男達の後を駆けて行く。
「 この女!?マジ、何なんだー!!」
男達と、それを追い掛けているドレスを翻した女性の姿は、小高い丘を乗り越えて見えなくなった。
そして……
ワァワァと言う声も聞こえなくなった。
「 ………ディラン……さん? 」
***
この時ルシオは……
ガゼボに向かって歩いていた。
お茶会に合流しようと思って。
食欲の無いソアラに食べて貰おうと、シェフに頼んでアップルパイを焼いて貰っていた。
以前にソアラが美味しそうに食べていた事を思い出して。
焼きたてのアップルパイを持ったご機嫌なルシオは、尻尾をフリフリさせながらガゼボに通じる小道を歩いていた。




