剥がれて行くメッキ
王宮から出立した時から、何となくソアラの様子が変だとルシオは感じていた。
「 何処か具合が悪いのか? 」
「 多分馬車酔いをしたのだと思います 」
ルシオが問い掛けるとソアラは何時もそう言って笑った。
だけど旅が進むにつれ……
どんどんと口数も減り、塞ぎ込むようになって行く状態をみていると、馬車酔いだけでは無いと思うようになった。
きっとお祖母様に会うからだと。
「 ソアラ! そんなに緊張しなくて良い 。 お祖母様に何か酷い事を言われたら、僕が何とかするから 」
母上がソアラを脅し過ぎたのだろう。
お妃教育ではお祖母様の事を色々と話したと聞いた。
母上には厳しかったと思うが、僕には優しいお祖母様だった。
母上がソアラを気に入ったように、きっとお祖母様も気に入ってくれる筈だ……多分。
こんなにも思い悩む顔をしているソアラを見ていると……
ルシオは安易にこの旅を楽しみにしていた自分を恥じた。
2人っきりの馬車。
旅の宿での隣り合わせの部屋。
朝から夜まで一緒にいて……
ずっとイチャイチャして。
2度目の口付けもきっと出来るだろうと。
ソアラにとっては初めての遠出の旅立だ。
それも王太后に婚約の報告に行くと言う。
自分にとっては祖母だか……
ソアラにとっては前王妃。
不安になるのは当然の事だ。
ルシオはビクトリアの元へは何度か行っていて、旅の途中で遠回りをしてわざわざ顔を見せに行った事もある。
王妃と言う座を退いたビクトリアは、随分と丸くなって雰囲気も優しくなっている。
サイラスもたまに会いに行っていて、母上は穏やかに暮らしているみたいだと喜んでいて。
エリザベスは会いに行く事は無かったが。
だから心配いらないと励ましたのだが。
この旅では、本好きなソアラは休憩時間は持参した本を読んでる事が多く、ルーナは侍女の仕事を頑張っていて、2人はあまり長く話をする事は無かった。
それでも2人で会話をしている時は楽しそうにしていた。
明るいルーナといれば癒しになる事は確かだ。
2人は気心の知れた親友なのだから。
ルシオもルーナと話をするのは嫌では無かった。
彼女は他の令嬢達のように、媚びるような顔はして来ないのが心地よかった。
休憩の時。
ルシオが用を足して井戸の所まで行くと、ルーナがタオルを持ってやって来た。
侍従よりも早く。
因みに……
ずっとバーバラがルシオの世話をして来たが、ルシオが思春期に入った頃からは、トイレや風呂などの直接の身の回りの世話は侍従がしている。
よく気の利く令嬢だとは思っていたが。
流石にトイレの近くにはいて欲しくは無いと、ルシオは眉をしかめた。
「 元気の無いソアラと、話をしてやってくれないか? 」
「 でも……昼間は侍女の仕事に忙しいし、夜はソアラが早く寝てしまうから……移動の時だったら長く話せますが…… 」
移動の時……
それしかないか。
ルシオはバーバラを呼び、ルーナを馬車に乗せる様に申し付けた。
王太子専用馬車に、婚約者であるソアラ以外の令嬢を乗せる事はよしとされてはいない。
アメリアやリリアベルさえも乗せた事は無かった。
それは分かってはいたが……
離宮に到着する前に、どうしてもソアラに元気になって貰おうと思ったのだ。
「 殿下! それはやはり…… 」
「 別に構わないだろ?僕とルーナの2人だけで乗る訳では無いんだから 」
女性達はお喋りで鬱憤を晴らすと聞く。
平民女性ならば井戸端会議で、貴族女性ならばお茶会は欠かせない。
本当は自分が他の馬車に乗って、2人だけでお喋りをすれば一番良いのだが。
流石に護衛の関係でそれは出来ない。
僕の乗る馬車とソアラの乗る馬車に、護衛騎士を付けないとならなくなるので、騎士の人数が足らない事もあって。
バーバラもルシオにそう言われたら、強くは反対出来なかった。
ソアラが目的地に近付くにつれ、どんどんと暗くなって行くのはバーバラも気付いていた。
元々、ルーナ嬢みたいにキャピキャピしているタイプでは無いが。
最近では食事をするのも辛そうで。
皆に心配させないようにと、無理矢理口に入れているのを見て痛々しく思っていた。
無理も無い。
前王妃は厳しい王妃だった。
ソアラ様も王妃陛下との確執も知っているだろう。
特にソアラ様は、王妃陛下の選んだお気に入りの令嬢だから、ビクトリア王太后が無条件で嫌うのは想像出来る。
そもそもソアラが……
何の力の無い伯爵令嬢であると言う事が問題なのだと思っていた。
バーバラがルーナを連れて来ると、ルーナは直ぐに馬車に乗り込みルシオの前に座った。
「 !? 」
中にはソアラ様がいないと言うのに。
それに殿下の前に当たり前のように座った。
何でもよく気が付いて、言われるよりも先に行動出来るルーナの事を、バーバラは好ましく思っていた。
最初は。
だけど……
やたらとルシオの側にいようとする事が気になっていた。
自分には婚約者がいるからと言いながらもだ。
気になり出したら……
無駄に明るい所やよく気の付く所為が、やたらと鼻に付くようになっていた。
昨夜の事も気に入らない。
そんな事を思いながらバーバラは侍女達の馬車に戻った。
もう出発の時間だ。
***
今日の馬車の護衛はブライアンである。
彼は馬車の横に立って警備をしていて。
騎士は任務の時は顔の表情すら変えないが、ルーナが王太子専用馬車に乗った事を不思議に思っている筈だ。
ルシオはわざと大きな声で、この馬車にルーナが乗った理由を言った。
「 ルーナ嬢! ソアラの話し相手になってくれて感謝する。彼女は今、とても塞いでいるから元気付けてやって欲しい 」
ブライアンはルーナの婚約者だと言う事もあって、ルシオなりに気遣ったのだ。
ルーナはソアラを待っている間中お喋りをし続けた。
馬車のドアは開けたままだから、外にいる他の騎士達にも聞こえている。
馬車の中でルーナと話しをしていると、ソアラがやって来た。
侍女のドロシーと共に。
ドロシーは何故馬車にルーナがいるのも不思議だったが、ソアラが来たのにルシオの前から移動しないルーナにイラついた。
何故ソアラ様が端に座らなければならないのかと。
イライラとしながらも、去り際にチラリと中を覗いたら……
あっ!
殿下がソアラ様の前に移動してる。
ドロシーはちょっと溜飲が下がる思いがした。
だけど……
ルシオを移動させたルーナに更にムカつく事になった。
ルーナと一緒にソアラの侍女をしようと思っていたドロシーは、こいつとは無理だと思ったのだった。
いくらソアラ様の親友だとしても。
ソアラがルーナの隣に座ると直ぐに、ルーナは経理部の今の様子の話をし出した。
ソアラもそれを楽し気に聞いている。
良かった。
これがソアラの気晴らしになると思って、ルシオも顔を綻ばせた。
しかしだ。
やたらと自分に話し掛けて来るルーナは、不快でしか無かった。
何の為に呼んだのかと。
そう思った時に……
ルーナはとんでも無い事をルシオに言った。
「 昨夜は楽しかったですね。殿下はお酒にお強いですのね 」
いや、まて。
そんな事を言ったら2人で酒を飲んだみたいに聞こえるじゃないか!?
ルシオはギョッとした。
ソアラの前でなんて事を言い出すのだと。
昨夜はルシオは自分の部屋で、カールと打ち合わせをしていた。
打合せが終わったタイミングで、バーバラが酒を運んで来た。
その時にルーナも一緒にやって来ていて。
テーブルの上に酒や酒のあてを並び終えたその時に……
「ソアラがお酒に強いのを知ってますか? 」
ルーナがそう言って来た。
ソアラの事なら何でも知りたい。
「 ……聞かせてくれ 」
ルシオはルーナにソファーに座るように促した。
「 わたくしはお酒を少しでも飲むと真っ赤になっちゃうのに、ソアラはグイグイ飲んじゃうのよ。でもわたくしは弱いから、部長に……… 」
経理部での懇親会の話をしているが、わたくしは、わたくしはと、ルーナはお酒の飲めない自分の事を喋っている。
いや、ルーナの話なんかどうでも良い。
「 ……ソアラの話を聞かせてくれないか?」
あのソアラがお酒に強いなんて……
駄目だ。
可愛すぎる。
その時……
ルーナがソアラの初恋の人を知っていると言い出したのだ。
勿論、ソアラの初恋の人が誰なのかは気にはなるが、別に聞きたいとは思わない。
誰だって初恋の人位はいる。
ルシオの側には婚約者候補として、お付き合いをして来た令嬢が2人もいたのだから。
「 ソアラの初恋の人は……ブライアンよ 」
「 !? 」
その初恋の人は、自分の婚約者では無いのか?
ここにいる皆が思った。
ブライアンが自分の婚約者だと言う事はルーナから聞いて知っているので。
何を意味して自分達の前で言ったのかと。
ましてやこの場にはカールがいて、壁際にはバーバラが立っていると言うのに。
バーバラはその後直ぐにルーナを連れて退室して行ったが。
***
「 ソアラ……昨夜ルシオ様とお酒を一緒に飲んだ時に、つい言っちゃったの 」
「 ?…… お酒を……何を? 」
ルーナを見ながらソアラの目が見開いた。
「 ルーナ!? 何を…… 」
ルシオが慌てルーナを見た。
「 ソアラの初恋の相手が、ブライアンだと言っちゃった 」
「 ルーナ!!言うな! 」
ルシオが声を荒らげた時に、ソアラはうっと言って両手で口を押さえた。
ガタガタと身体を振るわせている。
2度3度嘔吐いて。
そして……
ソアラは戻した。
とても真っ青な顔をして。
ルーナは叫び声を上げた。
「 キャー!! 汚い 」と言って。
馬車の扉の方に身体をよじらせながら。
「 ソアラ! 大丈夫か!?」
「 で……殿下……申し訳……ありませ……ん 」
ルシオは……
ソアラの吐瀉物を両手で受け止めていた。




