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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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特別な侍女




 ストレスだ。


 ルーナが側にいる事が……

 まさかこれ程までに自分のストレスになってるとは思わなかった。


 今まで当たり前のようにずっと一緒にいた。

 それが知らず知らずの内に、自分のストレスになっていた事には気付かずに。



 この何ヵ月間。

 ルーナが自分の側にいなかったからか……

 今、はっきりとルーナがストレスだと感じるのだ。


 彼女が自分の侍女になり、これから先もずーっと側にいるのだと思うと余計に。



「 ルーナは明るくて気立てが良くて、本当に可愛らしい令嬢ですね 」

「 わたくし達が気付く前に何でもやっちゃうから、わたくし達の仕事が無くなるわ 」

「 お喋り上手だから、わたくしは彼女と話をするのが楽しいわ 」


 夜になるとソアラの部屋にサブリナ達がソアラの世話をする為にやって来ていた。


 ソアラの寝支度をしながらルーナを褒め称えていた。



「 ルーナ嬢は王太子宮にまで、侍女の仕事を習いに来ておりましたわね 」

「 彼女がソアラ様の侍女になれば、わたくし達も安心して王妃陛下の元へ戻れますわね 」

 サブリナとマチルダがお互いを見ながら頷きあっている。



 ソアラの腰を優しくマッサージする手が気持ち良い。

 ルシオとはずっと至近距離で、緊張しながら座っていた事から身体がガチガチなのである。



「 お母様!わたくしは彼女と一緒にソアラ様の侍女をやりたいわ。駄目かしら? 」

「 まあドロシー! それは凄く良い考えだわ。王妃陛下とスザンヌ侍女長にわたくしからお伺いしてみるわ 」


 スザンヌとは王妃宮の侍女長の事である。



 彼女達のボスはこの王妃宮のスザンヌだ。

 ソアラに慣れた彼女達を、旅に遣わしてくれたのはエリザベスだった。  


 なのでこの旅では、王太子宮の侍女長のバーバラの指示に従っている。



 もう、ルーナが私の侍女になるのは周知の事実となっていて。

 王太子宮に来ていたルーナは、彼女達とも親しくなっていたのだわ。


 ルーナなら……

 当たり前よね。

 彼女は誰とでも直ぐに仲良くなれる。


 私と違って。



「 お母様?そう言えばルーナは? 」

「 ルーナ嬢は《《特別な侍女》》だから、ソアラ様のお世話はしないみたいよ 」

「 ソアラ様の話し相手として殿下がお呼びになったみたいね 」

「 彼女はソアラ様のお友達だから? なる程ね…… 」

「 殿下はお優しいですね 」


 皆はニコニコとしながら「 お休みなさいませ」と言って、ソアラの部屋を後にした。



「 そんな優しさは必要無かったのに…… 」

 ソアラは独り言ちた。



 乗り慣れない馬車の移動で疲れていたソアラは、ベッドに入るなり直ぐに寝付いた。


 時刻は夜の8時30分。

 何時もの夜なら、ベッドで本を読んでる時間だが。



 こうして……

 旅の最初の夜が更けていった。




 ***




 どんなに疲れていても朝はウォーキングだ。


 我が国の王太子殿下と婚約をした事で、ソアラの色んな事が変わってしまったが……

 変わらないものもあるし、変えたくないものもある。



 ソアラは宿屋の庭園を歩く事にした。

 宿屋と言えどもそこは王太子の泊まる宿だ。

 何から何まで行き届いている。

 勿論、貸し切りだ。


 急遽決まった旅なのに、こんな事が出来るのは王族ならではの事だろう。



 自分の身支度を終えたソアラは、こそっと部屋のドアを開けた。


 本当は夜の支度も、サブリナ達がいなくても良いな~と思いながら。


 フローレン邸では侍女無しの生活をしているのだ。


 これからルーナが来るのだと思ったら……

 考えたくも無かった。



 ドアを開けるとそこにはブライアンがいた。


 ルシオの部屋の前と、ソアラの部屋の前には夜通し騎士が立って警備をしている。


 それが知り合いのブライアンだと知れば、何だか凄く申し訳無いと思ってしまう。



「 昨夜は寝て無いのでしょ? 」

「 大丈夫だよ。交代で寝たから 」

 ブライアンは深夜の2時からの任務らしい。


「 ……有り難う 」

 ソアラは頭を下げた。


「 まさか……ソアラの護衛をする事になるとは思わなかったな 」

「 本当ね 」

 ルーナを守ってくれとブライアンから頼まれたのにと言って、クスクスと笑いながら宿屋の周りを歩いて行く。


 任務中のブライアンはソアラの少し後ろを歩いている。

 辺りを警戒しながら。



 厨房では朝の食事の支度が始まっていて、とても美味しそうな匂いがしてくる。


 2人は幼馴染みだが、こんな風に2人だけで話をする事はあまり無かった。

 小さい頃からの知り合いだから、お互いに名前で呼び合ってはいるが。



「 ブライアンはルーナが私の侍女になる事は、反対じゃ無いの? 」

「 …………………殿下の頼みなら仕方が無い 」

 長い沈黙の後で、ブライアンは声を押し殺すようにしてそう言った。


「 そうよね……仕方が無いわよね。殿下の頼みなら…… 」

「 それに、王族の侍女になるのは名誉な事だからな 」

「 ………王族? 」

「 だから……ソアラが王族だろ? 」

 何だかピンと来ないわねとソアラが言えば、しっかりしろよとブライアンが笑った。



 ブライアンは190センチはある大男だ。

 ルシオもかなり背が高いが、ガタイの良いブライアンは余計に大きく見える。


 文系のおとなしい兄達の中で……

 1人木に上ったり、庭を走り回っていた活発な幼い頃のブライアンを、ソアラは思い出していた。




 ***




 朝食は全員で食堂で取る事になっていたので、ソアラは侍女達と食堂に向かった。


 この後直ぐに出立する事から、皆で同時に食事を終える為にだ。



 ソアラが席に着くと、ルシオがルーナと一緒に扉から入って来た。


 楽し気に話をしながら。


 全員が席を立ってルシオに頭を下げる。

 いや、ルーナが一緒だからルシオとルーナに頭を下げる体になっている。


 普通の侍女ならばルシオの後ろに下がるのだが……

 そもそも侍女がルシオの横に並んで歩く事は絶対に無い。


 やはりそれが許されるのは彼女が特別な侍女だからだ。



 ルシオは破顔してソアラの前に立った。

「 お早う 」と言って。


「 昨夜はよく眠れたか? 」

 随分早く寝入ったと報告があったよと甘い顔をして。


「 はい……ぐっすり 」

 そんな事まで報告されるのかとソアラは驚いた。

 これからは行いに気を付けようと。



 ルシオが席に着くと、皆も席に着いて朝食の開始だ。


 騎士達がいるから賑やかだ。

 たまにルーナの笑い声が聞こえる。



 朝2人で一緒にいたのならば気になるのは当たり前だ。

 誰だって気になるだろう。


 ルーナを見やれば、侍女や騎士達と楽しそうに食事をしている。



「 今朝も散歩に行ったのか? 」

「 ………はい 」

「 そうか……やっぱりだな 」

 ルシオはクスリと笑った。


「 僕も一緒に行きたかったが、騎士達との訓練をしなければならなかったからね 」

「 訓練に? 」

「 ああ、昼間に訓練が出来ないから、早朝にする事にしたんだ 」


 朝、ドアの前にブライアンが1人でいたのは、他の人達は訓練だったからなんだわ。


 何時もは2人体制で護衛をしてくれるから変だなとは思ったのよ。



 騎士達との訓練をする事は昨夜に決まったのだと言う。

 宿屋から少し離れた場所に広い空き地があったからで。

 ソアラはさっさと寝てしまっていたから知らなかったが。



 ソアラはルシオが訓練に行っていたと聞いてホッとしていた。


 何に対してこんなにホッとしているのかは……

 ソアラは気付かない振りをした。



 それから旅は順調に進んだが……

 ソアラはだんだんと具合が悪くなっていた。


 馬車の移動に慣れていない事や、ビクトリア王太后のいる離宮も近付いて来た事も関係している事は確かだ。



 皆はソアラに気を配り労ってくれた。

 いかにソアラが快適に過ごせるのかを探りながら。


 しかし……

 一番の原因はルーナなのだから、これだけはどうしようも無い。


 嫌いだとも。

 嫌だとも。

 目の前から消えてくれとも言えなくて。

 勿論、自分の中にある泥々した気持ちは誰にも言えなくて。



 ルーナと言えば。

 ソアラがルシオと2人でいる時には、最初にバーバラから言われた通りに近付く事は無かったが。


 しかし……

 ソアラが1人でいる時は、必ずルシオの側にいるのだ。


 それは手洗いの帰りであったり、ルシオとカールの打ち合わせの後であったりと。


 ほんの少しのタイミングでルシオに話し掛けたり、ソアラに差し入れを持って行ってと渡したり。



 自分で私に渡せば良いのに。


 話し上手なルーナはそこでルシオと立ち話をして。

 2人で楽し気に笑い合っているのだ。



 まるで周りに見せ付けるように。


 本来ならばソアラの侍女になるのだから、ソアラの側にいなければならないのだが。


 まだ侍女の勉強中の彼女は……

 ルシオの側にいるバーバラに習いたいと言えば、周りもそれを了承するしかない。



 勉強熱心を装い。

 ルーナは巧みにルシオの側にいようとする。


 ルーナの目的は一体何なんだと。

 婚約者のブライアンもいると言うのに。



 それは長くルーナと一緒にいたソアラだけが感じる事だった。


 その証拠に……

 よく気が付くルーナは、皆にもお茶を出したり、タオルを渡したりと甲斐甲斐しく動き回っているのだから。


 フワリとピンクのドレスを翻しながら。



 ルーナは正式な侍女では無いので、持参のドレスを着ている。

 この御一行様で、普通のドレス姿でいるのはソアラとルーナだけであった。



 ルーナは()()()()()


 そんな事も……

 ソアラにモヤモヤを与えていた。




 ***




 王太后のいる離宮に到着するのは翌日に迫っていた。


 胃が常にキリキリと痛んで、ソアラの体調は最悪だった。


 明日にはビクトリア王太后に会う事を考えたら、それだけで胸が苦しくなる。


 しかし……

 この体調の悪さはそれだけでは無い事も分かっていた。


 皆に心配をさせないようにと……

 ソアラは無理矢理食べ物を口に押し込んで、無理矢理笑っているのだった。



 用を足して来たソアラが馬車に戻ると、馬車の中から声が聞こえて来た。


 コロコロと可愛らしい事で笑う声はルーナだ。


 ルーナが馬車に乗ってるの?



「 ソアラ……君が塞ぎ込んでいるようだから、ルーナを呼んだんだ 」

 ルーナと話せば気晴らしになるだろうと言って。


 ルシオは馬車の中から身を乗り出して、ソアラの手を引き寄せてソアラを馬車に乗せた。


 ルーナの横にソアラが座る。



「 ソアラはこんなに乗り心地の良い馬車に乗っていたのね? 」

 体調が悪いだなんて凄く贅沢な事よと言って、ソアラに腕を絡ませて来た。


 私が乗っている馬車はガタガタと音が凄いのよと言って、頬を膨らませる。


 可愛らしい。


 殿下はどんな顔でルーナを見ているのかしらと、ソアラがルシオを見やれば……


 ルシオと目が合った。


「 ……… 」

 私を見ていたの?


 何だかにらめっこみたいになってしまって。

 2人で目で笑い合った。



「 しゅったーつ!! 」

 扉がバタンと閉められると、騎士の声が鳴り響き、3人を乗せた王太子殿下専用馬車は静かに進んで行った。


 馬車の中はテンションの高いルーナの独壇場になっていた。

 キャアキャアと可愛い声でルシオに話し掛けている。  



 ただルーナは他の令嬢のように、ルシオに媚びたような顔はしない。


 生まれた時から……

 可愛らしい、天使みたいだと言われて育って来た彼女は、媚びると言う行為を知らないのだ。


 だから……

 ルシオもルーナと話すことは嫌じゃ無くて。

 2人の会話が弾むと言う。



 そして……

 テンションが高いままに、ルーナはとんでも無い事を口走った。


「 ソアラ……昨夜ルシオ様とお酒を一緒に飲んだ時に、つい言っちゃったの 」

「 ?…… お酒を……何を? 」

 ご免なさいと言いながら、ルーナは舌をペロリと出して肩を竦めた。


 その所為もとても可愛らしい。



「 ソアラの初恋の相手が、ブライアンだと言っちゃった 」



 馬車の中は……

 ルーナの甘いバニラのような香りがしていた。



 この時の馬車の護衛はブライアンだった。


 彼は御者の横に座っていた。













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― 新着の感想 ―
[一言] ソアラ。こんな女心がわからない、ポンコツ王子は捨てろ。もっと良い人はいる。今日は1日中もやもやしてました。
[一言] 私もストレスで倒れそう、、、
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