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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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ソアラの凄さ

 



 明らかに様子がおかしいわ。


 ソアラは調印式が始まってからは、ずっとロイド・バッセン伯爵を注視していた。


 いや、あれ以来この通訳の初老の男をずっと注視しているのである。



 鉱山の採掘事業は初めから仕切り直す事になった。


 そして……

 ロイドの通訳だけでは不安だとして、ムニエ語が話せるソアラが一緒に参加する事になった。


 それはマクセント王国側の要請でもあったからで。



 普通の通訳の仕事は、言葉を訳して正確に伝えるだけなのだが。


 ソアラは違った。


 お金の交渉になるとニョキリと出て来るのだ。

 他の話ではパラパラと辞書を捲って、彼女の持参のノートに記入をしているだけなのだが。



「 彼女は王宮の経理部の女官だから、口を挟んでも何ら構わない 」

 そう言うルシオ王太子の顔は甘く、彼の女官を見る目は熱い。


 周りの者達は、この女官と王太子とは()()なのかと疑ってしまう程で。


「 この国の王太子殿下は婚約したばかりじゃねーのかよ? 」

 ゼット会長の部下達も、ルシオの所為に訝しく思うのだった。



「 王族が値切るのは沽券に関わるんじゃねーのかい? 」

 そう言ってゼット会長は苦々しい顔をするが、彼はお金の交渉をして来るソアラを気に入っていた。


「 あら? ここでのお金は王族の私的なお金ではありませんわ。公共事業で発するお金は国のお金です。国のお金は税金から成り立っておりますから、少しでも安くして貰うのは当然の事ですわ 」


 そんな風に言うソアラには尊敬の念すら覚えて。



 ソアラが採掘関係の本を読み、かなり勉強していた事もゼット会長達が気に入った理由である。


 何よりも……

 自分の故郷のムニエ語を話す彼女を気に入らない訳が無い。


「 国の税金だと言われちゃあ、安くしね~わけにはいかね~な 」

「 有り難うございます 」

 ソアラはそう言って頭を下げた。


 平民の自分達にも丁寧な対応をしてくれる。

 それにはゼット会長の部下達も、大いにソアラを気に入ったのだった。



 通訳のロイド・バッセン伯爵は、あれからは間違う事も無く、ドルーア王国とマクセント王国の面々にこれらの会話を通訳していた。



 フレディ王太子を初めマクセント王国の者達は、ゼット会長との交渉は全てソアラに任せていた。


 値切る彼女に目を細めながら。



 そうして……

 その後の会議はスムーズに進み、調印式の日を迎えたのである。




 ***




 ソアラがバッセンの様子がおかしいと感じたのは……

 ただの()だ。


 これは経理部の仕事をして培ったもの。


 虚偽の書類を提出した者はやはり何処かソワソワとして、瞳は何時もよりは揺れて落ち着く事は無い。



 バッセンも正にそんな状態だった。


 その所為は……

 最後の一枚の書類をサイラス国王とフレディ王太子殿下が手にした時に強く現れた。


 ソアラとバッセンのいる場所はかなり離れている事から、確信は無いが。



 国王陛下と他国の王太子が調印する書類を覗き込む事はとんでもなく不敬な事だ。


 しかしだ。

 怪しいと思っているのに、このままスルーする訳にはいかない。



「 殿下……今、陛下やフレディ王太子殿下の手にしている書類を確認して良いですか? 」

 ソアラは隣に座るルシオに囁いた。


「 ……君の思うとおりに……後の事は僕に任せなさい 」

「 有り難うございます 」

 ソアラはそう言って席を立って、サイラスの後ろから覗き込んだ。


 そして……

 フレディの後ろからも。



 やっぱりだ。


「 陛下! この書類は我々が用意した書類ではありません 」

 ソアラがそう言うと、サイラスとフレディはペンを持つ手を止めた。


 ルシオがソアラの横に立って書類を覗き込んで来た。



「 ここに書かれてある文字はヤンニョム語です 」

 ソアラは小さな文様みたいな文字を指差した。


「 ヤンニョム語? 」

「 ガルト王国のヤンニョム地方の人だけが使う言葉です 」

 ここにいる者達は皆、ヤンニョム語の存在すら知らない。



『 港の所有の権利をロイド・バッセンに譲渡する 』

 ここにはこう書かれていますとソアラは言って、バッセンを見やった。



「 何だって!? 」

「 これが? 」

 フレディが、自分の前にあった書類をサイラスの前にある書類の横に並べた。


 どちらの書類にも、同じ様に小さな文様みたいな文字が書かれてあった。



 ソアラは目を見開いてこっちを見ているバッセンを凝視した。


「 ドルーア王国のマーニル港とマクセント王国のホルテン港を、貴方に譲渡する事は出来ませんわ! ねぇ……ロイド・バッセン伯爵? 」


 ソアラはそう言ってニヤリと笑った。



 ヤンニョム語はソアラに翻訳を依頼している本屋の店主から習ったのだ。

 彼はヤンニョム地方出身で。


 なので本や辞書から学んだムニエ語よりは、ヤンニョム語の方が自信があった。


 店主からヒアリングもしていた事もあって。





 ***




「 ロイド・バッセン! 僕の婚約者にお前などと不敬な事を言うな! ましてや指を差すとはどう言う事だ!? 」


 我が国の王太子が抱き寄せた婚約者はあの女官だった。


 間違いなく。



「 そんな……馬鹿な…… 」

 思い返せば経理部の女官だと言う事は聞いていた。


 なのに何故気付かなかったのか?


 それは……

 納税の時にいた女官がかなりの切れ者だったからで。


 彼女と同一人物だとは思いもしなかった。



 ムニエを話せる女官が王太子殿下の婚約者だとは誰も思わないだろう。


 王太子の婚約者は……

 マクセント王国の王太子殿下と踊った時に、転倒をするようなレベルの低い令嬢だったのだから。



 婚約者が公爵令嬢から伯爵令嬢になった事で、新しい婚約者には全く注視していなかった。


 特に家格の低い伯爵令嬢だと言う事もあって。



 バッセンは驚きのあまりに、ソアラに向かって指を差したままに固まっていた。


 ソアラがヤンニョム語を話せた事にも驚いたのだが。

 何よりもソアラが王太子殿下の婚約者だと言う事に驚いた。


 ルシオに咎められてソアラに向けられていた指は下ろしたが、口をパクパクとして目は見開いたままであった。



「 騎士達!バッセンを連行しろ! 後程詳しく聞かせて貰おう 」

「 御意 」


 ルシオが命を出すと、騎士達が直ぐにバッセンの両腕を捉えて皆が見ている中を連行されて行った。



 会場は騒然としていた。

 何が起こったのか理解出来ずに。



「 皆の者!騒がせた! ちょっとした問題はあったが、我が国とマクセント王国との調印式には何ら問題は無い! 」


 サイラス国王の一声で会場は一瞬にして静寂を取り戻した。



 ランドリアやカール達が総出で確認をした所、他の書類には細工されておらず、最後の一枚だけが追加された一枚だったのだと判断した。


 そうして……

 ドルーア王国とマクセント王国の両国での鉱山の採掘事業の調印式は終わった。


 王宮の広場からは祝砲が打ち上げられ、王都の街はお祭り騒ぎとなった。



 ソアラがいた事で、ドルーア王国とマクセント王国の港を奪われると言う、最悪の事態が回避される事になった。


 港を他国に奪われると言う事は……

 何れは本土まで侵略され事になる事が予想される。



 たった一枚の書類。

 国王のサイン。


 それは……

 それ程までに重要なものであった。



 父である国王の名代として調印式にやって来た王太子フレディは、改めてその重要さを肝に銘じた。




 ***




 調印式が終わり、ルシオとソアラは気分転換として王族専用の庭園を歩いていた。


 後の事はランドリア達に任せて。



「 そもそも君はどれだけの言語を話せるんだ? 」

「 我が国の共通語も含めたら……6つかしら? 」

 その内の3つはガルト王国の言葉だけれどもとソアラは言う。


「 !? ……6つ…… 」

 ルシオは共通語でもある自国語を含めたら、2ヵ国語しか話せない。


 とんでも無いスキルだ。

 我が国の外交官でもせいぜい3ヶ国位だろう。


 ムニエ語とヤンニョム語などは、きっと誰も話せない。



 会議の間は……

 ソアラの側に行くと怒られていた。


「 わたくしは女官です! 」と言って、キッと睨んで来るソアラが可愛くて。


 その可愛い顔を見たくて……

 ルシオは更にちょっかいをかけると言う。


 ゼット会長達に怪しまれたのもこう言う訳で。



 そんな愛らしい彼女が……

 我が国とマクセント王国を救ったのだ。



 季節はもう春になっている。

 暖かな陽射しが注ぎ、庭園も様々な花が咲き誇っていた。


 それを楽し気に見ながら、ゆっくりと歩いているソアラの髪がそよそよと吹く風に微かに揺れている。


 ソアラとこの庭園を歩くようになって半年が過ぎた。

 雪の中を2人で歩いたのがつい昨日のように感じるが。



 僕は……

 ソアラの事はあまりよく知らないんだな。



 彼女がどんな子供時代を過ごし、学園時代はどんな学園生活を送って来たのかを知りたい。


 きっと可愛らしい令嬢だったのだろう。

 ソアラはこんなにも愛らしいのだから。



 ソアラの凄さを知る事となったルシオは……

 ソアラへの想いを更に熱くするのだった。












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