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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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波乱の婚約発表




 新年祭の日がやって来た。


 勿論、フローレン夫婦もソアラも新年祭に招待されたのは初めての事。


 王室に招待されるのは高位貴族である伯爵以上の貴族達だけである。


 しかし伯爵に限っては裕福な大伯爵や王室と関わりのある者に限られる。

 勿論、子爵や男爵や平民であろうとも、特別な功績を成し遂げた者には招待状が届くのだが。



 ドルーア王国では年始にある新年祭、初夏にある誕生祭と秋にある建国祭が、王室主宰の特別大きな行事とされている。


 今回の新年祭での舞踏会では、王太子ルシオと伯爵令嬢ソアラとの婚約を、国王が国民に向けて正式に発表する事になっている事から、招待客の数も何時もよりはかなり多かった。



 公爵家の4家にはクリスマスパーティーの時にルシオ自身の口から発表したが、今回の発表は他の貴族達と国民に向けて行われるものだ。 


 皆の反応が気になる所である。



 そう、血が濃いと言えば公爵家の人々は納得をしてくれたが。

 いや、納得をするしか無かったのが本当の所で。

 それはやはり皆も何処かでそう思っていたのだから。



 だからと言って公爵令嬢達の代わりに選ばれたのが伯爵令嬢なのが理解出来なかった。


 それも領地を持たない代々文官の家系。

 それも社交界に出た事の無い何だかよく分からない令嬢。

 


 侯爵家に王太子殿下に釣り合う令嬢がいない訳でも無いのにと。

 当然ながら侯爵家の人々は不満しかない。


 伯爵家の面々は、同じ伯爵家ならば何故うちの娘を選ばないのかと憤りを感じているのだった。



「 我が息子。王太子ルシオ・スタン・デ・ドルーアとダニエル・フローレン伯爵の令嬢であるソアラ嬢との婚約が正式に成立した事をここに告げる 」


 長々とした新年祭のセレモニーの後に、国王サイラスが声も高らかに発表した。



「 2人共、こちらに来なさい 」

 サイラスが王族専用の扉を見れば、会場の人々もそちらに視線を合わせた。



 ルシオがソアラをエスコートして登場した。

 2人は紺と青を基準にしたペアコーデだ。


 男性達は胸に手を当てて頭を垂れ、女性達はカーテシーをして出迎える。



 ソアラに関しては今までに色んな噂が飛び交っていたが、やっと本人が皆の前に姿を表した。



 しかし……

 ここで拍手をしたのはノース家の人達だけだった。


 ノース家の面々は必死で拍手をしていた。

 手が腫れ上がる程に叩けとランドリアに命じられていて。

 この拍手の為に、ノース家所縁の老若男女が無理矢理集められていたと言う。


 ただ、ノース家所縁の人達の中にも、納得の行かない顔をしている者達も多くいたのも事実だ。



 新たな婚約者が決まった事は理解していた。

 しかし……

 実際にソアラを見ると違和感しかなかった。


 それは……

 ルシオの横には何時もアメリアとリリアベルがいたからで。

 彼女達のデビュタントの時から、舞踏会や夜会では当たり前のようにずっとルシオはこの2人と踊って来たのである。



 しかしだ。

 彼女達は王族専用の扉から登場する事はただの1度も無かった。


 そう。

 この地味で何の力も持たない伯爵家の令嬢が……

 我が国の王太子妃となり、やがては王妃になるのである。 


 やはりもうこれは決まった事なのだと皆は愕然とした。



 サイラスが片手を上げると宮廷楽士達が音楽を奏で始めた。


「 今宵の主役は王太子とソアラ嬢だ 」

 そう言ったサイラスはとても楽し気にしていて。

 物静かな国王にしては珍しくテンションが高かった。


 ノース家の面々による無理矢理な拍手の中を、ルシオがソアラの手を引いて会場の中心に連れて行った。



 皆は思った。

 何度見てもドルーア王国ではありふれた普通の顔だ。


 大層可愛いらしい令嬢だと噂が流れたが、それは何かの間違いなんだと思った。


 決して不細工と言う訳では無いが。

 アメリアやリリアベルに比べたら勝てる所が全く無い。


 この麗しのルシオ王太子と並ぶに相応しい令嬢では無い事は確か。

 どんなに目を凝らして彼女を見ても。



 皆の疑問は1つ。

 何故選ばれたのは彼女なのかと。




 ***




 一国の王太子の婚約発表が成されたと言うのに、会場の雰囲気は冷ややかだった。


 ノース家が頑張って拍手や歓声を上げて盛り上げてはいるが。

 夫人達は扇子で口元を隠してヒソヒソと話しをしている。


 ランドリアもカールも不安になった。

 ある程度の反発は予測していたが。

 だからこそノース家の面々を出来るだけ沢山呼んだ。


 しかし……

 こんなにも歓迎されていない現実を前にして、彼女は何を思っているのかと思わずにはいられなかった。



 しかし……

 ソアラはそれどころでは無かった。

 皆の反応よりも《《 ファーストダンス 》》だ。


 結局ルシオと練習したのは、大晦日前のあの日だけで。



 こんな事ならお金ばっかり数えていないで、ダンスの練習をすれば良かった。


 ソアラは自分を呪った。



「 ソアラ? 緊張している? 」

「 はい……心臓が口から飛び出しそうです 」

「 大丈夫だよ。安心して! 心臓が飛び出たら僕が受け止めてあげるから 」


 ルシオがおどけた顔をして、手で心臓を救う真似をした。

 

「 ………… 」

 ソアラの緊張を和らげようと言ったそんな冗談も、耳には入っては来ない程にソアラはガチガチに緊張していた。



 今は、サイラスが新年の挨拶を皆にしている時間で、2人は扉の前で呼ばれるのを待っていた。


 ソアラは緊張のあまりにずっと心ここにあらずな状態で。


 そしてルシオは……

 先程からソアラの指先や髪に唇を寄せている。

 ここぞとばかりに。


 祭祀の時に抱き締め合った位に心も身体も通わせたのだから、少し位は触れても許されるだろうと自分に言い訳をして。



 そうしているうちに……

 扉の前に控える警備の者達によって扉がバンと開かれた。


「 行くよ! ソアラ! 」

「 えっ!? 」

 いつの間にか国王陛下の挨拶が終わっていたようだ。


 ソアラの緊張は最高潮に。

 ボーッとしていたから余計に。


 ルシオに手を引かれるソアラは必死で足を前に出した。


 そして……

 足を前に出す事だけを考えていたら、いつの間にかホールの真ん中に立っていた。



 足を前に出さなくてもよくなったが。

 今度は横に出さなくてはならない。


 その時……

 ルシオがソアラの腰をグイっと引き寄せた。

 練習をした時と同じ様にして。



「 ソアラ……僕を見て 」

 ソアラが顔を上げると……

 ルシオの綺麗なサファイアブルーの瞳が降って来た。


 不思議とルシオの瞳の色を見たら心が少し落ち着いた。


 一歩足を出せば後はスムーズに足を出せた。

 ただ、その一歩は不自然に横に出たが。


「 出せたわ……足を横に 」

「 ……出せた? 横に? 」

 ソアラが呟いた一言にルシオはツボってしまった。


 皆が注目しているファーストダンスの最中なのに、ルシオはクスクスと笑っていると言う。



 2人は本当に楽しそうに踊っていた。

 しかし、ソアラのダンスは恐ろしく下手くそで。


 2人を注視している人々の目にも、彼女が何度もルシオの足を踏んでいるのが分かった。



 だけど……

 やはり2人は楽しそうで。



 1曲目が終わったが続けてもう1曲踊った。

 ファーストダンスで続けて踊るのは滅多に無い事で。

 そもそも何時もなら国王と王妃が踊るのだから。


 それもワルツ。


 1曲目もワルツだったが。

 2曲続けて同じ曲が演奏されるのも珍しい事だった。



 そして……

 2曲で終わるかと思いきや、2人は3曲目も踊り出した。


 楽士達が演奏するのは……

 3曲目もやはり……ワルツ。



 皆は思った。

 彼女はワルツしか踊れ無いのではと。


 王太子殿下がダンスの名手な事は誰もが知る事で。

 だとしたら……

 社交界に出た事の無い令嬢ならばあり得る話だと。



 3曲続けて踊るのは、恋人同士か婚約をしている2人だけと言う事は貴族の間では精通している話だ。


 ルシオはそれを皆にアピールする為に3曲踊った。

 ワルツだけだが。



 何が何だか分からずにいたソアラは、ルシオの促すままに踊っていて。


 そして……

 3度目のダンスは上手く踊れた感満載で、曲が終わるとルシオにどや顔をしながらカーテシーをしている。


 ダメ出しばかりして来たトンプソンに見せてやりたかったわと思いながら。



 可愛い過ぎる。

 簡単なフリのワルツを踊れただけでこのどや顔。


 その顔に萌えたルシオは、ソアラを抱き締めたいと言う衝動を必死で押さえていた。




 ***




 会場にはワルツ以外の曲が流れていて、既に若いカップルが踊っていた。


 今回は両陛下が踊る予定は無い。

 主役はあくまでもルシオとソアラだと言う事で。


 王族のファーストダンスが終われば、これからは社交の時間が始まる。

 ダンスを踊りながら親睦を図ったり、酒を片手に社会や商売の事を語ったりと。



 すると……

 ファーストダンスを踊ったばかりのルシオとソアラの元に、2人の侯爵令嬢がやって来た。


「 ルシオ様! 次はわたくしと踊って下さいませ 」

「 わたくしなら、ワルツ以外も踊れますわ 」

 マリアン・ロイデン侯爵令嬢とミランダ・ドルチェ侯爵令嬢がルシオの前に立って懇願した。


 彼女達はルシオがデートした相手だ。


 そして……

 彼女達はルシオの横にいるソアラを完全にスルーしている。



 今まではルシオの側にはずっとアメリアとリリアベルと言う公爵令嬢がいたので、他の令嬢達はルシオに近付く事は出来なかった。


 なのでこんな風に令嬢達からダンスの申込みをされる事は無かった。

 《《あの》》男爵令嬢以外は……だが。


 その時はアメリアとリリアベルが撃退したのだった。



 しかし……

 ソアラが侯爵令嬢達に強く出れる筈もなく、頭を下げてそっと後ろに下がった。


 貴族には厳しい階級がある。

 礼儀をわきまえた令嬢だからこそ、この場ではソアラは何も言う事はなかった。



 いつの間にか他の令嬢達も集まって来ていて。


 すると……

 マリアンとミランダは、自分達は特別だとばかりにマウントを取り始めた。


「 殿下はわたくしとデートをした事をお忘れですか? 」

「 わたくしには、直接プレゼントを選んで下さいましたわ 」

 ……と、2人共に甘ったるい声を出しながらバニラの甘ったるい香りをプンプンとさせて、ルシオを上目遣いで見て来る。


 勿論、2人共にピンクのドレスを着て。



 ルシオは鳥肌が立った。

 こいつらは双子か!?


 こんな2人と、1度でもデートをしたと言う事実が悔やまれてならない。


 それに……

 ソアラの前でなんて事を言うのかと。



 これはアメリアとリリアベルがいないからだとルシオは思った。


 ルシオは今朝になってアメリアとリリアベルが領地に行ったとカールから聞かされた。



 彼女達がいた時はこんな事は起こらなかったし、今も、彼女達がいればこんな状況にはなってはいないだろう。


 ちょっと頼りなさそうなリリアベルでも、アメリアがいない時は公爵令嬢としての振る舞いをしていた。



 ルシオが踊るのは、婚約者候補だったアメリアとリリアベルだけだった。

 来賓としてやって来た他国の王女達とは踊る事もあったが。


 それを知っていながら、令嬢達はルシオにダンスを踊れと言って来ているのだ。


 ましてや今宵はここにいるソアラと婚約発表したばかりだと言うのに。

 彼女をスルーしてダンスを踊れと言う。



 それは……

 ソアラが伯爵令嬢だから軽視をしていると言う事になる。


 そして……

 王太子である自分もだ。



 ルシオの御代になり、王妃の立場が弱いと政治に支障をきたすと言って、国王に苦言を呈した者もいたと聞く。


 こう言う事なのかとルシオは痛感した。



 その騒ぎを横目で見ながら……

 2人の男がサイラスの前に進み出た。


「 国王陛下にお伺いしたい事があります! 」

 今度は、ロイデン侯爵とドルチェ侯爵がサイラス国王の前に来るとその場に跪いた。


 マリアンとミランダの父親である。



「 王太子殿下の婚約者にソアラ・フローレン伯爵令嬢を選んだ理由を、我々国民にお聞かせ下さい 」


 2人がそう言うと……

 他の侯爵達もサイラスの前に次々と跪いていく。



 幸せである筈の王太子の婚約発表の場は、混沌と化した。












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