閑話─エマイラ伯爵夫人の闇
タウンハウスに住むフローレン伯爵家は、エマイラ伯爵家の二軒隣にある。
娘同士が同い年だと言う事もあってずっと親しくしていて、ルーナとソアラは何時も一緒にいた。
ソアラが貴族のマナーの勉強を始めれば、「 ルーナも一緒に習って良いかしら? 」と、ルーナをフローレン邸に連れて行った。
家庭教師を呼んで勉強を始めれば……
ルーナも一緒にと言って、文机の前に2人で座らせた。
息子は父親が教育をするが、娘に教育をするのは母親の役目。
しかしルーナの母親は男爵家の出であった事から、伯爵令嬢としての教育の仕方が分からなかった。
なので彼女はフローレン家に便乗したのだ。
フローレン家の皆は本当にお人好しで扱いやすかった。
2人は仲良しなのだからルーナも一緒にと言えば快く了承してくれて、わざわざ講師を探す手間が省けた。
そして……
ソアラと一緒に勉強をする事で、ルーナは常に学年の10番前後の優秀な成績だった。
学年の1、2を争うソアラ程では無いが。
エマイラ伯爵家の人々は、見た目の可愛らしいだけでなく、成績も良いルーナに大層満足したと言う。
そしてその講師達から……
ルーナを特別に可愛らしい令嬢だと絶賛される事が、母親として心地好かった。
「 こんな可愛らしい挨拶をされたら、王子様も恋に落ちるかも知れませんわ 」
「 まあ! 王子様には公爵令嬢の婚約者候補がおられるのですから、ルーナなんて足元にもお及びませんわ 」
そう言ってエマイラ伯爵夫人は、何時も鼻高々にオホホホと笑っていた。
学園に入ると……
直ぐにルーナに伯爵令息の恋人が出来たのは知っていた。
ソアラには親には内緒だと言っていたが。
実は……
その伯爵令息の父親から打診があった。
息子との婚約を前向きに考えて欲しいと言われて。
学園に入ればこうなる事は予測していた。
ルーナはこんなにも可愛らしい娘なのだから。
学園はある意味婚カツの場。
貴族の子供は親と一緒でないと外には出られない事から、親の居ない学園は出会いの場でもあるのだった。
返事を保留にしている間に……
ソアラに婚姻の話が出てる事を小耳に挟んだ。
相手はブライアン・マーモット侯爵令息。
マーモット侯爵はフローレン伯爵の職場の上司である事から、この二家は親しくしているらしいと。
「 フローレン家が侯爵家と知り合いだなんて、何てラッキーなの! 」
……と、エマイラ伯爵夫人はいきり立った。
ある日のマーモット侯爵家のお茶会に、ルーナも行かせた。
シェフが作ったクッキーを持たせて。
「 自分で作ったと言った方が心証が良いわ 」
手作りクッキーは、自分がそうやって伯爵家の令息を射止めた作戦だ。
普通顔の自分でも成功したのだから、こんなにも可愛らしいルーナなら楽勝だと。
楽勝だった。
後はトントン拍子に事が運んだ。
先に伯爵家から婚姻の話が来ていると言えば……
侯爵家が伯爵家に圧力を掛けて退けた。
エマイラ伯爵家の面々は両手を上げて喜び、男爵家である実家も侯爵家と関係が出来る事を喜んだ。
知り合い達も羨ましがった。
今回も……
王室の皆がルーナの事を知れば……
婚約していても大丈夫だと思っていた。
公爵令嬢ならば到底太刀打ち出来ないが。
「 相手がソアラちゃんならば楽勝だわ 」
何よりも……
王太子殿下がルーナに跪いたと言う事は、 彼の心にはルーナがいるのだ。
王命が下されていても。
ルーナが侯爵令息と婚約をしていても。
きっと大丈夫だと。
ルーナが王太子妃。
やがてはこの国の王妃になる。
いくらルーナが可愛くても……
まさか王太子妃になれるとは思ってもみなかった。
正に棚からぼた餅。
フローレン家は……
色んな幸運を運んでくれる我が家に取っての打出の小槌だ。
彼女は夢を見た。
王太子妃として王太子の横に並ぶ娘の姿を。
なんてお似合いの美しい2人なんだろうとうっとりとした。
そう思っていたのだが。
フローレン家は……
公爵邸や大侯爵達の住む高級住宅街に引っ越して行った。
2軒隣のフローレン家に
警備員が配置されたのにも腹立たしかったが。
まさか家まで貰い受けるとは。
あの高級住宅街に住むのはわたくし達であった筈。
彼女は……
どうして上手くいかないのかが分からなかった。
フローレン家の引っ越しの日には……
ルシオがソアラを白馬に乗せて、2人で駆けて行くのを見ていた。
ルーナと2人で隣の庭に侵入して。
昨夜は、ソアラの部屋の窓の下に王太子殿下がやって来たのだとルーナから聞いた。
その光景は、まるでお伽噺の王子様とお姫様のようだったと。
お姫様にはこのルーナが相応しいのに。
エマイラ伯爵夫人は……
悲しそうな顔をしているルーナの肩をそっと抱き寄せた。
奥歯をギリギリとさせながら。




